第六百二十一走 ガバ勢とルタ動乱-壊乱-
《何がムッキーだ。そのままやれ! ゴリアテ小隊!》
フォーメーション・3と言っていたか。八名の屈強な走攻兵たちが、まるで幾何学を描くような計算され尽くした軌道で急襲してくる。一糸乱れぬとは正にこのこと。
しかし初弾。コンパクトかつ強力に振り下ろされた一本目のブレードを、ルーキは手のひらで受け止めていた。
「!」
「何なんだぁ、今のは……」
相手が一瞬見せた動揺を顔面ごと掴み取ると、ルーキはゴリアテの体を力任せに振り回した。
フォーメーションに従って連携を取るはずだったであろう後続が、それに巻き込まれて次々に跳ね返されていく。
「造られた兵士をいくら集めたとて、プロの走者を超えることはできぬぅ!」
第一波を退けた勢いを駆り、ルーキは反撃に出た。ギュピギュピと不穏な音を鳴らし始めた靴底で床を蹴ると、手当たり次第に相手を跳ね飛ばしていく。
《博士! どうやら旧〈スプリガン試薬〉に似た効果の薬を使ったようです》
コントロールルームから誰かの声が聞こえてくる。研究員の声がマイクに混ざり込んだものらしい。
《フン、小賢しい。試薬を盗んで勝手に手を加えたか。だが、あの薬はそもそも問題だらけの欠陥品だ。出力は大きいが持久力がない。そんなものに頼るしかないとはもう後がないなルーキ! フォーメーション変更! 消耗戦を仕掛けろ!》
『フォーメーション・4』
アナウンスが流れ、ゴリアテたちが受けに回る様子を見せる。
「ハッハッ、ハア!」
それを意に介さず、ルーキは高笑いを放ちながら再度突撃。防御の上から相手を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、ラリアットを相手の首を引っかけてそのまま壁へと叩きつける。
なんかサンとはケガをさせない約束をしていたような気もするが、
「手加減って何だぁ……?」
ムッキーにはそれがよくわからない。
しかし、これだけのパワー差を見せられてもゴリアテたちは動きを乱さなかった。転倒した仲間をすぐに助け起こし、お互いの隙をフォローし合いながら辛抱強く様子を見てくる。指示を徹底して守る、忠実な兵士の面持ち。
自らは攻めてこない相手に対し、ルーキはそれまで暴れ回っていた足を止め、手のひらを向けた。
「?」
ゴリアテたちから警戒する気配。その嗅覚は正しい。
「フン!」
ルーキの手からライトグリーンの粒子が溢れ、光弾となって射出された。
爆裂。
投げ込まれたゴリアテたちの中心で大爆発が起こる。
《! 気弾か!》
アネットが素早くその正体を看破した。
《生命エネルギーを破砕力として外部に放出する武術の高等技術。そのブロッコリーみたいな筋肉だけでなく、達人の技まで会得するとはなルーキ。しかし――》
彼女の声が得意げに高くなる。
爆発が起こしたわずかな煙が消え去ると、そこには無傷のゴリアテたちがいた。
壁に衝撃痕。未知の技に対しても素早く反応していたのだ。
《彼らの目は最高速度でぶっ飛んでくるロングボウの矢すら見切る。その程度をかわすくらい、わけないぞ》
そして再び防御の構え。飛び道具を見せられてもまるで動じない。
《何度でも試してみるがいいルーキ。そのたびに君の体力は大きく消耗していく》
アネットの言う通り。この技は、薬が効いている間こそ使い放題なものの、効果が切れた後で一気に反動を寄越してくる。二発以上はすでに危険域。そこで――。
《!》
スッと手を向け直した先に、動揺の気配がスピーカー越しに伝わった。
ルーキが標的にしたのはコントロールルーム。
「おまえたちが戦う意志を見せないのであれば、俺はこの船を破壊し尽くすだけだァ……!」
ここに来てゴリアテたちに初めて逡巡の色がよぎった。
アネット、そして軍医からの話も加味すると、人造走攻兵たちは自分たちのボスや指揮者を最優先で守る性質がある。これは戦術的な保護対象というよりも、都合よく作られた本能のように思われた。
ルーキの行動に対し、彼らはどこまでも理性的な反応を示す。
このまま攻撃に転じたとしてもパワー差は歴然。防御型のフォーメーションも命じられている。近接戦を避けつつ、こちらの攻撃を阻止するにはどうするか。
二つの条件を満たす最適な攻撃方法。答えは直前に示されている。
ゴリアテ全員が腕を持ち上げ、手のひらをルーキへと向けた。
一斉に放たれる光弾。
やはり、この技を持っていた!
