21 グルルの治療
「深いところまで傷が届いていなかったということかな? さすがはグルル」
男たちの攻撃は、鱗の表面を傷つけただけだったのかもしれない。
グルルは臆病な子供竜だが、防御力は高いのだ。
「がぁぅ」
「ガウ。ヒールポーションを塗ったら舐めたら駄目」
「がう」
俺はグルルの傷を舐めていたガウの頭を撫でた。
「これでよし。グルルまだ痛いところはないか?」
グルルの傷の全てにヒールポーションを塗り込んだ。
傷が浅かったこともあり、ほぼ完治といっていいだろう。
「ぐるう!」
「そうか、痛いところはないか。ガウはどうだ?」
俺が見た限りガウは無傷だ。
本来、あいつら程度ではガウやグルルを傷付けることは難しいのだ。
グルルは子供たちをかばおうとしたから、傷ついたのである。
「ガウは……、うん、怪我はないかな」
「がう~」
「グルル、偉かったぞ。俺の言いつけをよく守ったな」
俺はグルルの頭を優しく撫でる。
「ぐる」
「本当は、襲われたときは逃げるべきなんだが……子供たちを守ったんだろう?」
「ぐるる」
「ガウもグルルを守ってよく頑張ったな」
「がう!」
「皆殺しにしなかったのも偉かったぞ」
ガウがやったのは正当防衛の範囲だ。
だが、やり過ぎたら、こちらも罪に問われかねない。
「加減が難しいからな……本当はああいうときは逃げたほうがいいんだがな」
あくまでも法律は、魔物より人が有利になっているのだ。
反撃するだけでも、色々と面倒になりかねない。
「ぐるる?」
「あんなバカがいるとは……」
家の中で大人しくしている竜を殺そうとする馬鹿がいるとは、俺は思わなかった。
馬鹿は理屈に合わないことをするということを忘れていた。
大人しい巨大な竜がいて危険だと思ったのならば、手を出すべきではない。
寝た竜は起こすなというのが千年前の格言であり常識だった。
その言葉が伝わっていないのだとしても、少し考える頭があれば竜を刺激することが危険だとわかるはずだ。
手を出すにしても、充分な戦力を集め、近くにある集落の人たちを逃がしてから動くべきである。
そうなれば、戦力を集めている途中でギルバートから連絡があっただろうし、俺が対処できるはずだったのだ。
「バカのことを考えなかった。ごめんな」
「ぐるぅ~」
まるでグルルは俺は悪くないと言うかのように、顔を舐めてくる。
「彼我の実力差がわからない馬鹿がいるのは仕方が無いとして……」
自分の実力がわかっていない者は千年前からいくらでもいた。
そして、相手の実力がわからない者は、もっといた。
「だがなぁ」
男たちが退治できる程度の竜ならば、脅威ですらない。
脅威でないならば、倒す必要は無い。
それには気付くべきだ。
自分たちが王都を危機に陥らせるほどの実力者だと誤解しているのだろうか。
それは、あまりにも自分たちの実力を過信しすぎだ。
「……もしかして、竜殺しの栄誉がほしかったのかな」
「りゃ?」
「そうだよな。そうなると、リアも狙われかねないのか」
なんでもいいから竜を倒して竜殺しの栄誉が欲しかったとすると、リアも狙われかねない。
赤ちゃんだがリアも竜なのは間違いないのだ。
「あんな馬鹿たちがいる以上、家の防御は上げておかないとな」
子供たちにも被害が及びかねなかったのだ。
「そして、リア」
「りゃあ?」
「リアの魔法凄かったな」
「りゃっりゃ!」
褒められたと思ったのか、リアは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「……凄いのは間違いないが」
思うように操れていない。それは非常に危険なことだ。
それに、リアはまだ子供、いや赤ちゃんだ。
強力な攻撃魔法を操るには精神的に幼すぎる。
「リア。力の使い方を勉強しような」
「りゃあ!」
「……それに」
俺はカタリナとした会話を思い出していた。
リアがもし魔王だったとしたら。
そして、もし俺とリアにかかった魔法が同じものだとしたら。
さらに、俺は赤ん坊としてこの時代に生まれ、成長して千年前の記憶を取り戻したばかりなのだとしたら。
リアも成長したら、俺の身に起きたことと同じことが起こるのだろう。
つまり、千年前の記憶を取り戻すと同時に赤ん坊からそれまでの記憶は消えてしまう。
まるで千年前の人物が、現代の人物を乗っ取ったかのように見えるだろう。
つまり、千年前の魔王の復活だ。
「魔王は……何を思っていたんだろう」
「りゃ?」
敵同士だったから、親しく話したことはなかった。
やはり魔王は魔族のために動いていただけではないだろうか。
俺が人族のために動いていたようにだ。
俺はそんな気がしてならなかった。
「リアも……大きくなったら俺のことなど忘れてしまうのかなな」
「りゃあ?」
「それでも」
俺はリアを大切に育てる以外の選択肢をとることはできない。
きっと、それが人族にとって仇を為す行為だとしてもだ。
「……リアが人を好きになってくれるといいんだがな」
「りゃあ」
人族にもいい者はいると知って欲しい。
たとえ、未来のリアの記憶から、俺たちの記憶が消えてしまうのだとしてもだ。
ほんの少しでいい。リアの中に人族を許せるなにかが残って欲しいと思うのだ。
「でも、今日は人族の醜悪な面を見せてしまったな」
「りゃ?」
人族が醜悪な面を持つのも、また事実だ。
隠し通せるものでもない。
「リアは、リアの思った通りにすればいい」
人族の優しさと醜悪さを見て、滅ぼすべきだと思うなら、滅ぼせばいい。
そんな気になった。
千年前は、正義が無くとも、醜悪だろうと、絶対に人族を守ろうと思っていたのに。
リアが魔王であるというのも仮定に過ぎないし、記憶を失うというのも仮定に過ぎない。
リアと俺、そして人族の未来がどうなるか、俺ごときにはわからない。





