20 狼藉者2
魔導師が指示すると、男たちが一斉に、剣や鈍器、杖を身構えた。
どうやら、魔導師がこいつらの頭目なのだろう。
十人の男のうち、魔導師は五人だけらしかった。
「ガウ、動かなくていい」
「がう」
魔導師たちは戦士たちの後ろで、呪文の詠唱を開始した。
古語でもなく、神代語でもない現代語の呪文だ。
だが、現代語にしては古めかしい言葉使いだった。
しかも余計な修飾語がふんだんにあしらわれている。
非効率極まりない。
「その、詠唱必要か? お前、本当に魔導師か?」
俺がそう呟くと、馬鹿にされたと思ったのだろう。
「舐めやがって!」
激昂した様子で襲いかかってくる。
そのとき、俺の耳元で
「ポッ」
という音がした。
途端に周囲の温度が跳ね上がる。
俺の肩の上に乗っていたリアが口から火炎弾を吐いた。
グルルを痛めつけられて、リアも俺同様に怒っていたのだろう。
その火炎弾はウズラの卵ぐらい小さくて白かった。
リアが吐いた弾はゆっくりと男たち目がけて飛んでいく。
だが、リアは赤ちゃん。コントロールが上手くいかなかったようだ。
男たちに届かず、ふわふわと落下していく。
「なんだ、そのしょぼい魔法は」
男たちが馬鹿にしたよう様子で、あざ笑う。
リアの火炎弾が男たちの手前で落下した瞬間、
――ゴグオオオオオオオオ
地面から巨大な火柱が立ち上がった。
「ひぃっ」
「ば、化け物!」
馬鹿にしてあざ笑っていた男たちの表情が一気に引きつった。
腰を抜かした男たち目がけて、リアは
「ポッポッ」
さらに口から二発火炎弾を発射した。
今度は男たちに、ゆっくりと、まっすぐ飛んでいく。
「ひぃぇぇぇぇぇ」
当たったら男たちは消し炭になるだろう。
「リア、落ち着け」
「りゃ?」
俺は火炎弾二つを手で握りつぶした。
リアの放った火炎弾は魔力の塊だ。
握ると同時に錬金術の【形態変化】の術を駆使して、魔力の形態を変化させて霧散させた。
「リアは仕返さなくていい。そういうのは俺がやる」
赤ちゃんであるリアに汚れ仕事はさせられない。
汚れ仕事は大人がすべきなのだ。
そのとき、改めて男たちを見た。
三人ほど、足から血を流している者がいた。
ガウによる怪我だ。
魔導師と弓使いなので、家に火をかけた奴とグルルに魔法と矢で攻撃を仕掛けた奴だろう。
完全な正当防衛である。ガウは全く悪くない。
俺は頑張ったガウとグルルをチラリと見てから、男たちに向かって言う。
「さて、お前ら。ただで済むと思うなよ?」
なるべく、迫力が出るように言ったつもりだったのだが、男たちは聞いていない。
「ひいいぃ」
「化け物!」
「助けてくれぇ」
リアの火炎弾の威力に怯えきって、下からも上からも色々な物を垂れ流して逃げようとしている。
「汚いな、おい、掃除は自分で……聞いちゃいないか」
ある者は、腰を抜かし四つん這いで、ある者は足をもつれさせ何度も転びながら逃げていく。
「おい、ただで済むと思うなと言ったよな」
聞いてないだろうが、一応、男たちの背中に向かって声を掛けた。
それから、男たちが身につけている金属鎧に錬金術の【形態変化】の術を掛けた。
「ぐぶっ」
「ぐげぇっ」
金属鎧は変形し、男たちの身体を締め付ける。
強めに変形させたので、肋骨ぐらいは数本折れただろう。
それに、変形したせいで、鎧を外すのも簡単にはいかない。
数時間ぐらい痛みで苦しむべきだ。
「殺されなかっただけありがたいと思え」
「ひぃぃぃ」
男たちはうめき声と悲鳴を交互に上げながら、去って行った。
本来なら、縛り上げて官憲に突き出して、処罰を受けさせるべきなのだろう。
グルルへの暴行だけでなく、小屋に火をつけたのだから。
だが、俺自身、許可も取らずに勝手に家を建てて住んでいる身だ。
大事になったら面倒だ。
俺自身だけならば、何とでもなるが、俺の家が問題となったら、近くに住む集落のみんなに迷惑がかかる。
裁判になっても、子供たちの証言は軽く見られる。王都の外に住む避難民の子供ならば特にそうだ。
魔獣が暴れていたと虚偽の証言されたら、その虚偽を証明するのが非常に難しい。
「……見逃すしかないんだよな」
俺には鎧を変形させて懲らしめることぐらいしかできない。
これに懲りて、二度とグルルを虐めたり小屋に火を掛けたりしなくなればいいと思う。
「グルル。大丈夫か?」
「ぐるぅ」
グルルは甘えて俺のお腹に顔を押しつけている。
「すぐに治療するからな。子供たちをかばって偉かったな」
「ぐるるぅ」
俺はヒールポーションを魔法の鞄から取りだしながら、子供たちに呼びかける。
「タルホ、怪我人はいないか?」
「大丈夫! ガウとグルルが守ってくれたから!」
「火事なら外に逃げた方いいぞ」
「でも、あいつらが矢を撃ってくるから」
それは尋常ではない。
グルルとガウは、魔物なので、従魔だと思わなかった等といういいわけができるかも知れない。
だが、子供に矢を射かけるのは、言い訳しようがない。
「あとで詳しく聞かせてくれ」
「わかった!」
「先に治療するからな」
俺はグルルの傷にヒールポーションを塗っていく。
「しみても我慢するんだよ」
「ぐるぅ~」
グルルはヒールポーションを傷口に塗っても、特に痛がることはなかった。
気持ちよさそうに目をつぶっている。





