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第六百二十走 ガバ勢とルタ動乱-激突-

 無数の剣戟の音が神の家の壁を内側から叩いていた。

 荘厳さを浮かび上がらせる抑制的な明かりは、すでにその役目を別に譲り渡し、絶えず飛び散る剣と剣の火花こそが、礼拝堂の隅々までを明々と照らし出している。


「〈バレンシア41〉。あの時あたしは、教会の若き天才剣士という触れ込みで戦場にいた。が、当時すでに名のあった英傑たちに比べればまだまだヒヨッコ。あたしも教会最強戦力だったお父さんとお母さんについてきただけのオマケにすぎなかった」


 ウルスラブレイズの声が剣閃と共に、レイとウェイブの刀を上下から、あるいは左右から執拗に叩きにきていた。二人は冷静に後退しながらそのすべてを的確に捌いていく。


「当時のあんたらも野山から抜け出てきたばかりの名もなき剣士だった。大戦の臭いを嗅ぎつけてきた野良侍か、それとも真に人類を救うために集った聖人か……まあ当時はどっちとも言えないような連中ばっかだったから、お互いにまったく意識はしてなかったろうがね」


 ウルスラの太刀筋は室内中に充満していた。

 レイとウェイブの立ち位置は四メートルほど離れていたが、ウルスラブレイズの双聖剣はほぼ間隔を置かずに両者に襲いかかる。ダークマター化による超高速移動と、一生衰えることのない卓越した剣技により、彼女はこの世に同時に複数体存在することができると言っても過言ではなかった。


「初っ端から激しい戦いだった。半端な者もそうでなかった者も、最初の一日で大勢が死んだ。来なきゃよかったと後悔したヤツは大勢いたろう。生き残った人々を見てあたしも後悔したよ。世の中にはまだ見ぬ強者たちがこんなにゴロゴロいたんだってことを、だがね」


 覆いかぶさるような無限の斬突に、レイとウェイブはゆっくりと下がり続ける。

 受けに回った二人の顔に焦りは一切なく、目は落ち着き払った半眼、口からは規則的な息吹。しかし。


『!』


 その両者の顔に、初めて小さな驚きが生じた。

 背中に何かがぶつかったのだ。強く当たってきたわけではない。ただ、トンと当たった。


 お互いの、背中が。

 ゆるりと下がりながら受けていたつもりが、いつの間にか礼拝堂を半周ずつし、そして背中合わせに追い詰められていたのだ。


「惜しかったよ。技も駆け引きもない獣たちに、磨き上げられた研鑚の剣が次々に折られていくのは。もっと街の隅々にまで目を向けて、勝負を挑んでおくべきだったと後悔した。まあ、そんな余裕は三日目にはもう吹っ飛んでたがね!」


 ウルスラブレイズがそこからさらに圧しにかかる。速度は増し、もはや風の抜け出る隙間もない。

 それは異様な光景だった。

 たった一人の人間に、二人の人間が完全包囲されているのだ。


 唐突に。

 二人を押し包んでいた剣の火花が消え去る。

 それまでのけたたましい金属音が途絶え、一瞬の静寂。


 同瞬、レイとウェイブは同時に太刀を逆手に持ち替えると、これもまた鏡合わせにしたように、後方、お互いの背に向けて突き出した。

 しかしその直撃よりも、ウルスラブレイズが二人の背中の間に現れる方が早い――!


「ひゃっひゃっひゃ!」


 出現と同時にレイとウェイブを背後から蹴り飛ばし、それぞれを反対側の壁へと押しやりながら、ウルスラブレイズは高らかに笑った。


「楽しいねえ。剣ってのは! あたしは子供の頃からこれが本当に好きだった。もう二度と本気の勝負はできないと思っていたけど、今になって決死英雄二人と()れるなんて長生きはするもんだ。さあ、あんたらもそろそろ温まってきたろ。打ってきなよ!」


