第六百十走 ガバ勢とみんなで走るスペランナー
「はああああっ!? 弟子に命を狙われたああああああっ!?」
テーブルを叩きながら放たれたマギリカの絶叫は天井へとぶつかり、そこから店内全域へと広がって溶けていった。
〈アリスが作ったブラウニー亭〉。お昼時。
店内は腹を空かせた一門で騒々しく、仮にそのにぎわいがなくとも少女の大声くらいでは誰も何も気に留めない中、耳を塞いだのはルーキ一人にとどまった。
「それで……当然、無事だったんですよね?」
サラダ皿に刺しかけていたフォークを止めた姿勢で、委員長がじろりとこちらを見てくる。マギリカほど激することはなかったものの、フォークの先端からジジジと紫電が揺らめいているあたり、心中穏やかでないことは確かだ。
誤解があってはいけないとルーキは素早く返答した。
「もちろんだぜ。結局その相手もさ、最初から実行できないような善良な人間だったんだ。だから、この話は結局何でもなかったってわけ」
あの後――。
「大変申し訳ありませんでしたッッッ!!」
洞窟の外に出て、ルーキが本当に安堵の息を吐いた瞬間、後ろから聞こえてきたのはそんな声だった。何事かと皆で振り返れば、そこにはピシッとした気をつけの姿勢から限界まで頭を下げたポニテ少女の姿。この声にこの態度はシルケールに違いない。
「わたしは、先生の命を狙って襲いました。本当に、ごめんなさいでした!」
『は?』
ぽかんとした一同の目は、それからすぐにルーキへと一点集中する。
「あのさぁ……。いつかこうなると思ってたよ」
「(ヒモの末路として)当たり前だよなぁ!」
「人間のクズがこの野郎……」
「ファッ!?」
なぜか非難の声が次々に湧き起り、ルーキと、そして罵倒を覚悟していたシルケールを混乱させる。
「あ、あ、あの、違うんです。わたしが、先生を刺そうとして……」
「やっぱり痴情のもつれじゃないか!」
「ガバ兄様、なんか申し開きはあるかの?」
「救いはない 廿x廿」
どんどん勝手に積み上がっていく罪の重さにおののきつつ、ルーキはシルケールと一緒になって、身の潔白……潔白? を話した。
「まあおれは最初から信じてたけどな!」
「(同じ一門の仲間として)当たり前だよなぁ!」
「閉廷! 解散! ラブアンドピース!」
一門の手のひらは回りやすい。一方的に誤解していた面々もようやく理解し、ここにルーキの無罪は証明された。しかしほっとしたのも束の間。
「どんな罰でも覚悟しています……! 煮るなり焼くなり好きにしてください……!」
「お、おいシルケール?」
シルケールはその場で正座すると、まるで首でも差し出すように、こうべを垂れて動かなくなってしまった。遭難し、ハイロゥの後ろに隠れている間、彼女はずっとこのための覚悟を固めていたのかもしれない。
「シルケール。それはもうとっくにチャラになってるんだよ」
「チャラにしてくれたのは……ハイロゥです。わたしは、何もしてませんっ……」
ルーキのなだめる言葉も届かない。下手をすればここで即身仏になるまでじっとしていそうだった。
そこに助け舟を出したのは、周囲で見物していた一門の兄貴勢。
「あのなお嬢ちゃん。おれらは商売柄、ずーっと命のやり取りしてんだぜ。一度や二度命を狙ったくらいでそんな騒ぐんじゃねえよガキのくせによぉ」
「そうそう。走者たるもの、刺客の一人や二人いて当然だ」
「でも公権力はカンベンな!」
本当にカケラも大事だと思っていない面々にシルケールが戸惑う顔を上げると、そこにサクラとニーナナが歩み寄る。
「わらわに断りもなく兄様の命を狙おうとは不届き千万じゃが、そなたの目を見るに、最初からできなかったという話もうなずける。結果として、兄様と助け合って洞窟から生還したのじゃ。今回は水に流す、ということでよかろう。今回はな……」
「ルーキとサクラちゃんが許すなら、許す。廿x廿」
「サクラさん、ニーナナさん……」
涙ぐむシルケールをルーキは手を取って立たせ、
