45 戦端
千匹のゴブリンたちの約半数が通ったころ、魔人が地竜に向かって指示を出す。
「お前も行け」
「GRRRR……」
どうやら、地竜も魔人に支配されているようだ。
「気付いていると思うが、おかしな壁の手前に落とし穴がある。飛び越えて壁を壊せ」
「GRRRrr……」
第一防壁の手前に落とし穴を作ったことは、魔人には見抜かれてしまっていたようだ。
地竜はゆっくりと後退して距離を取る。
そして、一気に加速する。巨体に見合わぬ敏捷性だ。
俺の作った落とし穴の手前で跳びはねると壁に頭からぶつかった。
地竜が第一防壁にぶち当たった瞬間、壁全体が大きく震える。
南側城壁の八割ほどの長さを持つ巨大な第一防壁全体が震えたのだ。
これだけの突進力をもってすれば、王都の城壁も崩せるだろう。
壁の上にいる俺たちにとっては、巨大な地震に見舞われたかのようだった。
――ドオオオオオオオン
同時に大きな音が響く。王都にいる全員の耳に届いただろう。
気の抜けていた冒険者がいたとしても、今の音で気合が入ったに違いない。
地竜は突進の勢いのまま第一防壁を破壊し、そのまま突破しようとした。
だが、壁は崩れない。
グイーンと伸びて、地竜衝突の衝撃を吸収する。
「GRRR……?」
壁が崩壊すると信じ切っていた地竜は、困惑の鳴き声を上げる。
突撃の勢いは完全に消えて、地竜の足が止まった。
そして壁の元に戻ろうとする復元力が、地竜を押し返し始める。
「G! GRRRGRRRRAAAA!」
最初はずるずると、そして徐々に加速しつつ地竜は壁の向こうへと戻される。
そして、戻った先には落とし穴だ。
「GRAAAA!」
地竜は懸命に踏みとどまろうとしたが、そのまま壁に押し切られる。
「GAAA……」
地竜は落とし穴へと落ちて行った。
深さは十メトルほど。
体長十メトルある地竜にとっては、大した深さではない。
だが、落とし穴の中には、錬金術で強化した鋭利な槍が並んでいる。
「GRAAAAA!」
地竜は巨体に見合った分厚く硬い鱗で覆われている。
だが、その巨体ゆえに重い。
自らの重さのせいで、槍によって全身が傷つけられてしまう。
「……お前に恨みはないが、大人しくしておけ」
誰にも聞こえないほどの小さな声でそう言って、俺は【物質移動】を発動させる。
落とし穴の側面上部に予め仕掛けておいた金属製の槍を一斉に突き出し、鉄格子のようにした。
地竜を閉じ込めるための簡易の檻だ。
「……なんだと!」
魔人が驚き、地竜の元へと高速で飛んでくる。
まだ、俺の存在には気付いていないようだ。
他に注意を引くものが大量にあるからだろう。
罠は魔法であらかじめ発動するように設定されていたと考えているに違いない。
魔人は地竜を閉じ込めた鉄格子を破壊しようと動き出す。
地竜はそれだけ王都襲撃作戦の要ということだ。
そして、魔人が地面近くに降りてきてくれたことは、俺にとっては絶好機である。
「単純な罠に、無様に引っかかりやがって!」
地竜のことをののしりながら、魔人は檻を魔法で破壊しようとする。
詠唱はしないようだ。魔力が魔人の右手に集まっていく。
そして充分に魔力を溜めた魔人は檻に直接手を触れた。
――バリバリバリバリバリ!
「ぐあああああ!」
檻に錬金術の【物質変換】を使って雷を流したのだ。
完全に不意を食らった魔人は身体からプスプスと煙を出しながらのけぞった。
そして無様にも地面を転がる。だが、致命傷には届かない。
「この! 無礼者が! 我を地面に落とすなど!」
ゴブリンやオークの群れは魔人には近づかない。
戸惑いながらも既に出された命令通りに、第一防壁をくぐって進む。
魔人は怒りに満ちた表情で周囲を睥睨する。
すぐに第一防壁の上にいる俺を見つけた。
「よお、魔人、わざわざ死ににここまで来るとはご苦労なことだ」
「……たった二人で我を止めようというのか?」
胸壁の陰に隠れるカタリナのことにも気付いているらしい。
「いや、お前程度、俺一人で充分だ」
俺は笑顔で呼びかけた。
だが、魔人はそれには答えず、怒声を上げる。
「人族風情が! いつまで我を見下ろしているつもりだ!」
「ああ。これはすまない」
俺は第一防壁に密かに取り付けておいたはしごを伝って、ゆっくりと降りる。
飛び降りても良いのだが、まだ錬金術師だとばれない方が良い。
地面に降りると、俺は魔人に向けて頭を下げた。
「魔人さまにおかせられましては、王都攻略ぐらい容易いのでしょう? さぞかし退屈かと」
「……」
わざとらしいぐらい丁寧に、慇懃無礼に言ってみる。
魔人も俺が馬鹿にしていることに気付いているらしく、無言で睨みつけてくる。
「ここで少し、私と戦って暇をつぶしていきませんか?」
「……お前ごときで暇つぶしになるとも思えないがな!」
そう言うと同時に魔人は無詠唱で魔法を放つ。
火炎竜巻。火系の上位魔法だ。
俺は巨大な火柱に包まれる。
「口ほどにもない。手間をとらせやがって」
魔人はそう言って、地竜を閉じ込めた檻に再び手を触れる。
――バリバリバリバリ
「ぐああああああ!」
俺の流した雷をまともに食らい、魔人は再び地面を転がる。
魔力が途切れたせいで、火炎竜巻も終息した。