ルーキはニヤリと笑うと、鉈のような手刀でその光弾をすべて砕き割った。
「やっとその気になったか。だが、その程度で俺を倒すことはできぬぅ!」
挑発してやると、ゴリアテたちはさらに追加の光弾を立て続けに放ってくる。八本の腕から間断なく撃ち出される光弾。それはまるで横殴りの雨のようだった。
――やったぜ。
ルーキは襲い来る光弾のことごとくを素手で打ち砕きながら、内心で変態糞土方の声を流した。
この技が体力を大きく削るのは誰もが知るところ。これでゴリアテたちを疲弊させ、無力化させようというのがルーキの計画だった。それが見事にハマった。
《さすがに詳しいな……と言いたいところだが、甘いぞルーキ!》
「ダニィ!?」
驚いて見やれば、コントロールルームの窓ガラスには、こちらを悠然と見下ろすアネットの薄笑いがあった。
《それでゴリアテたちを疲れさせようという魂胆だろうが、彼らは自分の意志で出力をセーブできる。以前、似たような方法で試作走攻兵を過労死させたヤツがいたようでな。同じ手を食わんよう改良したのさ。誰だろうな、そんな有用なヒントをくれた親切なヤツは……!》
「く……!」
何てこった。確かにこれは、ラークンシティの地下で二十三号を倒した作戦の二番煎じ。
しかしあの戦いはウェスカーニが持ち去ったデータにはないはず。アネットは辺境の片隅にあったであろうその記録をわざわざ回収し、しっかりと対策を立てていたのだ。
「! ま、まずい!」
さらに不都合が続いた。
充実していた気が、筋肉が、ほころびるような予感。
軍医からもらった薬の効果が切れるのだ。
ルーキは光弾の嵐から跳んで逃れた。今、元の姿に戻ってはあれは受けられない。
その変化を見逃すアネットではなかった。
《小隊、気弾を停止! ルーキの体が元に戻った瞬間、一気にたたみかけろ!》
的確過ぎる最悪の指示。薬が切れた瞬間、これまでの運動の疲労が一挙に押し寄せることになる。軍医さんのことだから反動を抑えるよう調整はしてくれているだろうが、それでも大幅な動きの鈍化は避けられない……!
「ぐっ!!」
その危機が一気に来た。膨れ上がっていた筋肉の縮小。パワーの散逸。
瞬間、押し寄せる八名の巨漢。呆れるほどにベストなタイミング。
(や、やっべぇ……!!)
絞り出すしかない。この一瞬を凌ぎ切る最後の力を。そうすれば、感覚と体のバランスが元に戻るための時間稼ぎができる。
今だけ。残っている力を一点集中させて、なんとかっ……!
(なるのか……!?)
