第六百二十九走 ガバ勢とルタ動乱-黒獣-
ギルコーリオ王子がぶち上げた構想は、辺境にとって素直に良いものだとルーキは感じた。
テイオウのように王都から威圧的に指図されることもなく、これまで限られた範囲で巡っていた辺境の物資をもっと広大な規模で管理し、必要な時に必要な所へと投入しようという試みだ。常にどこかでRTAをやっている辺境にとってこれほど有り難い仕組みもない。諸手を上げて賛成できる内容だ。
それにしても壇上でのギルコーリオの演説は見事だった。
内容もそうだが、クッソ激烈に偉そうな人たちを前に一歩も退かず、理路整然と自分の意見を述べていた。その姿は王族うんぬんをおいておいて、一端の男に見えた。
(クソッ、俺もあんなすごい場所で、あんなふうに堂々と完走した感想ができたらなぁ……!)
そんな羨ましささえ感じていた、その時。
「お、おい。ルーキ。おい!」
ルーキがはっとなると、すぐ近くに、壇上から周囲の目線をそのまま引き連れてきたギルコーリオ本人が立っていた。
「何をぼーっとしている。ふん、どうだった。なかなかの活躍だっただろう僕は」
チラッチラッと何か言ってほしそうな目線。
「ああ。すげーな。あんなすげー話を大勢の前ではっきり言えてよ。オーラみたいなもんを感じたぜ」
「! そ、そうだろうそうだろう! ここまで来るのにどれほどの苦労があったか。自叙伝の上巻がそれだけで埋まるレベルだぞ。……それで、どうなんだ。僕の構想は、おまえから見て」
得意げなようでいて、眉の端にわずかな不安を垣間見せる王子。ルーキはすぐさまビッと親指を立ててやった。
「細かい仕組みはよくわかんねーけど、すげーいいと思うぜ! 俺らはこれまで通りRTAをして、その上で、ピンチの開拓地は王都と他の開拓地がみんなでバックアップしてくれるって話だろ」
「そっそうか良かっ……! あ、いや……オホン。フン、どうやらちゃんと話は通じているようだな。良い政策というのはおまえのような浅学な者にもわかるように作るものなのだ。うむ」
一瞬見せた喜色満面の顔をすぐさま引っ込め、ギルコーリオ王子は気取った姿勢を取ってみせる。ルーキは笑いながら、
「でも驚いた。王子様がここまで辺境のことを考えてくれてるなんてな。開拓地同士で協力しあうっていうのも、そうなったらいいなってずっと思ってた」
「フン、それはそうだ。おまえを――いやおまえたち走者を観察して行き着いた結論だからな。影響を受けていて当たり前だ。まあ僕も、少し前なら自分がこんなまともなことを言い出すとは夢にも思わなかったがな」
ギルコーリオはかすかに苦笑いを浮かべ、部屋の出口の方へと目をやった。
テイオウが退出していった扉だ。
ギルコーリオが彼に大勝負を仕掛けたのはルーキにもわかっていた。
王族の、そして政治の話だ。小難しいことはわからない。けれど、あの結果を引き出すために、今この場でないところで途方もないバックグラウンドを築いていたことは想像に難くなかった。
真摯な眼差しがこちら見た。
「ここまで来れたのは、おまえのおかげだな」
「おっそうだな」
「何もわかってないのに脊髄反射でうなずくのをやめろ。僕はマジメな話をしてるんだ。一応これでも感謝はしている。僕だけでなく、他の多くの者たちもだが」
ギルコーリオはふと、思い返すように視線をどこかへ投じた。
「僕を助けてくれた者たちも、おまえから影響を受けていた」
「そんな大したもんじゃねえと思うけどな……」
ルーキは頭をかく。
「ハハッ、だからだ。思うに、おまえが最初から何でもこなせてしまうスーパールーキーだったら、彼らの多くは何も感じなかっただろう。自分との線を引いてしまってな。だがおまえは何も持っていなかった。出自は平凡、訓練学校の成績もギリギリ及第点……」
「何で学校の成績まで知ってるんですかね……」
「そんなおまえがRTAを懸命に走り続けた。失敗だらけで、不運にも見舞われて、それでも走るのをやめなかった。おまえは一つだけ持っていた。諦めない心だ。ああ、言うな、わかってる。それは何も持たずにルタに来たおまえが、絶対に手放せない自分自身として心に秘めていたものなのだろう。だが、ひたむきな姿というのは、それだけで人の心を動かすものだ。自分もああなれたら、自分もかつてああだった……。おまえは常にチャレンジャーで、傷だらけのルーキーだった。その姿に多くの者が勇気をもらったんだ」
