42 王都に戻ろう
身体強化ポーションを百個ほど作ったとき、俺の家の扉がノックされる。
出てみると、荷馬車と冒険者が五人立っていた。
「ルードの兄貴! 採集クエの薬草を持ってきました!」
「それと、ギルバートの旦那が、これも持って行けって」
冒険者たちは大量のケルミ草とレルミ草、それにガラス瓶を持ってきてくれた。
ガラス瓶は荷馬車の中に数千個積んで持ってきてくれたらしい。
「お、多いな……」
俺が想定していた以上に、多かった。
ケルミ草とレルミ草を採りに実家に帰っていた例の冒険者が得意げに笑う。
「農閑期でしたからね! 村のみんな総出で集めました」
「そうなのか、それは助かる」
「こっちこそ買い取ってもらえてすごく助かってます。村のみんなも大喜びですよ!」
「ガラス瓶はギルド総出でかきあつめました! ギルバートの旦那が、ルードの兄貴の薬は生命線だって」
「そうか。助かるよ」
少なくとも冒険者たちは錬金術の有用さを知ってくれている。
それはとても嬉しかった。
俺はその場にいる冒険者に向けて言う。
「これだけあれば、充分な量のポーションが作れる。安心してくれ」
「はい! 木材とかもなるべく早く届けるとギルバートの兄貴が言ってました!」
「それは助かる」
荷馬車にこれまで作った身体強化ポーションを積み込んで、冒険者たちは戻っていった。
そして、俺はヒールポーションを作っていく。
大規模戦闘において、怪我人を治療できれば、それだけで戦局を優位に進めることができるのだ。
「魔力回復のための、マナポーションもいるよな」
魔力回復ができなければ、継戦能力に支障が出る。
敵の攻撃魔法を、魔導師がいかに防ぐことができるか。
それも集団戦にとっては大切なのだ。
「体力回復ポーションも必要になるかもな」
怪我もなく、魔力もあっても、疲れ果てれば人は動けなくなる。
長期戦になればなるほど、体力が重要になるのだ。
大量のヒールポーションとマナポーション、体力回復ポーションを作りおえて、俺は外に出た。
ポーション製作中、家の外で作業している声がしていたからだ。
家の外には木材や石材、金属類が積み上がっている。
その指揮を執っているのはギルバードだった。
「おお、ルード。資材はもっと必要か?」
「そうだな、もっと欲しい。ところで……」
「なんだ?」
「城壁を強化していいか?」
「ふむ? 許可は取れるが……時間がかかるかもしれない」
「まあ、そうだよな」
王宮の者たちにとって、錬金術の信用は極めて低い。
錬金術が有用だと、いくらギルバードに力説されても納得できまい。
「勝手に強化してもいいが……ばれたら叱られるか」
「……そうだな。もちろんそのときは俺が弁護するが」
ギルバードも一緒に怒られることになるのだろう。
「よし、城壁の外にもう一枚壁を作ろう。そこでドラゴンを食い止めようじゃないか」
「そんなことが? いや、愚問だったな。ルードならできるだろうさ」
「もちろんだ」
スタンピードの規模は数千体らしい。
だが、城壁を崩せるほど大きな魔物ばかりではないはずだ。
きっと巨大なドラゴンなどの魔物は数体。
そいつさえ食い止められれば、後はゴブリンやオークだろう。
王都の壁でも充分止められる。
俺は作ったポーションをギルバードに託すと、王都の外周を歩いて行く。
「がうがう~」
散歩だと思ったのか、ガウが嬉しそうに尻尾を振っている。
「スタンピードは南からやってくるのだから……」
城壁の南側に大型魔獣を止める仕掛けを作れば良い。
「集落と俺の家が王都の北側にあったのは幸いだな」
スタンピードが迂回しない限り、北側には魔物は来ない。
迂回したとしても、突撃の勢いのまま突っ込まれるよりは被害は少なくて済むだろう。
俺は南側へと移動して大型魔獣を止めるための壁を作っていく。
「この壁は第一防壁と名付けよう」
最初にスタンピードとぶつかる防壁だからだ。
第一防壁はしっかりとした王都城壁とは全く違う構造で作る。
壁というよりも、大きくて頑丈な網である。
ゴブリンどころか、オークでも容易く通れる程度の隙間を敢えて作った。
硬さは求めない。
弾性に富み、大型魔獣の突撃をうまく吸収する構造とする。
防壁を作り始めると、ガウはその隙間に不安を覚えたらしい。
「がうー?」
何度も隙間をくぐっては、通れることを俺にアピールしてくる。
「ガウ。わざと開けているんだよ。大型魔獣だけを止める網だからね」
「がう?」