祈るような気持ちで、動き出そうとしたその時。
ドクンと、ルーキは大いなる鼓動のような音を聞いた。
――「なんやルーキ。力がほしいんか」
「ファッ!?」
その声は、夜星の光のようにルーキに降り注いだ。
感じられるのは、天井も足元も埋め尽くす星空。どこまでも深く澄んだ闇と、小さな無数のきらめき。
「そっ……その声は、スタールッカー姉貴……いやヒイロちゃん!?」
いつの間にか、すぐ横に彼女の姿があった。
茫洋とした眼差しが、真っ直ぐにこちらを向いている。
「はっきり見えるでルーキ。なんや今日は、今までで一番あんたを近くに感じられる」
知性ではなく感覚の言葉が告げている。彼女はここにはいない。ここに立っているのは彼女ではなく、彼女がここにいるという自己の感性そのもの。
ヒイロはもっと大きく、もっと広く、この世界のすべてにいる。
その彼女がはっきりとこちらに言葉を伝えてくる。
きっと途方もなく大きな関門と障害をいくつも乗り越えながら。
「そうか、うちの可愛いニーナナが大変なんやな。よっしゃ、お姉ちゃんがひと肌脱いだるわ!」
瞬間、“接続”された。
自分の感覚が前後に、いやこれは――過去と未来に切り分けられるように分裂していく。
一秒前と一秒後の自分がずらりと並んでいるのがわかる。腕を一センチ持ち上げれば、一秒後の自分は二センチ上げ、一秒前の自分はその予備動作を作っている。
過去と未来の可視化。
すべて、掌握。
ゴリアテたちが来た。
鋭い動き。本来なら数秒にも満たない接敵。
しかし、ここではあらゆる時を、瞬間を、“選んで”じっくり見ることができる。
覆いかぶさるようにかかってきた相手を、ルーキはするりと、徒歩で抜けた。
《!!?》
コントロールルームから押し寄せる声なき戸惑い。
ゴリアテたちは次々に飛びかかってくる。
ルーキは無造作にとことこ歩きながら、背後から躍りかかってくる彼らを一瞥もせずにかわした。決して慌てず、騒がず、ふと忘れ物に気づいたように右に曲がり、左に曲がり、頭を下げたり、片足を持ち上げたりして、すれすれで回避する。
《何だ!? 何だあの動きは……!? それにさっき一瞬、ルーキの隣に少女が見えたような……!》
《わ、わかりません! 計器類に何の反応もなし!》
コントロールルームから今までにない動揺が漏れ流れてくる。それが重大な危機感を帯びるまで、そう時間はかからなかった。
しかしそれは、ルーキも同じ。
(こっ、こ、こいつは……!)
なんて“細い”。
まるで糸のような接続。
この万能感にも似た超感覚は前にも一度あった。ジ・オーマ・アービターの最終形態と戦った時だ。アスリートで言う所のゾーンのような、いやそれ以上に何か神秘的で禁忌的な領域への突入。
だが今回のこれは、あまりにもたどたどしく、弱々しい。
まるで目覚める直前の夢を必死に繋ぎ止めているような、かすかにでも誤った方へ精神を揺らせばあっという間に途切れてしまう儚い感覚。
すべてを最小限に。手足の動きも、目や鼻の働きも、心の変化すら。小さく、小さく……とにかく小さく動かせ!
ルーキの全神経が極細の綱渡りをする中、周囲では悪い夢のような光景が繰り返されていた。
鋭い動きを見せるゴリアテたちが、まるでそういう喜劇を演じているかのように、空振り、通り過ぎ、床を這い、跳ね回っていく。それは、サーカス中の動物たちが次々に火の輪くぐりに挑戦していく様を思わせた。滑稽であり、恐怖だった。
とうとう、スピーカーからの音が途絶える。それでいて、激しい狼狽だけは嫌というほど実験室へと伝わってきていた。この光景の意味がわからない。それにどう対応すればいいのかもわからない、と。
一向に触れることさえできない相手に、さすがのゴリアテたちも息が切れてきた。空振りはただでさえ体力を消耗させる。しかも標的は回避以外何もしてこないから、彼らもひたすら攻撃を続けるしかない。その悪循環。のどを這うような荒い息遣い。
しかし、やがてルーキも。
(も、もう限界だっ……!)