「そ、そこまで持ち上げられると、なんか照れるな……」
「言ってろ。僕だって面と向かって言うのはそれなりに恥ずかしい」
ギルコーリオは苦笑いし、腕組みをして視線をそらした。
どうやらたくさんのことが……この夜のうちに起きていたようだ。
自分がニーナナとサンを探している間に、たくさんの人が出会い、たくさんの人が動いた。そうして、この結果が生まれた。
いや、今夜だけの話じゃない。
これまでのRTAも含めて。たくさんの人と出会った。たくさんの出来事に立ち会った。
感化されたというのなら、それは自分もだ。
もらったものの一つ一つに名前をつけるのは難しいが、一つとして無駄なものはなく、足りなくてよいものもなかった。それらがすべて寄り集まって、今ここに結実している。そんな気がする。
だがそれは決して幸運ではない。運ではない。
レイ一門は運を信じない。これはチャートだ。これまでの道程。
それが届いた。届かせてくれた。今に。
今夜を形作った見えない多くのものにルーキが思いを馳せていると、不意に、いまだがやがやと騒がしい議会室で一際大きな土間声が響いた。
「これは陰謀だ! このような形で公爵が退くようなことがあってはならない!」
「そうだ! これが王都の力を削ぐ辺境の策略でないと誰が否定できる!」
一部の議員たちが騒いでいるようだ。
「何の騒ぎだ、ありゃ?」
「公爵派の議員たちだ。叔父という拠り所を失って駄々をこね始めたな」
ギルコーリオは舌打ちした。確かに、複数人が掴み合いになりそうな険悪な状態になっている。
「本人たちの悪あがきもあろうが、確かにこの結末は劇的すぎたかもしれん。こちらにとっては不自然なほどの幸運、叔父にとって絶望的なクズ運。アルグラインズ公爵はおまえたちで言うところの安定チャートの信奉者で、確定要素以外はほとんど頼らないスタイルだ。今夜のことに納得いかない声が挙がるのもわかる。まあ、レイ一門の頭領がいれば、そうした不都合も起こりえるだろうが」
「そ、そうだよ……」
「なんだその震え声は」
と。ここで騒ぐ議員たちに飄々と向かっていった小柄な人物の姿。
ルーキはその背中をよく知っていた。
「おやおや、この期に及んでまだゴネるヤツがいるとはね。ギルの坊やは人類が繁栄する道の一つを示したんだ。公爵一人の進退なんて些細なことだろう」
「ウルスラブレイズ!」
公爵派と呼ばれた議員たちが、一斉に険しい視線を高性能ばあちゃんに向ける。
「ここは王都の未来を決める厳粛な場。決死英雄だか何だか知らぬが、一つの戦でたまたま手柄を立てただけの尼僧が軽々に口を挟むな!」
「公爵こそが王都――いや、人類の要なのだ。あの人なしに繁栄などあり得ない」
「走者などという胡乱な連中と関わりおって。なぜそこまで辺境なんぞの肩を持つ? どうせ甘い汁でもすすっているのだろう」
浴びせられた悪辣な言葉の数々に、ウルスラは目をすがめた。
「あーん? 何だか様子がおかしいねえ、アルバート?」
彼女が放ったそのセリフに、議場がざわつく。
アルバートという名前が誰のものだったか。ルーキは咄嗟には思いつかず、しかし人々の目線ですぐに答えは明らかになった。
議会室の一番奥、特別に設えた高い席にただ一人座る――現国王だ。
「どういうことだい。こいつらはまるで“何も知らない”みたいな態度だ。決死英雄のことも、〈バレンシア41〉とその顛末のことも」
「ウルスラブレイズ。それはだな……」
なじるようなウルスラの言葉に、国王は咎めるどころか恐縮するように言葉を濁すだけだった。まるで大きな嘘がバレた子供のように。彼女が鼻で笑った。
「あんたは知ってるようだね。誰のところで話が止まったのか、まあ大方予想はつくが、それにしたって決死英雄を相手に居丈高に振る舞うなんて、まっとうな神経の政治家ならあり得ないことだ。いいだろう。知らんのならわたしが直々に授業してやろうさ。当時何があったのか。王都の醜態を含めてね」
攻撃的に宣言したウルスラが、打って変わった笑顔でこちらに近づいてくる。
「ルーキ。ニーナナ。あんたたちはうちに帰る時間だよ」
「ええっ。なんかすげー話が聞けるんじゃないのかよ、ばあちゃん」
