03 カタリナへの説明2
俺は黙って席を立つと、お湯を沸かしお茶を淹れる。
俺とカタリナ、そしてリアとガウとグルルの分も用意した。
そして無言でカタリナの前にお茶を淹れたカップを置いた。
砂糖の入った小さな壺も忘れずにおいておく。
「あ、ありがとうございます」
カタリナはお礼を言って、ぼーっとした表情のままお茶を飲む。
「あ、美味しい」
「ならよかった」
俺は気にせず自分の分とリアの分をテーブルにおいて、お皿に入れたガウとグルルの分も床に置く。
「ガウもグルルも飲んでいいよ」
お茶といっても、薬草茶だ。滋養強壮の効果がある。
リアはともかく、ガウとグルルも昨日戦って、疲れているはずなのだ。
リアとガウ、グルルの分には砂糖を多めに入れてあるので美味しく飲めるだろう。
「がう~」「ぐるる~」
ガウとグルルは美味しそうに皿からお茶を飲む。
俺も席に戻って自分の分のお茶を飲んだ。
苦いが癖になる味だ。
「りゃむ」
「うまいか?」
「りゃあ~」
リアは甘さが気に入ったらしい。
小さい体でごくごく飲んだ。
「あの、ルードさま。このお茶も千年前のものですか?」
「手製だが、素材はこの時代のものだぞ。材料は――」
俺はヨハネス商会で買ったお茶の材料をカタリナに教えた。
「それで、このお茶が作れるのですか? 錬金術はすごいですね」
「錬金術ではないぞ、淹れ方を教えようか?」
「いいのですか?」
「もちろんだ」
俺はカタリナにお茶の淹れ方を教えた。
「淹れ方も普通なのですね。これで来客が来た時に私もお茶を出せます!」
「ああ、そのときは頼む」
どうやら、お茶の淹れ方自体は現代も千年前と変わらないようだ。
つまり違いは茶葉の組み合わせだけらしい。
「この茶葉は現代でも手に入るものを組み合わせただけなんだが、この時代にはこのお茶は無いのか?」
「ありません」
「そうか。謎だな」
美味しいお茶だし、素材は沢山手に入るのに、無くなる理由がわからない。
「もしかしたら、三百年ほど前に、西方の国と長期間の戦争があったのでそのせいかもしれません」
たしかにお茶の材料には西方が産地の物があった。
「長期間とはどのくらいだ?」
「百年ほど」
「……長いな」
百年も物流が途絶えたら、人は三、四代ほど世代交代する。
お茶の製法も失われてもおかしくない。
俺の前世から現代に到る、千年の間に人は少なめに計算して四十代は代替わりしたのだろう。
代替わりの間隔は、親が子供を作った年齢に近くなる。
人が八十年生きるとしても、世代交代の間隔は八十年にはならない。
親が二十歳のときに跡継ぎを作っていたら、親が死んだときその跡継ぎは六十歳。
子供も八十歳で死ぬまで二十年しかない。
平均二十年で代替わりしていたら、千年の間に五十世代入れ替わる。
俺の友人の子孫がいたとしても、血が薄まりすぎて会ってもわかるまい。
俺が千年という時の流れに思いをはせていると、
「あの、ルードさま」
「ん?」
「ルードさまが千年前の錬金術師だと言うことはわかりました」
「信じるのか?」
「はい。理屈はわかりませんが、ルードさまの錬金術は本物ですし」
カタリナは自分の右太ももに、そっと手を置いた。
「荒唐無稽で、しかも理屈がわからないことを信じられるのか?」
「……正確には違うのかもしれません」
少しカタリナは考えて、
「ルードさまのおっしゃることを信じていないのかもしれません。ただルードさまにならば騙されてもいいと思っているだけかもしれません」
言葉を選びながら言った。
「ひどい目にあってもか」
「いえ、死ぬことになっても、です」
「それは……」
「ルードさまの現代では不可能な技術が無ければ私は死んでいました」
右足が無ければ、今のようには戦えなかったのは間違いないだろう。
だが、死ぬとは限らない。
そう思ったのだが、
「私は、次の魔王軍の戦いで死ぬと決めていたのです」
淡々とカタリナは続ける。
「魔王軍は人が勝てる強さではありませんでした。兄の軍でも勝てなかったのです」
カタリナの兄である第三王子は、武勇で知られていたという。
その麾下の軍も、この国で、いやこの大陸で最強だったのだ。
だが負けた。一方的に殲滅された。
「騎士と仲間の献身で私は助けられました。ならば私の命は民への献身に使います。一人でも多くの民を逃せるならば、この命惜しくはありません」
カタリナはそういって俺の目をじっと見た。
「そうか。そういうことならば、わかった」
どうせ、俺の錬金術がなければ、魔王軍には人は勝てない。
だから、民を救う存在としての俺に全てを賭けたのだろう。
「俺も人族の一員として、できる限り協力しよう」
「ありがとうございます」
「カタリナにとっては、俺が千年前の人間であることは重要ではなさそうだな」
「そんなことは……いえ、そうかもしれません」
出自よりも、何ができる人間なのかが大事なのだ。
それほど切羽詰まっているとも言える。
そしてカタリナは机の上でころころ転がりながら、俺の手にじゃれついているリアを見る。
「それで、あの、リアが魔王だというのは」
「りゃ~?」
名前を出されたリアが動きを止めて、カタリナを見た。