とうとう、途切れた。必死に繋ぎとめていた禁忌の領域が。
ぶはあ、と大きく吐き出される呼気。一気に戻ってくる人間の感覚。
汗だくだ。全身が重い。体に鉛を埋め込まれたみたいに。
荒く息をつく中で、同じく呼吸を乱したゴリアテたちが目に入った。
彼らも疲弊している。あと少し。あと少しで、ブッ倒せるはず。
最後。最後の一押しだ。なんか……何かないか、なんか思いつけ俺! 本当にこれでラストなんだ! お願いします何でもしますから!
《どうやら……限界のようだな》
戸惑いを殺しきれぬまま、しかしわずかに安堵の息継ぎを許されたアネットの声が、そう告げた。
「……は……最低最悪……満載……」
《君には驚かされるばかりだルーキ。まさか、あんな人間離れした動きまでできたとはな》
「さらに……塞いでいるので……火の酒で……あげましょう……」
《しかし、さすがにもう種は切れただろう? これ以上何かするようなら、もはや君を単なる新人走者とは見なせなくなる》
「今だ……オォン……今なら行ける……オォン」
《博士、彼が何かぶつぶつ言っているようですが……》
《知らん。ほっとけ。何をしようともうあいつに余力がないのは確実だ》
「ここからが……真の五味クソゲー……クッソ狭い範囲に……へのショートカットが四か所……」
《さて、お祈りはもういいかルーキ》
「一つ突破するのに……まあ、割れ目の上でセーブすれば……も良心が痛んだか……見逃してくれるのです……」
《……いい加減にしろルーキ。何を唱えているかはわからんが、少なくとも君はそんなに熱心などこかの信徒ではあるまい》
「まともにやりあったら……覚悟も必要でしょう……」
《無視か。わかったよ。まあいいさ、どうせこの後、君からはたっぷりと敗者の弁を聞かせてもらうんだ。待ってやることもない》
「第一陣突破、残り半分ですね」
《決めるぞ。ゴリアテ、フォーメーション・2》
『フォーメーション・2』
《終わりだルーキ》
ルーキは最後の最後にニヤリと笑った。
間に合った――!
「――この先の橋は、メガトンコインを持っていると落っこちてしまいます」
《仕掛けろ!》
「だから売りに戻る必要があったんですね」
完 全 詠 唱 完 了
「来い、ハーモニクスッ!!」
瞬間、ルーキの背中から蒼い悪魔が立ち上がった。
《な、何だ!?》
《わかりません、全計器ブラックアウト!!》
《ゴリアテ止まるな、捻り潰せッッ!!!》
精緻な幾何学の動きを見せて肉薄するゴリアテ。
ルーキは片膝をついたまま動かない。
間合いは完全に殺された。肉薄距離。完全包囲。逃げ場なし。回避方法なし。誰がどう見ても勝負あった!
それが――、
パッと、散った。
《!!!!!????》
まるで花が咲くように。
一か所に殺到したゴリアテたちが、広がり、ひっくり返る。
ルーキは、一歩も動いていない。
アネットの取り乱した声が鳴り響く。
《何が起きた!? 今度こそ何も起こっていなかったぞ!?》
《そ、そんなバカなっ……!》
報告者の声は震えていた。
《評価はいい! いいからありのままを伝えろ!》
《ま……曲がりました》
《なに……?》
《ぜ、全員が……途中で突入コースを誤りました……! 真っ直ぐ行くはずのところを右に曲がり、左に曲がり、そのせいでお互いが激しくぶつかり合って、全員がひっくり返ったんです……!》
《は…………はああああああああああああああああああああ!?》
「へっ、へへへ……!」
ルーキは汗の止まらない顔を必死に笑わせ、アネットたちに告げた。
「王都の皆さま、一門の世界にようこそ……!!」
一門に残された最後の切り札それは……
祈るんだよォォォオオーーッ!
それでは次回から二週間ほど不定期ガバガバ投稿となります。センセンシャル!