 レイとウェイブがそれまでの正眼構えの切っ先を静かに揺らし、超攻撃的な上段へと移行する。


「んじゃらば、いっちょうやるかウェイブ」

「ああ」


 二人が掻き消える速さで踏み込むと同時に、ウルスラブレイズもダークマターに相転移。

 直後、礼拝堂の中身すべてを洗い流す衝撃波が吹き荒れた。


 ※


「ちゃんと来てくれたんですね」

「当たり前だよなぁ……!(小声)」


 サンの声が依然、耳元についてきている感覚。

 ルーキは騎空船内部の通路にいた。


 ルタのパンフレットで本家の内装を見たことはあったが、今ここにあるものとはだいぶ違う。

 本来の騎空船は木造で、瀟洒なロッジと機械的なプロペラをいい具合に融合させたような、新しくも温かみのあるデザインだった。しかし今見えているのは金属的で無機質な通路のみ。先進開拓地の中でも機能美を優先させた、冷徹さすら感じる光景だ。


「この船は何なんだ? どうして王都にこれが?」

「人造走攻兵を直に送り出すための船です。まだ実験的ですが」

「専用の移動手段まで用意してるってわけか……」


 人造ガチ勢を騎空船で開拓地までぶっ飛ばす。地形に左右される鉄道よりもはるかに早くRTAを始められる。既存の走者たちはどうしたって後手に回ることになる。


「進んでください」

「おう」


 船底で暴風に煽られていた時とは打って変わって、通路を進めば進むほど内部は静けさを増していった。どこかで大掛かりな機構が動く震動が伝わってくるだけで、耳を聾する轟音とは無縁の世界だ。

 やがて一つの扉にたどり着く。


「この先に、これから街に投下される予定のゴリアテたちがいます」

「! なるほどな……」


 ルーキもさすがに先が読めた。

 テイオウは彼らを使って走者を街から追い払い、華々しいデビューを飾るつもりなのだ。


「アネット博士によって、無名小隊に参加していた時よりも完成度は格段に上がっています」

「へっ……。まあやりそうな顔してたよ。あれは」

「ルーキさんは彼らを殺さず、大きなケガもさせず、無力化させてください」

「……!」

「これが、わたしからの最後のお願いです」


 殺さず、ケガもさせずに相手を動けなくする。これは完勝の中でも子供と大人ほどの力の差を意味する決着だ。


 サンの願いの意味するところが、わかった。

 彼女は、人造走攻兵計画を根こそぎ潰すつもりだ。

 自分たちの無能さをライバルである走者に証明させることによって。


 加えてケガもなくというのは愛情もあるのだろう。自分と同じく一方的に造られてしまった者たちが傷つくのを避けたいという。


 しかしこれは……当然、そんなことができるのなら、という条件がつく。

 圧倒的な勝利のためには、そもそも圧倒的な力が必要だ。そんなものは……。


「何かいい作戦とかって……ある?」

「ルーキさん頑張って」

「オウやってやんぜ!」


 言い切って、ルーキは扉を開けた。

 強い光が頭上から押しかぶさってくる。咄嗟に腕を上げ、薄暗い通路に慣れた目をかばった。


《ようこそルーキ》


 その腕の奥から、朗々と声が響く。

 前に一度だけ話した時よりもクリアな音声。

 知っている。これはアネットの声だ。


《まさか単身乗り込んできたのが君だったとはな。君はアレか? 主人公か何かか? こんな緊急事態の最重要地点に当然の権利のように現れるというのは》

「へっ、甘ちゃんが。走者っていうのはそういうもんなんだよ。覚えとけ」


 返しつつ、ルーキはたった今踏み込んだ室内を見回す。

 何もない、だだっ広いだけの部屋だった。四方は平坦な壁に覆われ、右方向の一面の上部だけが、ガラス張りの窓を持っている。アネットがいるのはそこだ。白衣姿の彼女の周りには、似たような格好の研究者らしき人々の姿もある。


《君が今いる場所は、人造走攻兵のトレーニングルーム兼、兵器の実験場だ。見ての通り何もなく、ちょっとやそっとじゃびくともしないし、広さも十分にある。曲者が忍び込む先としては最悪の場所だったな》