「それもわからない。魔人は少なくともそう思っているようだったが……」
リアは机の上を歩いて、カタリナに寄っていく。
そして仰向けにひっくり返って、「りゃあ」と鳴いて撫でることを要求した。
「……リアが……魔王である可能性はあると思われますか?」
そういいながら、カタリナはリアのお腹を優しく撫でる。
どうやらカタリナはリアを撫でるのが上手いようだ。
リアは気持ちよさそうに目を瞑って「りゃるりゃる」喉を鳴らしていた。
「可能性はあると思うぞ。理屈はわからんが」
「理屈がわからないというのは、ルードさまがこの時代に来たのが、転生によるのか転移によるのかわからないということと同じでしょうか?」
「まさにそれだ」
俺は少し考える。推論を述べる前に確実なことから話すべきだろう。
「わかっていることを、まず話そう」
「お願いします」
「千年前の魔王は深紅の竜だった。竜には色々な型があるが……」
竜の型とは外形上の特徴で竜を分類したものである。
まず、羽があるかどうか、次に手があるかどうかで分類される。
その後、前足より後ろ足の方が太いか、手足の指の数、角の数、角の形態などでも分類される。
「角は判別できないが、手足や羽の有無、指の数など、主要な要素はリアと同じだな」
「りゃあ?」
呼ばれたと思ったリアがこちらに戻ってきて、こてんと転がってお腹を見せる。
俺はそんなリアのお腹を撫でた。暖かくて、柔らかかった。
「俺は魔獣学者ではないが、竜とは何度も戦ってきた。その経験からいえば、リアが成長すればあんな風になるだろうなとは思う」
形態的には、ほぼ同じだ。
同一種の成体と幼体だと判断して問題ないほどだ。
「ただ、角がな」
「魔王とは異なりますか?」
「成体と幼体なのだから、異なっていても当然ではあるのだが……」
リアの角が、成長と共に魔王とは全く異なる形状になる可能性はあると思う。
「だが、現時点では、そっくりだとしか言えないな」
「そうですか」
「そっくりだからこそ、魔人が誤解した可能性もあるのだが……。他にもわかっていることはある」
「なんでしょう?」
「魔王は時空魔法を使えたんだ」
「時空……魔法……」
現代において、時空魔法は伝説となっているとトマソンたちから聞いた。
だから、俺は時空魔法についてカタリナに丁寧に説明する。
「時と空間を歪める魔法だな。魔王は誰よりも高度な時空魔法を使いこなしていた。それこそ別の時空を作ってみせたほどだ」
魔王は、魔人や魔族の王だから魔王なのではない。
魔法の王で、魔王なのだ。
他の誰よりも魔法に優れていた。
「別の時空とは、どのようなものなのでしょう?」
「そうだな。……魔王の時空魔法に比べたらしょぼいものだが、魔王の魔法を参考にして作ったのがこれだ」
そういって、俺は魔法の鞄をカタリナに見せる。
「カタリナにも、この鞄を見せたことはあるよな」
「はい。沢山入る鞄だな、とは思っておりましたが……」
「詳しく説明してなかったな」
「はい」
「まあ、見てもらった方が早い。カタリナ、カップを手に持ってくれ」
「……はい」
戸惑った様子で、お茶の入ったカップを手に持った。
俺はリアをひざのうえに乗せて、自分のカップを手に持った。
「ほいっと」
そうしておいて、魔法の鞄の中に机を入れる。
魔法の鞄の口に魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間、机が消えた。
「え? えぇ?」
「この鞄の中は別の時空になっている。時空が違うから重い物を入れてもこちらの時空では重くならない」
そういって、指の先で鞄をぽんぽんと上に軽く投げる。
「……理屈はわかりませんが……、凄いのですね」
「ああ、凄い。魔王はこれを大規模に行えた。戦闘力だけは俺の方が高かったが、総合力は魔王の方が上だっただろう」
あらゆる知識。それを実行する能力。
たかだか百年程度しか生きられない短命の人族には追いつけない領域に魔王はいた。
「魔王ならば、きっと俺の理解できない魔法で、俺と自分自身を未来に飛ばすこともできるのかもしれない」
「もし、それが事実だったとして……赤子になったのはなぜでしょう?」
「わからない」
俺を若返らせても敵を強くするだけだ。若返らせる理由はない。
そして魔王は竜だ。竜は年を経るほど強くなる。
人族と異なり、竜にとって、老いは体を精神を、魔力を強くする。
若返る理由はない。
「想定しない事象があったのか、何らかのミスがあったのか、はたまた若返りが時空転移に必須だったのかもしれない」
「少なくとも魔王が狙ったことではないと、ルードさまは思われるのですね?」
「そうだな。合理的に考えて、そうとしか考えられん」
カタリナが考え込む。
そして、お茶を飲み、机がないことを忘れて、机に置こうとしてこぼしかけた。
「すまない。忘れてた」
「いえ、こちらこそすみません。うっかりしました」
俺は魔法の鞄から机を取り出し、その上にリアとお茶の入ったカップを置く。
「りゃあ?」
リアが甘えて俺の手に顔を押しつける。
「……魔王より戦闘能力が高かったことが、果たして良いことだったのか」
俺は小さな声で呟いた。





