第九十九走 ガバ勢と目覚めの風景
「やった! ルタ生一位に勝ったぞ! 俺はやったんだあああああああああ!」
舞い散る幾千の紙吹雪の中、ルーキは街の大通りを万雷の拍手を受けながら練り歩き、一軒の店にたどり着く。
〈アリスが作ったブラウニー亭〉は、先輩走者と一般客が詰めかけて立錐の余地もないほど混み合っていた。
「よくやったぞ新入り! 俺も鼻が高いぜえ!」
「いいぞルーキ! 俺も見守ってた甲斐があるってもんだ!」
「ルーキすごいのらー!」
レイ親父以下、サグルマ、タムラー、他にも様々な人たちから称賛の声をかけられ、ルーキは照れ笑いを浮かべながら、混雑した店内に作られたモーゼ・ロードを通って店内を一望できる端のテーブルにつく。
聴衆の準備を問いかけるように視線を巡らせ、ごほんと咳払いを一つ前置きしてから、彼は口を開いた。
「それでは完走した感想ですが……と、その前に、皆様のためにぃ~――」
ゴゴゴゴ……。
「ん?」
突然店内が揺れ始め、客たちも周囲を見回し始める。
「あれっ? 地震かミ?」
「外に出るわほー」
ルーキは彼らと共に外に出た。
道行く人々も地震に戸惑い、どこに逃げたらいいのかもわからずに右往左往している。
「な゛あ゛に゛や゛あ゛っ゛っ゛て゛る゛ん゛で゛す゛か゛ね゛え゛……」
「へっ!?」
空から鍋蓋のようにのしかかってきた声にルーキは天を仰ぎ、そして文字通り仰天した。
そこにいたのは、でかいサクラだった。
身長いくらとか、そんなレベルではない。山を鷲掴みにできるくらいでかい。すぐ隣にいる時に見えているサイズのまま、山のむこうに回ったのかと思うほどだ。距離感が完全に狂う。
「バグメモかミ?」
「はまだ 死にたくないのだ わかっているのか!」
「はあ……」
支離滅裂な言葉を交わす人々に目を向ける余裕もなく、ルーキはサクラの隣に巨大な委員長がいることも視認する。
「と゛ん゛な゛夢゛を゛見゛て゛い゛る゛の゛か゛と゛思゛え゛ば……ハ゛ッ゛ヒ゛ー゛て゛す゛か゛?」
委員長が山の向こうから手を伸ばしてきた。
それを見た人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。ルーキも必死に逃げ回る。
「な、なんだよこれ!? 何なんだよおおおおおおおおおお!?」
誰かが言った。
「獣王記やりまーす」
ババババババ…………ブー!!
※
「ニンジャヒップドロップ!」
「教訓を与える」
「うぎゃあああああああ!」
不意の衝撃を受けてルーキは手足をばたつかせながら目覚めた。
「は、はれ……?」
腹の上にはサクラがベンチに座るみたいな体勢で乗っており、何か痛いと思ったら委員長に頬を引っ張られていた。
「おはようございますルーキ君。いい夢見れましたか?」
「い、委員長……? サイズが……って、ゆ、夢!?」
「なあにやってるんすかねえ。あれほど気をつけろって言っておいたのに、これだからガバ兄さんは……。何がルタ生一位っすか。もっとロマンスのある夢とか頭に詰め込めないんすかねえ?」
腹の上のサクラが、明後日の方向を向いたまま、どこか拗ねた様子で言ってくる。
「な、なぜ知っている!?」
「寝言で全部言ってましたよ。どうもこの夢は、体の方はかなり起きている状態に近いようですね。まったくあなたという人は……。完走した感想の冒頭が皆様のためにいーとか、わたしじゃなきゃ許しませんよ?」
委員長が冷静に説明するのを聞きながら、ルーキは体温が乱高下するのを感じた。
「ま、待ってくれ! お、俺、夢はちゃんと突破したよ! 何やかんやあって突破して、それで何やかんやでちゃんとRTAをゴールできたんだよ! だから……」
「何やかんやって、何ですか?」
「えーとそれは……あれ……? な、何だっけ?」
ルーキは懸命に思い出そうとしたが、ダメだった。
「これはあれですね。何やかんやあったと思い込まされてたんですね」
「んなっ!? あまりにもえげつなさすぎるでしょう!?」
記憶を改ざんされた上に、夢中夢まで用意する周到振り。自分的には苦労して手に入れた結果が一瞬で霧散したのと、完膚なきまでに罠にハメられた敗北感で、ルーキは寝転がったまま頭を抱えるしかなかった。
「クソッ、俺、ちゃんと夢の中でショートソードとソーラの武器を交換して、準備万端でゴールしたってのに……! それも含めて罠かよォ!」
「ソーラの武器?」
委員長が小首を傾げる。
ルーキは腰の位置にあるショートソードに触れながら、
