10 ギルバートの来訪
ついに2巻が発売です!よろしくお願いいたします。
「ギルバート、ここに座るがよい」
「恐縮です。殿下」
ギルバートは、先ほどまで俺たちのいたリビングの椅子に座ったようだ。
こちらから、リビングの様子は見えない。
「ギルバート、すまない。作業中なんだ。少し待っていてくれ」
「ああ、わかった。何を作っているんだ?」
「ちょっとした薬の作成中だ」
「ヒールポーションか。それはいい。ルードのヒールポーションで死者が出なかったからな。本当に助かったよ」
「それはよかった。だが今作っているのはヒールポーションじゃなくてだな」
「ほう? キュアポーションか? それとも身体強化のポーションか? どちらにしても昨日はすごく役立ったぞ」
そこにキッチンにいたカタリナがお茶を淹れて戻ってくる。
「ギルバート、飲むがよい」
「あ、これは、ありがとうございます」
「どうだ?」
「あ、おいしいです」
「これはルードさまの作られた――」
カタリナがお茶の説明を続けている。
それをギルバートは、大人しく聞いていた。
きっとギルバートはお茶になんか興味がないだろうに殿下の言葉だから聞かざるを得ないのだ。
なんとなく、カタリナとギルバートの力関係が察せられる。
きっと、ギルドでは、カタリナは身分を隠しているのだ。
だから、ギルドマスターと元剣聖という立場にふさわしい話し方をしているのだろう。
俺は薬作成を急いだ。
「これでよしっと」
俺は完成した発毛剤兼育毛剤を瓶に詰める。
そして、リビングにもっていく。
「ルード、作業はおわった……うおっ」
俺について出てきたグルルを見てギルバートは驚いている。
驚くのも無理はない。
一般的な感覚ではグルルは家の中に入れるには大きすぎるのだ。
「グルルは寂しがり屋でな」
「そ、そうか」
「ぐる~」
グルルは机の上にあごを乗せ、上目遣いでギルバートを見つめている。
とても可愛い。だというのに、ギルバートは少し緊張しているようだ。
「ギルバート、よかったら撫でてやってくれ」
「お、おう」
ギルバートに撫でられて、グルルはゆっくりと尻尾を動かした。
本当にグルルは人懐こい竜だ。
ギルバートは大きな鞄を持ってきており、椅子の横に置いていた。
「カタリナ、これを従兄殿に」
「ありがとうございます」
「垂れないように普通のポーションより粘度をあげておいた」
「粘度を……はっ。目に入らないようにですね」
「そうだ。頭髪が薄くなったところに、薄く塗ってくれ、分厚く塗らなくていいぞ。沢山塗ったからと言って効果が増すものではないからな」
「わかりました。閣下も喜ぶと思います!」
「うん。これで三週間分だ。万が一、痛みが出たら教えてくれ」
「しっかり伝えます!」
瓶を渡した後、俺はギルバートの向かいに腰を下ろした。
即座にカタリナが俺の隣に腰を下ろす。
「毛が生え始めるとどうしても、かゆみは出るものだから気にしなくていい。ガウもそうだっただろう?」
「がう~」
静かに俺の隣で伏せているガウも、きっと「かゆみを感じたと」と言っているに違いない。
「どうしても耐えられないなら、掻かずに使用をいったん中止して――」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
会話に割り込まれたと思ったのか、カタリナがギルバートを睨みつけた。
だが、ギルバートは気にしていない。瓶を真っすぐに見つめている。
「どうした? ギルバート」
「それは、まさか毛が生える薬なのか?」
「そうだ。ギルバートもガウに俺が薬を塗っているのは知っていただろう? こんなに生えたぞ?」
自分の名前を出されたガウが俺のひざにあごを乗せるので優しく撫でた。
「もちろん知っているが、ガウの毛は火傷の治療だっただろう? 人の、こう年齢とともに来る頭髪の後退にも効くのか?」
「そのはずだ」
「ルード、その薬、俺にも作ってもらえないか。金ならいくらでも出す!」
「構わないが……ギルバートのその髪型はファッションじゃなかったのか?」
ギルバートの頭は、綺麗なつるつるなのだ。
てっきり、いかつく見せるために剃っているのだと思っていた。
荒くれ者ぞろいの冒険者をまとめるギルドマスターとしては風貌も大事だ。
髪が無ければ強そうに見える。
それに、髪がない方が戦闘時にも有利な点もある。
敵に掴まれることもないし、兜をかぶる際も蒸れないので安心だ。
だが、ギルバートは重大な秘密を打ち明けるような口調で言う。
「…………いや、ルード。これは、……ファッションではないんだ」
「そうだったか」
「兜のせいかと思って鉢金にしたり頭部の防具をなくしてみたりしたが……効果が無くてな」
その口調でギルバートが悩んでいることが伝わってきた。
「……そうか。あとでギルバートの分も作ろう」
「…………ありがとう。本当にありがとう」
ギルバートは目に涙を浮かべていた。
「代金は初回は無料でいいぞ。試供品だ」
「いいのか?」
「ああ、効果があれば金を出して買ってくれ。そうだな。一か月分で――」
俺はひと月分を、ギルドの食堂の夕食二回分ぐらいの値段に設定した。
そのぐらいであれば、若い冒険者も買いやすいだろう。
「ありがとう、本当にありがとう」
「そんなに、頭髪がないのがいやなのか? 私はその髪型もいいと思うけどな」
「殿下にはわからないかも、……しれませんね」
ギルバートは、カタリナのふさふさの髪をみながら呟いた。





