53 国王
老人は俺の近くに来ると、
「ルードヴィヒ殿だな」
俺はグレゴールの足を放して跪いた。
自己紹介されなくとも、誰かはわかる。
朕という一人称、近衛騎士達の反応。
つまり、カタリナと第一王子の父。国王である。
俺は道理を知らない若者では無い。
百八歳にもなると、権力と権威には素直に従えるようになる。
もちろん、支障が無ければ、だが。
利害が衝突しない限り、従っていた方が面倒が無い。
「ルードヴィヒ殿。そなたには感謝してもしきれぬ」
王はそういうと、俺の前に膝をつき、俺の右手を両手で取った。
「陛下、皆が見ております。頭を下げられては皆が驚きます」
横にいた若い男がそう小声で呟いた。
それに王は大きな声で返答する。
「構わぬ。朕の命を救っていただいただけではない。国と民を救っていただいたのだ。王であっても、いや王だからこそ、頭を下げねばならぬのだ!」
そして、王は俺の手をとって立たせる。
「ちちうえ……」
グレゴールが呻くように呟いているが、王は無視する。
「近衛騎士」
「はっ」
「宰相とグレゴール、そして宮廷魔導師長は謀反人である。捕えよ」
「御意」
近衛騎士達の動きは素早かった。
これまで、無理矢理従わされていた鬱憤を晴らすかのように、宰相、宮廷魔導師長、第一王子を縛り上げる。
「カール。どのような罰が適当か」
王が尋ねると太った若い男が、駆け寄ってきて跪く。
「はっ。当人たちは極刑以外ありえませんが……どの範囲にどの程度の罰を執行するか、ということになりますと、、極めて政治的な判断が求められますゆえ、私の職責には重いかと」
「ふむ」
「むしろ陛下が直裁されるべきことかと。少なくとも先例ではそうなっております」
「わかった。ならば、カール、調査の責任者に命じる」
「御意」
「その上で、尚書として意見をまとめて提出せよ。それをみて判断する」
「御意」
どうやら、太った若い男は尚書、つまりメニルが副官として仕えている者らしい。
頭を見る。ちゃんと髪の毛が生えている。
喜ばしいことだ。
そして、王は縛られたグレゴール、宰相、宮廷魔導師長を見る。
「ゲルマー侯爵、宰相の任を解く、ダジンスキー伯爵、宮廷魔導師長の任を解く。グレゴール」
ゲルマー侯とダジンスキー伯は黙ってうなだれている。
「ちちうえ……ちがうのです。私はダジンスキーに騙されて……」
体を投げ出し、父の靴を舐めるようにする息子に、王は言う。
「グレゴール。王位継承権を剥奪する。そなたはもう我が子では無い」
「そんな……ちちうえ、どうか、わずかにでも、この息子を哀れに思うのならば……」
「なあ、グレゴール」
王は屈んで、グレゴールの顔に手を置いた。
「お前は、この父を殺そうとしたのだ」
「ち、違います。カタリナの奴が怪しげな術を……だから、王国を守るためやむを得ず……一時的に」
「グレゴール。カタリナは国家のために、つまり朕と民のために、命を懸けたぞ?」
「わ、わたしも王になるものとして……」
「たしかに、王が危険に身をさらすのは正しいとはいえないことが多い」
「は、はい、そのとおりなのです、気持ちは私も騎士達と一緒に前線で――」
「後方にいることは咎めぬ。だが、前線で命を懸ける者の足を引っ張ったことは許せぬ」
「ちちうえ……」
「……ロルフが生きておったら」
そういって、王は一瞬、寂しそうな表情を浮かべた。
確かロルフは戦死した第三王子の名前だ。
王はすぐに険しい表情になると、
「ゲルマー候、ダジンスキー伯、そしてグレゴールを地下牢に連れて行け」
「御意」
「魔道騎士と宮廷魔導師は武装解除の上、蟄居させよ。正式な処分はあとで申し渡す」
「御意」
その後、王はゲルマー候やダジンスキー伯の一族や家臣にも捕縛命令を出した。