「ほら、委員長、神殿に入る前に、チャートの通りにやるようにって俺に言ってただろ? 夢の中でショートソードとソーラの武器の位置を入れ替えろって。そうすれば、ショートソードにソーラの武器の威力が宿るって話」
「あっ…………」
ぽかんとする彼女の顔は珍しい。
「それ、ちゃんと実行して成功したんだよ。だから、うまくいったとばかり……」
ルーキはうめきながら、腰のショートソードを引き抜いた。
剣より短くナイフより長い刃は、青白い光を鈍く明滅させていた。
「あ、一応できてる……? これ、できてるんだよな?」
「…………」
「委員長?」
「あっ、ああっ、はい。できてます、できてます」
委員長の返答を聞いて、ルーキは大きくため息をついた。
どうにか、最低限のチャートだけは守れたらしい。
「ところで、何でソーラの武器の威力が、他の武器に宿るんだ?」
「そ、それはですね。この妖魔の結界は、生き物だけでなく物質にも夢を見せるからだといわれています」
「物質にも?」
「ええ。つまり夢の中で持ち替えられたアイテムは、目覚めた時に同じ位置にあったアイテムを自分だと勘違いしてしまうわけです。ただ、一時的なものですし、完全に性質が移るわけでもありません。ソーラの武器は、メリットだけが転写される珍しい例の一つなんです」
「へえっ。不思議なこともあるもんだなあ……」
「そっ、そうですね。不思議ですねっ」
これまた珍しく何かをごまかすように声を強めると、リズは、ルーキの上に座ったままのサクラと二人で何かをひそひそと言い合いだした。
「サクラさん……そっちのルーキ君は……ました?」
「ない……」
「それってつまり…………」
「我々が……浮かれ切って…………」
「ソーラ……武器……失念して……」
「おーい、何言ってんだ二人とも? 何かあったのか?」
ルーキが呼びかけると、ビクッとなった二人は見事なバックステッポで距離を置き、揃って取り繕うような笑みを浮かべた。
「な、何でもないでしゅよ?」
「いやー、兄さんの言う通り、冷徹かつ的確な罠だったっす! これは騙されても仕方ないっすねえ!」
どうやらこっちのガバをフォローしてくれているらしい。嬉しいやら情けないやらで、まだ少し言い訳がましい意識が残っていたルーキは、潔く自分のダメっぷりを自認した。
「いや……やっぱ、あんな上手くいきすぎるのは変だったよ。自分のことを過大評価しすぎてた……。もっと冷静に自分を見ないとダメだよな。何ができて、何ができないのか。それを見極められずに楽しい夢に浸るなんて、心底マヌケだったよ。すまない……」
「ぐ、ぐぐっ……。い、いいんですよ! 気にしないで! 誰にでも隙はありますから!」
「サ、サクラたち、まわりを警戒してるんで、サマヨエルたちを起こしてあげてほしいっす!」
両手をわさわさ振ると、二人は逃げるようにして散開していった。
「抜け目ないあの二人のことだから、あっさり罠を見抜いて突破できたんだろうな。くそー……羨ましい! 俺だって、やれるようになってやるんだ……いくぞ未熟者!」
夢の中で緩み切っていた自分の頬をパンと強く叩き、ルーキは立ち上がった。近くでまだ眠っている仲間に歩み寄る。
繭のように丸まって可愛らしく寝ているのはサマヨエルだ。
きっと〈ランペイジ〉がない時は、サファイアスのそばでこうして寝ているんだろうと思いながら、ルーキは彼女の横にしゃがみこんだ。
「うーん、むにゃむにゃ。ダメだよルーキ……今のわたしはロコ役だから……そういうのは女の子の時に……もう、一度だけだよ……しょうがにゃいにゃあ……」
「何の話をしてるんだ? おーい、サマヨエル。起きろー」
「ピャアゥ!?」
軽く肩を揺すってやると、サマヨエルは跳び起きた。
「ル、ルーキ……」
白黒する彼女の少し潤んだ目が、身を守るように自身の体を抱きしめながらルーキをじいっと見つめる。
「? どうした?」
「受け容れたわたしも悪いけど、そういうのよくないと思うの」
「何が!?」
突然のディスに面食らいつつも、寝ぼけているらしいと気づいて、ひとまず次の仲間に向かう。
大の字で何の遠慮もなく爆睡しているカーク。
「やったぜ。……投稿者、最強神勇者。投稿時間七時十四分……」
「すいませんそれ夢なんですよ」
「何で起こすんだよバカ野郎! せめてエンディングまで待てないのかよチクショウ!」
「うるせえ俺だってエンディングまでたどり着けなかったよ! だがこれが俺たちの現実だ! さあ起きろ!」