 周囲を探るこちらの動きを見てか、親切にもアネットが説明してくれた。


《ルーキ、少しせっかちな話になってしまうが、かつてした約束を果たそうじゃないか》

「約束……」

《このわたしアネット博士は、水槽の中で指先程の細胞片が脈動しただけで怖気づいて逃げ出した軍医と違い、彼らのすべてを最後まで作り上げる覚悟がある。新しいRTAの確立。ゴリアテの完成はその第一歩だ。君には、記念すべき、やられる魔王の第一号になってほしい》

「!」


 広大な実験室の壁の一部が複雑にスライド。その先にあった扉が開き、未来的な黒いボディスーツに身を固めた大柄の男たちが次々に現れた。総勢八人。


「これマジ? 上半身に比べて下半身も完璧すぎるだろ……」


 均整の取れた筋肉に、短い髪。精悍な顔立ちは無表情でこそあるが、人形のような精神薄弱さは感じられない。精強だ。


《人数差に関しては恨むなよ。魔王の方が多かったらずるいだろ?》


 アネットはくつくつと意地悪そうに笑った。


《それと、別に殺す気はないから安心してくれ。君をボッコボコにした後は、医務室でわたし自ら手当してやるよ。どんだけ彼らが強かったか、ねっとりと聞かせてもらいながらな。――始めろ》

『フォーメーション・3』


 ピーッという電子音が鳴った後で、何かのアナウンスが入った。

 それを聞いた直後、ゴリアテたちが素早く動き出す。

 何かの指示を得たものらしい。


「さっきは何も考えずに安請け合いしたみたいになっちまったけどよぉ……!」


 彼らが手にする訓練用らしき肉厚のブレードを見つめながら、ルーキはベルトポーチに手を伸ばす。


「俺だってゴリアテ対策はもちろんしてきたんだぜぇ!」


 取り出したのは、とある飲み薬だ。

 サンを探すならあなたは一番厄介な相手と戦うかもしれないから、と、出発前に軍医さんが渡してくれたものだ。


 素早くキャップを取って飲み干した瞬間、内側から()が高まる。溢れる……!

 ドムッとゴムが弾けるような音を立て、ルーキのシャツが内側から押し上げられた。急速に発達した筋肉。続いて簡素なズボンも膨れ上がり、手に持っていた瓶が握り潰される。


《何……? 何だそれは、ルーキ》


 アネットの声が上から降ってくる。


「何なんだとは、何なんだぁそれは……」


 ルーキはまるで別人のような声で返した。


「俺は……ムッキー……だ」


 軍医が渡してくれた瓶のラベルにはこうあった。


〈超ヤサイ諸島原産の合法ビタミン剤・ルーキ以外にはゼッタイ飲ませるな!〉


戻ってきましたので本年もどうぞよろしくお願いいたします!

再開した直後から主人公がダメそうなことしてるんですがそれは大丈夫なんですかね……。


※お知らせ

少々事情がありまして、次回9日の投稿の後、二週間ほど、投稿頻度・投稿間隔がクッソ不安定になります。せっかくお待ちいただいたのに大変恐縮なのですが、投稿の際は活動報告・Xでお知らせしますので、どうかお付き合いくださいませ。許してください何でも許してください!(傲慢)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 本年もおましょうま! [一言] 冒頭のシリアスなバトル部分を読むと シリアスさん『こういうので良いんだよこういうので。』 と喜んでるシリアスさんの姿が脳裏に浮かぶ >「人造走攻兵を直に送…
[良い点] 本年もよろしくお願いします!なんでも許すような心持ちで待ってます! >あたしは子供の頃からこれが本当に好きだった。 そのへんは今も子供のままっぽいですねぇ 成長し続ける可能性の塊だしロ…
[良い点] リス「なんなんだぁその身体はぁ…?これを忘れてるじゃないか…我々の呪いも注入して…と、これで伝説の超ガババ人ムッキーの完成だ!」 メガトンコイン「オィィ!?何やってんだお前ェ!?人に勝手…
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