第八十走 ガバ勢と裏切りのファフニール
「来い!」
深紅の騎士の気合に応じ、光が走った。
白い大鎌が虚空を撫で斬る。一撃や二撃どころではない。目で追いかけるのもやっとの連撃。
「なかなかやりおる!」
それを受けるボーンナイトの技量も尋常ではなかった。研ぎ澄まされた一撃を片っ端から弾いていく。
しかし、リズが放つ鎌の剣閃は決して怯むことなく、いつしか一本の糸のように繋がって、繭のように周囲を取り巻きながら標的を襲い続ける。
「うおおおお!? こっ、この異様な手応え……! 老骨に鳴り響くような衝撃は!?」
さすがのボーンナイトも驚愕に声を震わせる。体格差でも膂力でも騎士側の優勢は圧倒的だろうに、彼の鉄の靴底は地面を削りながら徐々に後ずさっていっていた。
速度と技量。それを嵐のようにぶつけることによって、彼女はアンデッドの怪力を上回ろうとしている。
委員長、こんなに強かったか? ルーキは彼女の力量に愕然とした。
「小娘、何をッ! 一体どんな恐るべきものを、その武器の形に削り落とした!?」
「ちィ……! さすがに硬いですね。これ以上長引くようなら、ただのガバです……!」
委員長がそうつぶやいた時、
「な、何やってんだよリズ! 何でもいいからさっさとそいつをやっちまえよノロマ!」
カークの余計な野次が飛んだ。そしてルーキははっきりと見た。
激しい攻撃の中で、リズがニタリと笑うのを。
「くうっ、このままでは守り切れぬ! 捨て身で打って出るわ!」
砂ぼこりを巻き上げるほどの圧力を伴って、ボーンナイトが一気に攻勢に出た。捨て身と言いつつも、その突進を正面から止めるのは困難に思えるほどの迫力。
リズはそれに逆らわず、受け身の体勢を取りながら後退した。
「えっ!? バカ、何してんだ、こっち来るなよ!」
その先にはカークがいた。
「むううん!」
ボーンナイトが大上段から力任せの一撃を振り下ろす。
地面を両断する剣をひらりとかわしたリズは、舞うようなステップで距離を取った。
彼女の小さな影は、くるくると回転しながらカークの後ろに回り込むと、ごく自然に、何でもないことのように、当たり前のように、
彼の背中を蹴り押した。
「へっ……?」
それはルーキの言葉だったか、それともカークの声だったか。
「それで横槍のつもりとは、未熟な!」
武器もろくに構えずよろよろと進み出たカークに対し、何を勘違いしたのか、骸骨騎士は叱責と共に地面から噴き出すような上向きの斬撃を撃ち放った。
渾身も渾身。ほぼ無防備なカークにそれをどうにかするようなすべがあるはずもなく、たった半歩、体を下げられたのが唯一の防御だった。
壮絶な斬り上げをもろに食らい、彼は悲鳴を発する間すらなく、大きくのけぞって倒れた。
今度こそ直撃。完全に斬られた!
そして。
「!?」
剣を斬り上げた姿勢でがら空きになった胴に一瞬で肉薄する影が一つ。
分厚い装甲に小さな手を這わせ、彼女は低くつぶやいた。
「――ギガレイン」
トゥマンボ!
横駆けの雷鳴に胴を撃ち抜かれ、騎士がよろめくように後ずさった直後、ルーキはサクラからの「兄さん!」という鋭い呼びかけに、反射的に呼応していた。
「くっ……!」
体を縮こまらせて震えていたサマヨエルを加減しつつ引き剥がすと、グラップルクローをボーンナイトの奥の瓦礫へと射出。キャッチと同時にワイヤーの緊急巻き取りボタンを押して跳躍し、敵目がけてぶっ飛んでいく。
周囲を高速で流れていくぼやけた風景の中、すぐ隣に鮮明なサクラの像が並んだ。二人はまったく同じスピードで標的へと接近し、運動エネルギーをすべて乗せた一撃で相手の足を同時に切り払う。
衝撃でどすんと膝から落ちた深紅の騎士の直上から、リズがダメ押しに放った雷光が突き刺さった。
超高熱に深紅の鎧の頭部から肩にかけてを煮立たせながら、ボーンナイトは呆然とうめいた。
「仲間を囮に、だと……。あ、悪魔か、貴様……」
「悪魔? いいえ。我々は走者です。そんな悪い人たちと同じにされるのは心外ですね」
リズが肩に鎌を乗せたまま、冷たく騎士を見下ろした。
「度し難い……。そうして得た勝利など、何の価値があるのだ……。戦いとはもっと、己の信念と誇りをかけた神聖かつ厳かなもの。卑怯な手段で手に入れた勝利など、何の価値もない……」
「勝利に価値など、最初からありませんよ。ただチャートの障害がなくなったというだけです」
「け、結果しか求めぬというのか。過程に美学も、美徳もなく……。それでは戦士たちの魂はどこに行けばいいのだ。どこで眠ればいいのだ……。さ、寒い……時代だ……」
炭化した骨格に大きなヒビが入り、鎧の重さに潰されるように砕けたのは、そのつぶやきの直後だった。いかに一度は死を乗り越えたとはいえ、粉々になってはもう復活できないだろう。
「カ、カーク……?」
ルーキは顔を青ざめさせながら、仰向けに倒れているカークに近づく。
ちらりと、委員長を見る。
冷や汗が止まらなかった。
ルーキは見た。彼女が、確実に押した。事故だとか、咄嗟にとかじゃなく、流れるような動きで鮮やかに蹴り飛ばした。
(なんで……!?)
リズは〈ファフニール〉のレギュレーショナーだ。仲間の犠牲は認められない。いや、仮にその縛りがなかったとしても、人の命をゴミのように使い捨てるなんてことは……ガチ勢だとしても、やらない……やらないんじゃないかな…………あれ、やるかも……?
行き着いた不安な結論に頭の中を白く凍結させていると、カークの隣にしゃがみ込んでいたサマヨエルが「ル、ルーキ!」と叫ぶように呼んできた。
「カーク、生きてるよ!」
「えっ!?」
我に返った。
あの剛剣をもろに食らったのだ。逆袈裟に真っ二つにされてもおかしくない。ぎりぎりのところで致命傷を回避していたのか? なら薬草漬けにすれば、まだ間に合うかも……!
そう思ってサマヨエルの隣に駆け寄ったルーキは、その奇妙な光景に言葉を失うことになる。
真っ青な顔になって泡を吹いているカークには、命の別状どころか、傷らしい傷すらなかったのだ。
「な、何だ……? 何が起こったんだ、これ……?」
ルーキは答えを求めて視線を巡らせる。一番答えを知っていそうな委員長はすでに広場の端の魔法障壁を調べていて、こちらを見向きもしていない。
ふと、所在なげに棒立ちになっているサクラと目が合った。
ルーキが助けを乞うように見つめると、彼女は顔をしかめ、大きなため息をついてこちらに歩いてきた。
「まあ、あんなに露骨にやっちゃったら、ごまかしきれないすね……。いいんちょさんも、敵が意外に手強くて焦ったようで……」
「サクラ、何か知ってるのか……?」
「ああ、ガバ兄さん。そのカークって人、あんまりさわらない方がいいっすよ。今その人、HP1なんで」
聞き慣れない単語に、ルーキは眉をひそめるしかなかった。
カークがボロ雑巾のように使い捨てられましたが生きているので何の問題もありません。




