02 カタリナへの説明
そして、カタリナはガウをマッサージしている俺を見る。
「ガウの治療って、育毛剤ですか?」
ガウが俺を助けるようとして、全身火傷を負ったことはカタリナも知っているのだ。
「そうだ。大分伸びただろう?」
「はい。初めて見たときとは比べものにならないぐらいふさふさです」
「がう~」
ふさふさと言われて、ガウも嬉しそうに尻尾を揺らす。
「あの……」
「どうした?」
「一つ思いついたのですが……この発毛剤兼育毛剤って、人にも効果あるのでしょうか?」
「あるだろうな」
「もしかしたら、この薬を使えば、錬金術の普及にお役に立てるかもしれません」
「ほう? 詳しく聞かせてくれ」
そういいながら、俺はカタリナに近くの椅子に座るように促した。
「失礼します。私の従兄に頭髪で悩んでいる方がいらっしゃいまして」
「なるほど。使ってもらって錬金術の有用性を知ってもらおうということか」
「はい。私の足が生えたことにくらべたら、毛が生えるぐらいでは強い印象をあたえることは難しいかもしれませんが……」
「いや、そうとも限らん。ちなみにその従兄殿はどのような地位なんだ?」
偉い人ほど、宣伝効果は高い。
王族が使っている薬というだけで、貴族には使ってもらいやすくなる。
それに、貴族が使い始めたら、値段次第だが、庶民も使いたがる。
「はい、父の弟の息子、つまり国王の甥で、爵位は大公。尚書を務めております」
尚書は国王の秘書の長のようなもの。
つまり、国王の側近中の側近である。
毎日のように国王に会うし、王族、大貴族とも会う機会が多い。
その尚書が急にふさふさになれば、錬金術の有用性をアピールする効果は非常に高いといえるだろう。
「それは大きいな。ちなみに大公は何歳で、どのような頭髪の具合なんだ?」
「今年で二十七歳で――」
「若いな」
「はい。そして頭髪はこのぐらいまで……」
カタリナは自分のおでこの一番上の左右の端を両手の人差し指で指した。
「あー、そこから来ることが多いんだ」
前世の俺は頭髪には恵まれていたが、たくさんの友人たちの頭髪はそこから後退を始めたのだった。
「……このぐらいまで薄くなっています」
そういって、カタリナはその両手の指を頭頂部に移動させていく。
「……そうか」
おでこが後退を始めたばかりではなく、かなり後退してしまっているようだ。
「それは、辛かろうな」
俺は最近毛が復活しつつあるガウの頭を撫でた。
「気にしていらっしゃるとお聞きしています」
それならば、早めに作ってあげた方が良いだろう。
錬金術の普及という点だけでなく、単純に人助けにもなる。
頭髪の後退に悩んでいるのは、尚書だけではないはずなのだ。
「……材料はケルミ草とレルミ草が基本になるよな」
「あのルードさま」
「あ、すまない。話が先だな」
錬金術の方に思考が行きかけたのをカタリナが戻してくれた。
「まず何から説明するのがいいかな」
「……」
カタリナはじっと俺の目を見ている。
「そうだな……」
考える俺の手にリアがじゃれついてくるので、適当に構いながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「まずは俺の話からしようか」
「はい」
「俺の振るまいや言葉、魔人との会話で察していることもあるだろうが、一から説明しよう」
中途半端に省略すると、理解を遠ざけるものだ。
とはいえ、説明にも困るのは事実なのだ。
俺自身、よく理解できていないのだから。
「知らないことも理解できていないことも多過ぎるんだが、知っていることから話そう。俺はミアス帝国歴百五十年に生まれた」
「ミアス帝国歴……」
「知らないか?」
「いえ、ええっと……千年以上前ですよね?」
やはりカタリナは王族だけあって、教養がある。
庶民は歴史など学ばないが、王侯貴族は歴史を学ぶものなのだ。
歴史こそ、自分たちの高貴な血を証明する物なのだから当然とも言える。
もちろん、学ぶ歴史は自分たちに都合のいい歴史ではあるのだが
「そうだ、千百年以上前だな。そして俺は百八歳で魔王に挑んだ」
「……百八歳」
「魔王との戦いの結果は、わからん。優位に進めてはいたんだが、魔王の魔法に巻き込まれて、意識を失ったんだ。それで気付いたらこの体でこの時代にいた」
「この時代に来たのはいつなのでしょう?」
「記憶があるのは、カタリナと初めて会ったときの前の晩からだな」
「なんと」
「時代を転移した過程で若返ったのか、転生してこの体まで成長したのかもわからない」
「そう……なのですか」
そう呟くように言うと、カタリナは複雑な表情をして黙り込んだ。
信じがたい話だ。
俺も他者がそんなことを言っていたら、口や態度に出すかはともかく、内心はまず疑ってかかるに違いない。
だが、俺はカタリナにこの時代にはない技術を見せている。
だからこそ、カタリナは黙り込んで、頭の中を整理しているのだろう。
カタリナには少し時間が必要だ。