「ここから先は居残り勉強さ。あんたたちは今日、すべてを成し遂げた。百点満点だ。もう何もすることなんてない」
「ルーキ。帰ろ 廿_廿」
「おっ、おう」
ニーナナに言われては聞き入れるしかなかった。もともと彼女を連れ戻すためのRTA。ここでの立ち聞きは、専門用語で言えば「ムゥビィスキップ忘れ」級のガバと言えるかもしれない。
「ギルの坊やは課外授業だ。聞いていきな。王の血と責務を引き継ぐ者としてね」
「承知した」
そんなやり取りを背中に聞きつつ、ルーキは追い出されるように議会室を後にした。
※
「さてと、だ」
ウルスラブレイズは、背負うべきでない者たち――もう十分に背負っている者たち――を追い出した後で、改めて議場を見回した。
憤懣と敵意を向けてくる公爵派、戸惑いを隠せないその他の者たち、そして気まずそうに黙り込む国王。
これから語るべきは、王都とそして人類の負の歴史だ。
「まず、あたしがこれまで議会をのぞき見にも来なかったのは、歴代の王たちを信用していたからだ。餅は餅屋。必要なことはやってくれているだろうと信託してね。まあ、そいつは期待外れだったと、そういうことになるんだろうね」
「違うのだウルスラ。この事実を受け入れるには時間が要ると、先代も、先々代も考えたのだ」
「で、とうとう今日になっちまったわけだ。言い訳としては3点だねアルバート」
現王からの弁明という重大な言葉を、まるで小学校教師の口調で切って捨てるウルスラ。さっきまでの騒々しさはなりを潜め、不穏な静寂が室内を覆っていく。
レイとウェイブはいつの間にか姿を消していた。
ルーキたちと一緒に出て行ったのだろう。確かにここからはつまらない話になるし、知っていても知らなくても、彼らのすることに違いはない。彼らはすでに、すべきことすべてを遂行してくれている。
この場の全員の顔を見回してから、ウルスラは話し始めた。歴史に隠された人類の暗闇を。
※
当時の状況から話そうか。〈獣の時代〉。その名が示す通り、世界は〈黎明の黒い獣〉と呼ばれる魔獣が闊歩する暗黒の時代だった。
ヤツらの正体は今をもってしても不明。神代の名残、古き神々の成れの果て、あるいはそれらの敵だった存在、推論だけなら何でも当てはまる。
ヤツらは動物なら何でも食ったが、特に人間を好んで捕食する習性があった。さらに群れで行動し、滅法強かった。これによって人類の住処はほぼ王都のみに限定されていたほどだ。
唯一の救いは、ヤツらの群れが比較的一か所に定住するものであったこと。このおかげで、王都周辺はぎりぎりで平和を保っていた。
が、それにも終わりが来た。
複数の群れが王都に近づいてきたんだ。
いくつかの砦が瞬く間に落とされ、そしてバレンシア41という砦が最後の拠点となった。
名うての戦士たちがこぞってここに集結した。これが世に言う〈バレンシア41〉もしくは〈バレンシア41の戦い〉だ。
熾烈を極める戦いだった。黒い獣は何百と斃され、戦士たちも腕が飛ぼうが足が飛ぼうが一歩も退かなかった。当然だ。負ければ獣たちは王都になだれ込む。そうなったら文字通り人類は滅亡。
しかし、この全人類が一致団結して戦わなければいけない時に、王都は――為政者たちは果たして何をしていたか。
パーティだよ。夜な夜な我を忘れたような盛大な宴を開いていた。
なぜ?
ヒステリーだ。集団ヒステリー。無残な絶滅を前に、現実から目をそらそうとした。
それは、まあいい。
正直、全軍を寄越されたところで半日ともたずにひき肉の山になるだけだ。
だが、食料や支援物資まで出し惜しんだところは、もはや何の言い訳も効かない。
話によれば、宴で使う食材が減るからとかいう主張がまかり通ったとのことだが、戦士の救援より毎夜余っては捨てるためだけのものを優先したとなれば、もはや当時の王宮には理性の欠片も残っていなかったと言う他ない。
あたしらは敵の脅威だけでなく、味方がもたらす飢えや渇きとも戦わなければならなかった。人類の存亡を賭けた戦いだというのに。
ここいらの話を、誰か親や祖父母から聞いた者がいるかい?
……いないだろうね。勝利して生還したあたしらを見る為政者たちの目は、もはや後ろめたい罪人のそれだった。
英雄の名を授けて盛大にもてはやしたところで、あたしらも、そいつらも、何も収まりはしない。当然だろ?
