第六百一走 ガバ勢と幼き王都の剣
「ふおおお!?」
繰り出される連撃が迫真の風切り音をうならせながら、耳元や鼻先の空気を切り裂いていく。銀の切っ先をくぐり、かわし、必死に間合いを取りながら、しかしルーキはどうしてこうなったのかまだ頭が完全には追いついてはいなかった。
“あの人――”
“王都にとって危険――”
直前のシルケールの言葉が、サラーソンの懸念と符合する。
「マジで……! テイオウの……刺客なのか……!? シルケールが……!?」
その言葉を口にした瞬間、シルケールの険しい顔に痛みにも似た歪みが加わった。
「先生が……先生がいけないんです。先生が、ハイロゥとも仲良くなれてしまう人だから……。そうでなければわたしは……っ!」
旋回する二枚刃がさらに激しさを増す。一枚目を避けた後は、さらに踏み込んだ二枚目の刃が伸びてくる。この最速の二撃目が神経を削り取る。駅で見せてもらった動き。もし初見だったら……もう斬られていた。
「お姉ちゃんが言っていた。ハイロゥに気をつけろ。ハイロゥと仲良くなれる人間は、人と人を繋ぐ力がある。今の時代はそういう人が一番危ないって」
「なんだと……?」
さっきも出てきたお姉ちゃんという何者か。そして彼女はハイロゥの存在を認識している。今まで一言も触れなかったのに。こんなところで新情報がボンガボンガ出てくる。
「くっ……!」
ツインランサーの動きに寸断される思考を必死に繋ぎ止めながら、ルーキは懸命に現状を整理する。
シルケールは刺客だ。本当に、サラーソンが危惧した通りに。
訓練生にそんな役目を担わせたのは、近づきやすいプラス、まだ相手を計る余地があったからか。そしてどうやら自分はその最終チェッカーで、見事にアウトを引いてしまったらしい。
「テイオウってのはそこまで本気なのか。辺境の新人走者一人にこんな陰謀巡らせるくらいに!」
「わたしは……お姉ちゃんの言う通りにするだけ。それがきっと正しいことだから……!」
生真面目な、取り付く島もないような返事。しかし、
「だが、躊躇ってるはずだぜ!」
「!!」
剣先の動きがブレ、これまでで一番遠い刃が脇を通り過ぎる。
「俺だって、これまでRTAで散々、殺意フルマックスの連中とやり合ってる。本当に殺す気の剣や牙がどういう動きをするか、だいたいの見当はつく。それに、この試走でシルケールの動きはちゃんと見てきたんだぜ。だからわかる。おまえの剣はこんなものじゃない。もっと鋭く、速いはずだ!」
後退しながらも、ルーキは押し返す目線を投げつけて断言した。
「こんなことすんの、初めてなんだろ」
「……!」
シルケールの愛らしい顔が歪む。
彼女は生粋の刺客ではない。恐らく、本気の命のやり取りすらしたことがない。
普通の訓練生として過ごしてきたのだ。今日までは。テイオウから命令されるまでは。
「先生……剣を抜いてください」
絞り出すような声で彼女は言った。
「そうすれば、本気を出せます」
「抜けねーな。弟子を相手に!」
「違います。わたしは先生の弟子なんかじゃない……ただの裏切り者の刺客です!」
剣速がまた増す。だがこれは違う。荒々しく振り回しているだけ。切っ先にはまだ躊躇いが粘るように絡みついている。ルーキはそれを見据えながら呼びかけ続けた。
「何か弱みでも握られてんのか!? サンみたいに!」
「知りません! わたしはただ、お姉ちゃんがそうしろって言うからそうしてるだけ! それが正しいことなんです。今までだって、ずっとそうだった……!」
「考えろ! そのお姉ちゃんってのは、妹に無理矢理殺しをやらせるようなロクデナシなのか!?」
「!! 先生……もう黙ってください……!」
シルケールの声に怒気が混じる。この“お姉ちゃん”は、彼女にとってよほど大事な人なのだ。決して汚されてはいけない存在。決して貶されてはいけない相手。
地雷を踏んだ。躊躇を忘れた一撃が来る。
だが――それを待っていた!
(そこだ!)
ルーキは狙い澄ましたグラップルクローを射出した。
「!?」
アンカーはシルケールの手元に襲いかかり、彼女は慌てて防御態勢を取ってこれを弾く。あらぬ方向へと飛んでいくアンカー。しかし同時に、ルーキも前に踏み込んでいた。防御のために停止したツインランサーの長い柄を、両手でがっしりと掴む。
「あっ!」
シルケールが目を丸くする。捕まえた!
ルーキは思い出す。レイ一門、戦いの教え。
戦闘中に決してカッカするな。
――戦いの最中は、死体と同じくらいクールでなきゃいけない。怒りは馬鹿力を引き出すが、技は大振りになり、注意力は低下し、大きな隙を晒すことになる。逆に言えば、相手がそうなったら攻め所だ。聞いてますか親父ィ! うるせえ俺はキレてねえ!