千年前において、王の暗殺未遂は一族郎党皆殺しが相場だった。
現代ウドーにおいて、誰にどのような罰が与えられるのかはわからない。
それでも、軽いものにはならないと言うことはわかる。
命令を下すと、王は俺を見て微笑んだ。
「お待たせした。ルードヴィヒ殿。中で話を聞かせて欲しい」
「ありがたき申し出なれど、怪我人がおりますし、私にはやることがございます。また後日、ご招待をお受けできればと思います」
「怪我人はわかるが……やることとは?」
「壊れた王宮の建物、城壁の修復、薬の製造、怪我人の治療でございます」
そういうと、王もそれ以上引き留めようとしなかった。
俺としては、なにより、メニルの姉を隠したかったのだ。
宰相や宮廷魔導師長に、こいつも仲間だと名指しされれば、面倒この上ない。
王の御前を辞する前に、俺は地面の石畳を錬金術で修復してみせる。
「それでは、失礼いたします」
そういって、俺が頭を下げると、
「ぐる!」
メニルの姉を背に乗せたグルルも頭を下げた。
すると、カタリナとギルバート、エイナが来る。
「ルードさま、こちらはお任せください! ギルバート殿とエイナ殿と協力して、王と尚書のことは守り切ってみせます」
「ルード、こっちは任せろ」
「ありがとうね、ルード、助かったよ。薬もね」
カタリナだけでなく、ギルバートとエイナも王の護衛をするらしい。
「……王女殿下とみなさまのご武運をお祈りしております」
近くに王や他の者がいるので、俺はカタリナのことを王女殿下と呼んだ。
宮廷魔導師や魔導騎士が信用できなくなり、近衛騎士も人質を取られたりしている。
人質を奪還したり、敵を捕縛したりと大忙しになる。
しばらく、王の周りが手薄になりかねない。
だから、カタリナとギルバート、エイナが護衛に入るのだろう。
三人が護衛にはいるなら、安心である。
カタリナたちに別れを告げて歩き出すと、尚書であるカールが走ってくる。
「お待ちを、ルードヴィヒ殿」
「なにか?」
「メニルのこと、本当にありがとうございました」
「いえ、メニル殿には私も本当に助けられました。王宮の情報を知れたのは、メニル殿のおかげです」
「そうですか、メニルはお役に立ちましたか」
そういうとカールは自分の頭をパシパシと叩く。
「発毛剤兼育毛剤、まことにありがとうございました。おかげでこの通りです」
「いえいえ、こちらこそ。錬金術を広めるのが私の目的ですから。今後ともぜひよろしくお願いいたします」
「もちろんです」
そういって、カールは微笑んだ。
カールが王を追って去って行くと、入れ替わるようにメニルが来る。
そして、グルルの背に乗るメニルの姉のことをチラリと見た。
「……あの、姉上のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「わかっている。俺の家で治療するさ。その後は、本人に任せる」
「ありがとうございます。私は副官として尚書のお手伝いをしないといけませんので……」
「ああ、そっちもがんばれ。あ、それと……」
念のために俺は気になることを全て、メニルに話して対応をお願いした。
ヨハネス商会のことや、俺の自宅の周りに拘束しておいたドミニクの部下たちのこともである。
そして、俺はリアとガウ、グルルとその背に乗るメニルの姉と一緒に歩いて行く。
途中、壊した部分を修復しながら帰宅していく。
もっとも厄介だったのは、王都に入る前に破壊した王都の壁の修復だった。
【読者の皆様へ 作者からのお願い!】
1巻は発売中! 2巻は3月に発売になります!
よろしくおねがいいたします!
ついでに、ブックマーク、並びに、
ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂けると嬉しいです!





