26 ヨハネス商会に石鹸を卸そう
「いえ。私こそすみません。ルードさんがそういうおつもりでは無いとわかっているのですが」
「いや、すまない。俺が悪かった」
再度謝ると、頭を下げてアイナは奥に戻っていった。
ギルバートが小声でささやくように言う。
「数十年前まで、奴隷以外の魔族は街に入ること自体が罪だったんだ」
千年前もそうだった。
「今は罪では無くなったのか?」
「解放奴隷が増えたからな……取り締まれなくなったというのが実情だろう」
そしてギルバートは悲しそうに言う。
「今でも魔族差別は公的な物も私的な物も残っている。……ルードも魔族は嫌いか?」
「いや……嫌いではない。知り合いもほとんどいないからな」
胸を張って好きだとは言えなかった。
千年前、魔族を救うために立ち上がった魔王と戦ったのは俺なのだ。
どの口で、魔族が好きだとか言えるのだろう。
「そうか。今度、俺の嫁を紹介するよ。魔族なんだ」
「え? うそだろ?」
「……魔族の嫁がそんなにおかしいか?」
少し不機嫌そうにギルバートは言った。
「いや、ギルバートは独身だと思ってた。へー、結婚、でき、いやしてたんだな」
「結婚できたのかって言おうとしたな?」
「いや、そんなことはないが。へー、ほう、ギルバートは既婚だったか。人は見かけによらないなぁ」
最近では最大の驚きだった。
「マスターは独身に見えますよね。それにマスターの奥さん、めちゃくちゃ美人だから会ったら驚きますよ」
近くにいたギルド職員が笑いながら言う。
「お前はいいから、あっちで仕事しとけ!」
「へいへい」
ギルバートは照れたように顔を真っ赤にさせていた。
「それは、ともかくだ!」
どうやら、話の筋を戻したいらしい。
「ルード。人族が建てた物にも色々あるだろう? たとえば廃村のボロ小屋は人族が建てたものだし、住人が引っ越しても所有権は残っているかもしれない」
「そうだな」
「それににゴブリンが住み着いたとして、それを燃やして死刑にされたらたまったもんじゃないだろ」
「それはたしかに」
所有権を調べるために、廃村の元住人を探しだすのは面倒だ。
場合によっては相続人を見つけ出して、家を燃やす許可をとる必要だって出てくる。
そんなことをしていたら、ゴブリン退治に多額の費用と、数か月の時間がかかってしまう。
街の外にある建物を壊していいというのは、妥当な法律なのかも知れない。
「狼藉者が、魔物が住み着いていると思ったといえば、放火の罪を問えるかどうかはわからん」
「そうか」
「とはいえだ、あの場所には集落があるだろう? あの集落を村と認めるかどうかなんだよな」
集落が村ならば、俺の家も村はずれにある家となり、燃やすことは当然罪になる。
「誰が集落を村かどうか判断するんだ?」
「そりゃ、陛下の直轄地なんだ。陛下、まあ、実質的には代官が村と認めるかどうかだな」
「なるほどなぁ」
単に訴えればいいというわけではなさそうだ。
「それで、子供への傷害は殴ってはいないんだよな」
「そうだな、羽交い締めにしてナイフを突きつけたりはしたそうだが……」
「ふむ、それは罪には問いにくいな」
「やはりそうか」
羽交い締めにしたのは魔物から守るためと言い張られたら罪には問えない。
ナイフを突きつけたことも、魔物と戦う際にたまたまナイフが触れそうになっただけだと言い逃れできる。
「ガウとグルルへの暴行も……。近くにルードが居なかったからな。従魔だと思わなかったと言われたら処罰できない」
「なるほど。じゃあ、村への恐喝行為は?」
「そっちは罪になるな。村の方にギルドから法律の専門家を派遣しよう」
「おお。冒険者ギルドはそんなこともしているのか?」
「冒険者が法的に問題をおこすことはよくあるからな。専門家に顧問になってもらっているんだよ」
「なるほど、便利だな」
「ああ、近いうちに派遣するから待っていてくれ」
俺はお礼を言って、冒険者ギルドを後にした。
そして、そのままヨハネス商会へと向かう。
商会に入るとすぐにヨナとトマソンがやってきてくれる。
「石鹸を作ったので、見てくれ」
「早いですね! さすがです!」
「基本的な機能は全て同じなんだが、匂いが違う。これが、ハーブで……」
俺は一つ一つ説明していった。
「なるほどなるほど、匂いで用途を分けるのですね」
「そうなんだ。この石鹸は口にしても害はない。無味無臭のこれならば、食材を洗うのにも使える」
「おお、それは便利だな!」
トマソンの目が輝いた。
街で手に入る食材は大抵水で洗えば、大丈夫だ。
だが、街の外、冒険の途中などで手に入れた食材は、水で洗っただけでは不十分なものがある。
「野生の山人参とかもこれで洗えば食べられるはずだ」
「おお、山人参はな、味はいいんだが、洗うのが大変だからな!」
山人参は美味で無害なのだが、山人参を好んでたべる虫が良くないのだ。
虫自体も小さすぎて目に見えないので、洗い流すのが大変だ。
そのうえ、虫の糞も綺麗に洗い流さないといけない。
水で洗った程度では食中毒を防ぐことができない。
皮を剥いても、皮を向く際に包丁についた糞の毒素が実に付着してしまうので意味が無い。
防ぐには流水に二日晒す必要がある。
手間が掛かるので、高級食材となっているのだ。
「この石鹸を喜んで買ってくれる高級レストランに心当たりがあります!」
ヨナは嬉しそうにそう言った。
その後、石鹸について打ち合わせして、お土産を沢山買って帰ったのだった。
錬金術の普及は順調と言っていいだろう。
石鹸が広まれば、庶民の間にも一気に錬金術の名が広まる。
あとは、カタリナが行なってくれているらしい王宮での錬金術の普及が上手く行っていればいいのだが。
庶民の間と王宮において、錬金術の有用性が理解されたら後は早い。
錬金薬を店で売ることも、人を集めて錬金術を教えることもできるようなる。
そうなれば、魔王軍との戦いも有利に進めるられるだろう。
あとは、気をつけるべきは増えるであろう詐欺師にどう対処するかだ。
「うーむ」
俺は詐欺師対策をどうするか考えながら、家に向かって歩いて行った。