……なんか余計なやり取りまで一緒に再生されてしまったが、とにかくキレて勝てるのは子供のケンカまでだ。戦場では確実にその一瞬を狙い撃ちにされる。
「もう逃がさなねえからなあ!」
「せ、先生、離してください……!」
シルケールはツインランサーをもぎ取ろうとするが、単純な腕力ではこちらの方が上。コントロールで優位に立っている。このまま膠着状態を維持すれば、後続の一門もやってくるはず――。
「離さないと、後悔しますよ……!」
その声はルーキの頭に奇妙に響いた。ハッタリや怒りではなく、本当の警告。
何かヤバイ。そう確信した直後、ツインランサーの持ち手の一部分がフタのようにシャッとスライドした。
その下には、何やら雷のマークのようなものが描かれた小さな機械。どこか見覚えがある。先進開拓地でなら、こういうのは確かカートリッジなんて名前で呼ばれていたはず――。
「何だ……?」
このツインランサーは普通の武器じゃない。その警戒心が、ルーキの体を後ろに跳ばそうとする。しかし、ツインランサーが異様な光を広げる方が一瞬早かった。
「うわっ!」
盛大なスパーク音に叩かれ、ルーキは吹き飛ばされた。刺されたような痛みと熱が全身を駆け巡る。これは……雷撃だ!
弾き飛ばされた先で、ルーキは痺れる上体を何とか起こし、シルケールを見やる。
ツインランサーから雷マークのカートリッジが排出され、それをキャッチした彼女が新しい何かを柄の中にはめ込むのが見えた。
「ただの剣じゃ……ねえ……!」
魔法の武器とも違う。あのいかにも機械式な動作は先進開拓地の技術だ。あんなものが出回っているなんて聞いたことがない。王都からの刺客である彼女がそんな特殊な装備を持っている。つまりテイオウは、走攻強兵以外にも開拓地技術を研究している……?
「だから、言ったんです」
シルケールはどこか悲しそうに、ツインランサーを握りしめた。
「先生、もう動けませんよね」
「へへ、なぁに……。まだいけるって」
ルーキは歯を食いしばって何とか立ち上がる。体のあちこちで小さく鋭い痛みが弾け、脂汗が噴き出た。
「まさか……。普通の人間なら気絶してるはずなのに」
ギリ耐えられた。本当にギリギリ。ピンチは喉元までせり上がってきていた。溢れ出なかったのはこれのおかげかもな――とルーキは左手の薬指へ意識を向ける。指ぬきグローブの下には、以前委員長からもらったステータス上昇の指輪がはめられている。紙一重で助かった場合、だいたいこれの効果だと思っている。
「でも……今までみたいには動けないはずです」
シルケールが強張った顔で近づいてくる。
確かに回避はもう無理だ。ワンチャン何か、仕掛けられるかどうか。
「痛くないようにしますから。動かないでください先生っ……!」
シルケールが突っ込んでくる。
真っ直ぐで強い動き。本当に仕留めに来ている。
やるしかない。グラップルクローで迎撃……!
(くっ……腕がっ……重てぇ……!!)
そんな冴えない感想が最後だと、本気で思った。
だが――シルケールの刃はいつまでたってもルーキの元には届かなかった。
そのずっと手前で止まっている。彼女もまた。ルーキはそれを、瞬きもせずに見つめていた。
「先生、ごめん……」
その声は、シルケールの躊躇う声とはまた違う震えを帯びている。
これは――。
「ハイロゥか……」
彼女は泣きそうな顔で笑った。
「やっぱりわたし……先生を不幸にする女だったみたい」
ツインランサーを押しとどめるみたいに強く胸に抱きながら、ハイロゥが後ずさる。
「今のうちに逃げて。わたしはシルケールには逆らえない……」
「……!」
話し合っている暇はなさそうだった。ハイロゥがすんでのところで割り込んでくれたのだ。このチャンスを生かして、今は逃げの一手あるのみ。後のことは後の自分に任せる……!
稼働しているエレベーターへ逃げ込もうとした。
その時――。
洞窟が激震した。
「うおお!?」
これまでの遠い振動とは完全に違う。まるで直下から突き上げられたような鳴動。
とても立っていられずに、ルーキは地面に這いつくばった。
ハイロゥも壁に張りつき、身を守ろうとする。
そこにさらなる強震。天井から小石や砂埃が降ってくる。岩に亀裂が入るような不気味な音。もはや悲鳴のような震動音。
「まさか、洞窟が崩れる……!?」
ルーキが不吉な予感を口にした直後、ハイロゥが悲鳴を上げた。
彼女の足元に無数の亀裂が走っていた。
やばい、崩れる。
そう思った時、ルーキの足は勝手に走っていた。
「手ぇ伸ばせ!!」
怒鳴り声に驚いたハイロゥが、言われた通りに手を伸ばしてくる。
ルーキはそれを掴み、彼女の体を引き寄せた。
瞬間、地面が抜ける不快感。足元に大穴が空いた。自由落下に掴まる――。
「動けぇ!」
その寸前、ルーキはグラップルクローを天井に向けて発射していた。
全身にダメージが残る中、体は理想的に動いてくれた。いやむしろ、グラップルクローをはめた左腕が勝手に動いてくれた感すらあった。これで天井をキャッチして、落下を防げたはず――だ。が。
天井に向かったアンカーが、狙ったかのように落ちてきた一個の岩片に弾かれ勢いを失う。
「はあああああ!? ふざけんな――あああああぁぁぁぁ……」
無限の落下感に掴まり、地の底へと一気に引きずり込まれる。
周囲は一瞬で闇に包まれ、しがみつくハイロゥの柔らかい体温が、ルーキの感じた最後の感覚になった。
投稿してすぐ人が戻ってきてくれるのホントありがとナス!
そしてルーキ君がまたヒロインと堕ちてる。