「もう事情はわかってんだしさ。済んだことはいいんだよ。それによ、リターンってわけでもないけど、サンのことで大きな収穫もあったしな。俺は何も損してねえ。色々あったが……いい走だった。成功も失敗もして、腹の中も吐き出して、話し合って、わかって。これって、最高の試走だぜ?」
「先生……」
「俺は、今回一緒に走れてよかった。シルケールはどうだ?」
「わ……わたしもっ……わたしもよかった! 先生に会えて……本当によかったです」
そう答え、目に溜まった涙と共に、シルケールは笑顔を弾けさせたのだった――。
――「で、シルケールは特別授業を終えて、キートヤッハに帰っていきました、と。これで、ザ・エンドってやつさ」
ルーキが話し終えると、険しかったマギリカの表情もいくらか緩み、委員長の背後にうっすら見えていた雷神も鎮まった。
「そう。じゃあ、その子はもうルタにはいないのね。まあわたしも……リズに迷惑かけたのに親切にしてもらってる身だし、話せたら通じ合える何かがあったかもしれないわ」
そう言って少し残念そうにマギリカがクラブサンドを齧るのに対し、委員長はまだ思案顔でサラダにフォークを刺し直し、
「人造走攻兵計画のトップの妹……。身柄を押さえておけば、何かと取引しやすかったようにも思えますが、扱われ方からすると、あちらの勢力内ではあまり重要視されてなさそうですね」
するとこれにマギリカも同調し、
「そうね。脅しなんかには使えないわ。パパたちから聞いた話によると、手塩にかけて育てた兵でも最後には殺す、というのが、テイオウという人のやり方だそうだから」
なんて物騒な情報を投げ込んでくる。
「何だそれ。部下を死なすとか、ダメな指揮官なのか?」
「違うっすよ兄さん。兵というリソースを私情抜きに使い切ってくるという点で、最悪に優秀なタイプっす。“最後には”ってことは、そうでない時まで絶対に死なせないわけで、こういうのは熱烈に支持されるっす。特に忠臣っていう人種から」
「なるほどな……」
使う方も仕える方も、志は本物というわけか。
シルケールがテイオウに心酔している様子はなかったが、それでも断れない事情を持っていた。強制力ではなく対価、そして恩義。テイオウは単なる強権の権化ではない。
「まぁ正直、あちらさんが本気でやってる様子はないっす。〈十倍くえすと〉と合わせて、揺さぶりの第一段階ってとこすね」
「長い戦いになりそうだな……」
「それは、どうすかね……」
「え?」
サクラの意外な一言に皆の視線が集まる。
「こういう挑発や牽制がある時点で、もうむこうの準備は整ってるんすよ。後はそれを盤石にしていくだけ。いつどこで大きな花火が上がるか……下手したら、明日にでも。暗闘っていうのはそういうもんす」
すでに対決は始まっている。少なくともむこうはそのつもりでいる。後は目に見えるほどの大きな変化がいつになるか。それだけの違い。サクラの声には一種の脅しめいたものも含まれていたが、事実でもあるのだろう。もう覚悟はしていろと。
「ケリは早い方がいい」
そこに無造作に放り込まれる一声があった。
「どうせわたしたちが勝つ。廿x廿」
ぼんやりした顔なのに、ニーナナは自信満々に言い放った。
「そうですね」
「そうね」
リズもマギリカも素っ気なく同意しつつ、しかし確固たる信念と自信が見え隠れしている。彼女たちの普段の相手は、外の世界の人ならざる異形たち。相手が同胞――人間だからと浮足立つはずもない。そういうの垣根を全部吹っ飛ばして、彼女たちは走ってきたのだ。
強すぎんだろ。ルーキがそう頼もしさを感じた、ちょうどその時。
「ニュースニュース!」
使いで外に出ていた受付嬢が、何かのチラシを片手に戻ってきた。
「あ、新人君いたっ! ほら見て、この前新人君が発見した〈スペランナー〉の新洞窟、安全が確認されて、早くも新しいアドベンチャーコースとして運営始まったみたいよ。ほら、ここに発見者として新人君の名前もちょっと出てる」
「そマ!? 見せてください! センセンシャル!」
ルーキたちは皆そろってチラシをのぞき込む。
そこには――。
『みんなでドキドキ!〈スペランナーR〉!