「千匹の魔物と大型魔獣、同時に一つの壁で止めるのはきついんだ」
千匹の魔物は素通りさせて王都の城壁で冒険者や騎士団に処理してもらうのだ。
「ガウ!」
「安心しろ。避難民の集落のことも忘れてない」
大型魔獣さえここで止められれば、後はどうとでもなる。
あとで、高さ十メトル程度の硬い城壁で俺の家と集落を囲んでおけばいいだろう。
「それだけでゴブリンやオークからは集落を守れる」
俺の家と集落を囲む防壁は【物質移動】で作ればいい。魔力消費は少なくて済む。
だが、大型魔獣を止めるための第一防壁は【物質移動】に【物質変換】を駆使することになる。
魔力消費はそれなりに大きい。
「劣化速度は速くてもいいはずだ。二三日持てばいいからな」
弾性に富む素材を網状にして、突っ込んできた大型魔獣を包み込むように食い止めるのだ。
俺が炭を加工しているのを見て、リアが不思議そうに鳴いた。
「りゃあ?」
「ああ、炭って脆そうに見えるけど、【物質変換】で分子構造を変えると、恐ろしく丈夫な糸を作れるんだよ」
「がう~?」
「な、不思議だよな」
炭やオリハルコン、ミスリルも駆使して、大型魔獣を止める仕掛けを作っていった。
「迂回されたときのことも考えないとな。とはいえ……」
さすがに東西南北に南と同じ防壁を作るのは魔力的にも資材的にも時間的にもきつい。
「迂回対策に落とし穴を作っておくか」
落とし穴は【物質移動】だけで作れるので、魔力消費は少なくて済む。
そう考えて、東西と北に大型魔獣だけが落ちる穴を作っていく。
東西と北に合計三つの落とし穴を作って、ふと気付く。
「……もしかしたら落とし穴は有効なのではないか? 南にも作っておくか」
大型魔獣ぐらい重い奴だけ落ちる仕掛けを作ればいい。
第一防壁の手前に落とし穴を作っておいた。
穴を深くし、中に巨大な槍を仕掛けておく。
「引っかかってくれればいいんだがな」
第一防壁に注意をとられて、落とし穴に引っかかってくれたら戦いやすくなる。
最後に川に罠を仕掛ける。
第一防壁と王都城壁との間に流れる大きくて太い川を利用しない手はない。
「大型魔獣が第一防壁を突破したときは川を使おう」
小さなダムを上流に作る。
決壊させると同時に【物質移動】の術理で水流を加速させれば大型魔獣も押し流せるだろう。
「時間稼ぎ程度にしかならないかもだが……ないよりはましだろう」
全ての仕掛けが完成したころには太陽が沈みかけていた。
「凄く疲れた……」
「がう……」「りゃぁ」
「仕上げに集落と俺の家を壁で囲っておこう」
「ガウ!」「りゃ!」
集落を訪れると、人一人いなかった。
全員、王都の中に避難したのだろう。
俺は【物質移動】を使って、集落と俺の家を囲む壁を作った。
忘れずに鍵付きの扉も作っておく。
「これでゴブリンやオークならば、越えられないだろう」
「がう~?」
「まだ終わってないよ。こいつらを強化しないといけないからね」
そういって、俺の家の前に積まれた武器防具を指さした。
家の前には、鎧がおよそ百領、剣がおよそ二百本積み上がっていた。
俺が第一防壁を作っている間に、ギルバードが持ってきてくれたのだろう。
「質よりも早さを重視しないとだな」
トマソンたちの装備に強化を施したときのように、ゆっくりはしていられない。
だからといって、手を抜くわけにもいかない。
限界まで急ぎつつ、品質を落とさずに鎧と剣を強化していく。
鎧と剣の強化が終わった頃には、真夜中になっていた。
リアは俺の服の中でぐっすりと眠っている。
ガウも工房の隅で横になっている。
「体力回復ポーションを自分で飲んでおこう」
とても疲れたので、自分で飲む。するとすぐに元気がわいて来た。
明日、激戦になればみんなも必要になるだろう。
「体が若返ったおかげでだいぶ無理がきくようになったな……」
今日一日で、相当な量の魔力と体力を使った。
千年前の百八歳の身体なら、数日寝込むぐらいの疲労度だ。
「寝る前に武器と防具を冒険者ギルドに届けておくか」
大量の冒険者たちに配るのだ。直前に渡されても手配はできまい。
俺は魔法の鞄に武器防具を入れると、冒険者ギルドへと走る。
寝ていたガウもついて来た。
冒険者ギルドに入ると、真夜中だというのに職員が働いていた。
明日の襲撃に備えて、色々と準備があるに違いない。
「武器と防具の強化が終わった。冒険者の皆に配ってくれ」
「ありがとうございます! 任せてください!」
用件を終えて家に戻ると、俺はベッドに倒れこむようにして眠りについた。