カークは小市民の涙を流し、ルーキも心に痛恨のダメージを負った。
そして――。
「じゃ……行くか……」
『おー……』
全員が無事、RTAに復帰できたというのに、みなそれぞれに思うことが多すぎるらしく、再出発だというのにテンションはクッソ激烈に低かった。
(こ、こういう時はリーダーの俺が何とかしないと……)
ルーキは肩に乗った謎の重みを追い払うと、振り返って仲間たちを鼓舞した。
「な、なあみんな。俺たちはまだまだ発展途上なんだ。夢で何見たのかは聞かないけど、失敗をバネにしていこうぜ! 夢の中での失敗なんて、タダで経験値稼げたようなもんじゃないか! 何かいい夢見たんなら、それを具体的な目標にして頑張ればいいんだよ!」
「そ、そうですよね(便乗)」
「そうっす。誰も悪くないっす!(便乗)」
「う、うん! そうだよ!(便乗)」
「よっしゃ。切り替えていこうや!(便乗)」
こうして士気を回復させたルーキ一行は、改めてソーラ神殿へと進攻する。
「いやはやしかし……。こいつはマジにすごいな……」
神殿の大きな入り口から真っ直ぐ延びる通路だけでも、圧巻の光景。燭台がかけられた柱はいずれも中に人が住めるくらい巨大で、かつ、細かな装飾が施されている。それがずらりと二列、しかも一ミリもずれていないような美しい並び方をしていた。
床は魔法陣らしき幾何学模様で埋め尽くされ、暗くてよく見えないが、高い天井のタイル一枚一枚にも、何らかの文様が刻み込まれていた。
通路を彩るように――あるいは侵入した不届き者を見張るみたいに配置された石像にも、命が宿りそうな迫真の造形美が与えられている。
人間がこれらを真っ当に作ろうとしたら、千年あっても足りない。
これが、妖魔たちが破壊精霊に懸ける信仰心なのか。
「にしても、静かだな……」
百人が横一列に並んでも余裕そうな大通路の端をおっかなびっくり歩きつつ、ルーキはつぶやいた。
死角を作らないような位置取りをしているが、敵の姿はおろか気配すらない。
「元々、ここはそんなにモンスターがいる場所じゃないから」
サマヨエルの返事を聞いて、ルーキはふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、ロングダリーナからはモンスターの歩き狩りが奨励されてないんだよな。いいのか? ここが敵の本拠地なんだろ?」
〈ランペイジ〉の目的は、走者が往来することにって人の通り道からモンスターを排除することだ。しかし、モンスターの大発生源であるこの地でのそうした活動は推奨されていない。
「うん、本拠地。つまりモンスターたちの本来の住まいなの。だから、ここでは人間たちの方が部外者。ここで戦えば、彼らの住処を荒らすことになる」
「あっ、そっかあ……」
精霊サファイアスは、アレンガルドの守り神であって、人間の守り神ではない。モンスターの住まいを一方的に侵すようなことはしないのだ。
「じゃあ、ここに来た意味は?」
走者のチャートはあくまでドライな計画表。次に何をするのかは記されているが、それが何を意味するかまでは補足していないことが多い。所詮、その土地のストーリーだ。走者には関係ない。
「ここにはね。わたしが来ることに意味があるんだよ」
サマヨエルは両手を握り合わせながら、少し得意げに語った。
「ここは妖魔たちの祈りの力が充満してる。それが、本来無色透明であるはずの破壊精霊に邪悪な意志を宿らせてしまうの。でも、サファイアス様と繋がってるわたしたちが近づくことで、その邪悪な意志を吹き散らすことができるんだよ」
「つまり、ここに来るだけで浄化できるってことか。はえー、すっごい便利」
「でしょ?」
「ただ、ここからはむこうも必死ですよ」
リズの怜悧な声が、ルーキたちの会話を静かに冷やした。
「悪霊神官は当然として、ソーラの影響を強く受けた特級のモンスターたちが祈りの妨害を阻止しに来ますから。ここからが本当の〈ロングダリーナ〉の始まりと言っていいでしょう」
「また始まるのかよ……」
ルーキは思わずぼやいたが、こちらの対応策は、あの洞窟を抜けた時点で上限に達している。
想定外を想定しろなどという言葉遊びは意味をなさず、できることはただチャートの方針を守ることだけ。そう割り切って惑わないことしかなかった。
もう甘いだけの夢は期待しない。
ゴールへは、この泥だらけの足でたどり着く。
風邪ひいたときにみる支離滅裂な夢。