だからね。少なくとも決死英雄たちにあんたらが偉そうに垂れられる講釈なんて、一つも存在しないのさ。ましてや、この話を聞かされてすらいないような半端者じゃね。
しかしね。そいつは確かに過ぎた話さ。もう一つの話を知らないことの方が、いくらか深刻かもしれんね。
もちろん聞いてもらうよ。話さでおくべきかい。
黒い獣たちはどこに行ったか、だ。
アルバートは知っているね。この中ではただ一人というところか。先代があんただけには話したんだね。
余人が聞いたら耐えられないと? まあそうかもしれんね。少なくとも街の住人が知ったところで重しにしかならんだろう。だが政治に関わる者なら、知っておかないわけにはいかないさ。
なぜ大開拓時代が始まり、勇者と、それから走者が必要とされたか。その流れを知る意味でもね。
〈獣の時代〉当時――黒い獣たちは世界中にいたと推測される。人類圏に迫ってきたのはそのごく一部だ。
しかし今、ヤツらの目撃例は一つもない。少なくともあたしが知ってる限りでは。
なぜか?
答えは〈バレンシア41〉の戦いの最終盤にある。
それまでの激戦を生き残った戦士たちは、多大な犠牲を払った偵察により、ヤツらの巣穴らしき洞窟を発見した。
ヤツらは獣と呼ばれつつも、その実態は霧や霞に近い不定形の生物だった。倒しても数が減らないことからどこかに核となる存在があるのではないか、との仮説は、共に戦場にいたあたしの両親が立てたものだ。それを討つため、あたしらは最後の攻勢に出た。
確証なんてなかった。だが、そうでなければ残りの人員もすり潰されるだけと誰もが理解していた。
隊は三つに分けられた。
ヤツらの洞窟の入り口に陣取り、外からの援軍を防ぐ役。全員戦死確定。
洞窟の中に入り、メインの攻撃隊を守る役。全員戦死確定。
そして核を攻撃する役。全員戦死確定。
帰り道なんて誰も考えちゃいなかった。全員が決死。だから決死英雄だ。
あたしは洞窟内で攻撃隊を守る任に就いた。
だから、洞窟の前に陣取ったレイやウェイブと違って、見た。
巣穴の奥に、ヤツらの核――本体はあったよ。
想像を絶するものだった。
人の言葉で何と表現したらいいか……。言わばそれは神だった。
偉容。圧倒。超越。人を無条件でひれ伏させる存在。そういうものがこの世にはあるのだと、あたしは知っている。
ヤツらはそこから生まれていた。無尽蔵に。なぜかそれがわかっちまったんだ。それはそういうもの。消せない世界の一部だと。
理解した者たちには、もはや発狂する以外の道は残されていなかった。
あれを前にはどうしようもなかった。それしかなかったんだ。
だが、最終攻撃隊――あたしのお父さんとお母さんを含む――は、その狂気でもって最後の反撃に出た。
いまだもって解析不明。二十三層九十八編からなる特大の禁忌魔術。当時、禁呪指定を受けていたすべての魔術をその場で分解し、再構築した狂人の詩編だ。意味なんて誰にもわからない。けれど彼ら全員の命と引き換えにその呪いは発動した。
ヤツらは封じられた。
黒い獣たちは、その核ごと封印されたんだ。
どこに?
どこにだと思う。
……人に。
人類という種に。
この呪いは当時生きていたすべての人類に降りかかり、そしてそこから産まれた子へと伝染する。
つまり人類すべてが、黒い獣たちの檻になったんだ。
この封印は、人類の“容量”が黒い獣を上回っている限り機能すると考えられている。
人が獣より増え続ける限り、ヤツらが外に出てくることはない。
人かヤツらか。繁栄のレース。
一瞬たりとも容量が下回ることは許されない。最初の一匹が檻からこぼれちまえば、あっという間に周囲の人間を食らい、新たな獣の出現を許す。
だがね、あたしはこれは、あの時に狂死していった戦士たちとの約束なんじゃないかと思うのさ。
人は生きるため、私利私欲を満たすため、助け合わなきゃならなくなった。
今後起こるかもしれない疫病や戦争で大勢の人が死ねば封印が縮小し、全人類が危うくなる。人の死が他人事でなくなる。
人が、生きているだけで価値のあるものになったんだ。
こんな世界が果たして他にあるかね。
互いに助け合って繁栄し続けるしか人類に生き残る道はない。だからこそあたしは大開拓時代、走者を支持する。それを止めることは悪だ。人類にとっての。
もし人が地を埋め尽くしたらどうするかって?
その時は海か星か……新たな世界に出ていくしかないだろう。
ま、その頃には、黒い獣に対抗するための手段の一つや二つ見つかっててほしいもんだ。さすがにあたしゃ影も形も残ってないだろうからね。ひゃっひゃっひゃっ……。
次回がついに最終回となります……!
投稿できなくなる時期の前にたどり着けたのはなんたる幸運。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
最終part/630 イクゾー!!