今回発見された新エリア『R』は一人ではクリアできません!
みんなで力を合わせてゴールを目指そう!!
ちなみに発見者のレイ一門走者、ルーキ氏にちなんで、カップルでのチャレンジはスペシャル割引実施中! そう、何を隠そう彼はガールフレンドと一緒にこの洞窟を偶然発見し、二人でラブラブパワーを合わせて生還を果たしたのです!!! 鎖を引っ張るギミックでは手を重ね、一人が転びそうになった時はしっかりと抱き留め……そして二人は幸せな〇〇をして終了……ここに来れば、二人のように愛の絆が強まること間違いなし! みんな彼に続けー!!!!』
『は!?!?!?!?!?!?!? <〇><〇><〇><〇><〇><〇>廿Д廿#』
ドッゴオオオオオオオオオオ……と、王都の大物を相手に動じなかった山が、同時に吹っ飛んだ。
「なあにやってんすかねえ。これ聞いてないんすけど?」
「ちょっとどうやって各ギミックを攻略したのか聴取する必要がありますね……」
「そんなこと聞く必要ないでしょ! やるべきことは一つよ!」
ガタッと席を立ったマギリカが、そのままルーキの腕を掴んで立たせに来る。
「なるほど、マギリカの言う通りです」
迅雷の速度で回り込み、ガシッと逆の腕を掴んでくる委員長。
「そうすね。今ならきっと顔パスっす!」
「おとなしくろ。ばらまくぞ!廿Д廿#」
背中を押してくるサクラと、肩に飛び乗ってくるニーナナ。
「ま、待って、止まれぇ! どこに行こうっていうんです!?」
ニヤニヤしている受付嬢と、「何やってんだあいつら……」顔の一門たちから注目されるのを意識しながら、ルーキはあたふたと問いただす。
次の瞬間、彼女たちの目が一斉に野獣の眼光を放った。
『今から再走するに決まってるだルルォ!?』
この時ルーキは、背中の落印から「テントテントテントテントトンテント~」という謎の音楽が聞こえたとか聞こえなかったとか。
スペランナー編これにて終幕(再走)です。
※お知らせ「最終回っぽい話について」
いつもご視聴ありがとうございます。作者です。
上の表題についてお話しさせていただきます。
勘のいい読者の方はお気づきだと思いますが……実は、この作品には終わりがありません!
世にガバプレイがある限り続行されますので、その前に確実に何かの事情で作者の方が存在しなくなります。
そうなると作者失踪とか、いくえふめいとか、「この作品は半年以上投稿されていません」とか表示されることになるのですが、ここまで書いてきた身として、途中で投げ出したように思われるのは甚だ心外です。
そこで、ここで一度最終回っぽい話をやって、作品を勝手に成し遂げたことにしておこうと思います。
そして何やかんやあって、別シリーズとしてまた初投稿します。
でえじょうぶだ。この作品、そもそも〈ロングダリーナ〉で終わるはずだったから(いつだよ)。〈竜征大三祭〉でも終わるはずだったから。そもそも最初からして、ダラダラ続けられる作品をと思って書き始めたので、結局まだ続きます。
ここまで一緒に来てくれて本当にありがとうございました。
次回から最終回っぽい章が始まりますので、それではどうぞ最後までお付き合いください……。
※さらにお知らせ
上でこんなことを書いておきながら、12月4日以降また諸事情で投稿が止まるかもしれません。その際はここの、最新話のところにご連絡を張っておきますので、あっ(察し)となっていただけたら幸いです。




