50 第一王子
「ん。わかってる。殺さない。殺すつもりなら治療しない」
「ありがとうございます」
「話せる範囲でいい。事情を聞かせてくれ」
「はい。私は姉に育てられました。ですが、五歳の時人族にさらわれ奴隷にされたのです」
その後、法律が変わり奴隷解放令が出された。
結果、家と職をなくし、野垂れ死にかけたところを尚書に拾われたのだと、メニルは語る。
本当に聞きたかったのは生い立ちでは無い。
メニルが知っているかぎりで、姉がどこで働いていて、何をしていたのかだ。
だが、五歳の時に別れたのならば、メニルも知るまい。
「なるほどなぁ。メニル。苦労したな」
きっと、つい最近まで、人族は魔族にひどいことをしてきたのだ。
そして、ドミニクのように今でもひどいことをしようとする者はいる。
「メニル。しばらく経ったら、もう一度投与するといい」
俺は体力回復ポーションとマナポーションを手渡した。
そして、メニルの姉に魔法の鞄から取り出した毛布をかけた。
「ありがとうございます……」
メニルは姉を優しく抱きしめる。
そして、ずっとメニルと行動を共にしていた、ガウは俺の手をペロペロなめた。
「メニル。王と尚書はどうなった?」
「尚書は回復なされました。今はギルバートご夫妻と一緒に陛下の治療に向かっております」
「そうか、それは良かった」
尚書は若くて健康だから回復も早いのだろう。
ギルバートとエイナの夫妻も無事に追いついたようだ。
一流の冒険者夫婦というのは伊達では無いらしい。
「私はルードヴィヒさまが来られたことに気付かれた尚書から、陛下の元まで道案内するように命じられてきました」
「それは助かるが……」
そして、俺は後方で戦っているカタリナとグルルに声をかける。
「そっちはどうだ?」
「敵は倒しました!」「ぐる~」
「そうか、警戒しつつこっちに来てくれ」
「はい!」「ぐるる」
「メニル。王の居室までグルルは入れるか?」
「少し、厳しいかと。大きさ的に」
「やはりそうか」
「ぐる~……」
グルルがしょんぼりする。
「そうだな。カタリナ、グルル。メニルとメニルの姉を守ってやってくれ」
「ぐるぅ!」
「グルル。頼りにしているぞ。メニルの姉は重傷だからな動かさない方が良いんだ」
「ぐる!」「…………」
グルルは張り切っているが、カタリナは不安そうにこちらを見る。
「どうした? カタリナ」
「この方は……あの大きな男と同じ方なのですよね?」
「そうだな。魔道具、いや魔法を使って姿を変えていたようだ。魔法の仕組みは調べないとわからん」
人族の魔法より高度な水準だ。千年前にも無かった技術である。
俺でも、即座に構造や仕組みを理解するのは難しいのだ。
「肉体の質量より魔法で変化した姿の質量が重かったということは、錬金術を使って物体を操っているのか? いや、違うな……」
「あの、ルードさま」
魔法について思いを馳せかけた俺の意識をカタリナが引き戻す。
「ん?」
「大丈夫なのでしょうか?」
カタリナから見れば、メニルの姉はグルルの突進を受け止めるほど強い第一王子の部下なのだ。
拘束もせずに治療して大丈夫なのかと心配になるのは当然だ。
「ああ、大丈夫だろう」
「ルードさまがそうおっしゃるなら、安心です」
そういってカタリナは微笑んだ。
「あ、それとメニル」
「はい」
「姉が起きたら、リアについて話があると伝えてくれ」
「? はい。リアについてですか?」
「そうだ。危害を加えないから、逃げるなとも」
「わかりました」
腑に落ちていない様子で、メニルは頷いた。
「さて、カタリナ、グルル、ここは任せた」
「はい!」「ぐる!」
「ガウ、王のところに案内してくれ」
「がぁう!」
そして、走り出そうとしたとき、大きな声が後方から届いた。
「よくやった、ルードヴィヒとやら!」
三十半ばぐらいに見える太った男だ。
周囲を魔導騎士十人で固め、前面に近衛騎士二十人を並べてのしのしと歩いてくる。
近衛騎士たちは、全員が悲壮な表情を浮かべている。
「そなたに与える褒美を準備しておったのだが、新たにまた大きな手柄を立てたようだな!」
「兄上……」
カタリナがぼそっと呟く。
「いやあ、王宮に忍び込んだ化け物を退治するとは! さすがは先の会戦の勲功第一位である! 父に代わってこの摂政グレゴールが褒めてつかわす」
どうやら、第一王子らしかった。
「…………」
第一王子ならば、言葉を交わすつもりも価値もない。
「ガウ。あれを拾ってくれ」
「がぁう」
ガウはタタタと走って、近くに転がるドミニク付きの槍を拾って持ってくる。
「ん、ありがとう。ガウ」
「がう!」
ガウを撫でてから、俺は槍を立てる。
「おい、グレゴール」
「き、貴様! 摂政殿下に対して、何という無礼!」
「よいよい。下民が礼儀を知らぬのは当然のこと。それにいちいち目くじらを立てていては王者はつとまるまい」
「なんという、寛容さ! 陛下、いえ、失礼、殿下の広き心に、この臣いたく感動いたしましたぞ」
グレゴールに魔導騎士たちが、ごまをすっている。
いや、魔導騎士の中に一人だけ魔導師がいる。それもとびきり豪華な服を着た魔導師だ。
ともかく、グレゴールと、魔導師たちを相手にするだけ無駄だ。
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