05 リアに罪があるか
「冷静だよ、リスクも考えている」
人族全体を滅ぼすリスクを看過するのか。
そうカタリナは問うているのだ。
村を滅ぼしかねない魔熊が近くに出没し始めたら、被害が出る前に冒険者ギルドに討伐を依頼する。
それが普通の対応だ。
魔熊が村を襲ってからでは遅い。そう考える。
人族全体を滅ぼしかねない魔王が出没したら、被害が出る前に討伐する。
それも民を守るべき王族として正しい判断なのかもしれない。
「そうだな、人族を存続させるにはその方が確実なのかもしれないが……」
「ルードさまは、なにもしないと」
「そうだ。それでも罪のないものを殺してどうなる。可能性は裁けない。将来罪を犯す可能性など、全ての物にあるだろう」
「はい」
「もし、その時は俺が対処する」
その時。
つまり、リアが魔王として覚醒し、人族を滅ぼそうとしたときだ。
「できるのですか?」
「むしろ俺にしかできないだろう」
「それは、そうでしょうが……」
「安心しろ。俺の全盛期は今だ。そしてこれから更に強くなる」
千年前の百八年の人生で最強だったのは百八歳のときだ。
それは、失った体力や集中力などを、ありあまる経験と知識の蓄積で補ったからである。
そして現代にきて、経験と知識の蓄積はそのままに若返った。
だから、今の俺は千年前より圧倒的に強い。
「強さは心配していません。ですが……」
「それも安心しろ」
可愛がっているリアを殺せるのか。
それをカタリナは心配しているのだ。
「たしかに可愛い。殺したくない」
「りゃむりゃむ」
リアは俺の腕に抱きついて、指を口に咥えて目を閉じる。
はしゃいで眠くなったのだろう。
「もし、魔王ならば、俺も覚悟を決める」
「覚悟……ですか?」
「ああ、千年前の罪というならば、俺も同罪だ」
千年前、人族を殺めた魔王に罪があるならば、人族を戦争に駆り立てた錬金術師にも罪があるだろう。
そして、その錬金術師の中核にして核心が俺だったのだ。
魔王が死ぬべきならば、俺も死ぬべきだ。
刺し違えよう。リアを一人では死なせない。
「これから魔王になるならば、その前に俺が止める」
「わかりました。信じます」
そういったカタリナは、心底ほっとしているように見えた。
カタリナはリアを殺したくはない。
だが、魔王である可能性を見逃せば、命がけで自分を救ってくれた騎士たちと仲間の献身を裏切ることになりはしないか。
そう考えて、苦しんでいたのだろう。
「カタリナは苦労人だなぁ」
俺がカタリナぐらいのころ、大局は考えていなかった。
ただ、錬金術が楽しくて、他には何も考えていなかった。
「俺は、大人になりきれていなかったのかもしれん」
「百八歳だったのですよね?」
「そうだ。だが百歳を越えても、自分の立場、責任。そのようなものへの配慮が足りなかったように思う」
自分と友、その弟子や孫弟子たち。
みんなが何をなしたか、ばかり気にしていた。
どれだけ民の生活が豊かになったか。便利になったか。
怪我や病で死ぬものがどれだけ減ったか。
それに錬金術の今後の発展、後進の育成。
そんなことしか考えていなかった。
自分たちが無邪気に蓄えた戦闘力が、王たちの判断にどのような影響を与えるのか。
それを考えていなかったのだ。
「色々と身につまされたよ」
「失礼なことを、申したと思います」
「いや、思考の助けになった。ありがとう。今後も何か気になることがあれば、言ってくれ」
「はい。……あの、早速なのですが、質問よろしいですか?」
「もちろんだ」
どんな質問が来るのだろうか。
「はい。今、魔人が都市を襲わないのは統率されているからだろうとおっしゃいましたが……」
「そうだな」
一言一句その通りではないが、そのようなことは言った。
「魔人の統率者が王都に魔人をけしかけないのはなぜでしょう? 有効な手だと思うのですが」
「…………そうか、そうだな。千年前じゃないのだったな」
千年前なら、魔人と戦える都市には強大な戦闘力を持つ錬金術師がいた。
錬金術師が駆けつけるまでに数十人殺せても、魔人も大体死んだ。
自分が死ぬことを全く恐れないから、魔人は厄介なのだ。
そして、統率されているのならば、貴重な戦力である魔人を、数十人の非戦闘員と引き換えに失うようなことはしない。
「今まで襲わなかったのは、襲う必要が無かったからだろう」
人族は錬金術を忘れ、魔法技術も衰退させてしまった。
魔王軍としては、どうやっても勝てる戦だったのだ。
だが、人族側に俺という錬金術師が加わったことで、魔王軍は敗れた。
「今なら、魔人をけしかけることは、ありえるだろうな」
戦略的に有効だ。
魔人が散発的に襲ってくるとなれば、物流が止まる。
防御する戦力を動かせなくなる。
「……俺という錬金術師の存在を警戒してくれればいいのだが」
俺が魔人を見つければ、その魔人を殺す。
それを恐れてくれればいいのだが。





