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第二十四走 ガバ勢と悪の魔王

 ――「まさか、ダークヘッドがあんな卑怯な手を使ってくるとは……! 俺さえいれば、こんなことにはならなかったのに……!」


 ルーキの脳裏に蘇ったある走者の言葉が、目の前で起こったことを忠実に評価していた。


 内野と外野を入れ替えてしまうダークヘッドの超必殺シュート。直接攻撃すら許されることを思えば、これくらいのことは許容範囲ともとれる、が――。


「どうしてだ、エイチ。何であんたがダークヘッドなんだよ!?」


 それよりももっと許容できない真実に目を見開いて、ルーキは叫んでいた。


 重ならない。

 こんな手段を用いる卑怯さと、真夜中のコロシアムで一人黙々と練習していたひたむきさが、ダークヘッドとエイチの一致を頑なに拒んでいた。


「俺の練習に付き合ってくれたのに! 俺に必殺シュートを教えてくれたのに!」


 嘲る素振りもなく、ダークヘッドは小さく笑い、


「それはおまえが、本気で強くなろうとしていたからだ」

「俺が敵だとわかっていたはずだ! 敵を強くしてどうする!?」


 言葉を追わせるルーキに、ダークヘッドの穏やかですらある声音が応じる。


「おれはコンドジが好きだ。コンドジに打ち込んでいる者が好きだ。そこに敵も味方もない」


 予想外に真っ直ぐで純粋な言葉に、ルーキは戸惑った。


「……? あんたは、ただコンドジがしたいだけなのか? 町の支配が目的じゃないのか?」

「いいや、ルーキ。“したいだけ”ではない。おれは、おれを焼き尽くしたいんだ」

「なに……? エイチ……何を言ってるんだ」


 ダークヘッドはわずかにあごを持ち上げ、空を見た。雲一つない青空を映してなお、彼の眼は暗い幕で塞がっているようだった。


「おれが幼い頃、おれのせかいでは、誰もがコンドジに熱中していた。おれもその中の一人で、寝ても覚めてもコンドジのことだけを考え、少しでも強くなろうとしていた」


 彼は語り始めた。色の薄い唇が、寂しげに笑う。


「あの時のおれは、コンドジは永遠だと思っていた。こんなに楽しい日々がずっと続くのだと無邪気に信じていた。だが、違った。いつしかみなコンドジに飽き、おれの仲間たちも別のことに移っていった。路を歩けば辻バトルが始まり、未知の必殺シュートの噂を聞けばそれをみなで偵察に行く。そんな日々はもう帰ってはこなかった」


 いつの間にか会場に音はなく、ダークヘッドの言葉は寂寥の強弱までも伝わるほど、ルーキの耳に流れ込んだ。


 客席にまで届くような声ではない。けれど、聞き入るように誰も言葉を発しないのはなぜか。

 それは誰もが。

 当事者だったからかもしれない。


「……だから、人間の町でコンドジをもう一度始めようと思ったのか?」


 ルーキは問いかけた。


「そうだ。奪われた土地を奪い返す。そこに異論をはさむ者はない。やり方など、実行する者が決めればいい。だから、そうした」

「あんたは……!」

「おれは間違っているか? ルーキ」


 先回りしたダークヘッドが言葉をかぶせてくる。


「コンドジがしたいだけなら、もっと普通のやり方で、あるいは故郷で、細々と続けていればよかったか? それとも、おれも他の者たちと同じように、新しいものに移って、そちらを楽しめばよかったか? ――やってみたさ」

「……!」


 その声に滲んだ寂しさと怒りが、ルーキの肩を揺らす。


「かつてのコンドジ仲間に誘われて、やってみた。悪くなかった。コンドジほどの熱狂はなかったが、大勢がそれを楽しむ理由はわかった。おれもそこに馴染もうと努力した……」


 ダークヘッドが諦めたように目を閉ざす。


「だがな、ルーキ。おれは気づいたんだ。かつてのおれは、おれの時間のすべてをコンドジのために“使って”いた。一分一秒をコンドジのために燃焼させていた。しかし……新しいものに移ったおれは、おれのために時間を使ってなどいない! ただ時間を“潰して”いるだけだと……!」


 ダークヘッドの見開いた目が暗く輝いた。怒り、後悔、自嘲、あらゆる負の観念が集結して高温化し、黒い太陽になったみたいだった。


「時間を潰したところで、待ったところで、この先何があるわけでもない。ただ毎日、日が昇り日が沈むその区切りまで、ぬるい火種の隣で己を飼い殺し続ける日々……。耐えられなかった。おれは燃焼したかった。コンドジがしたかった! あの日のように、誰もがそれに熱狂し、酔いしれる灼熱の中央で、一心不乱に焼き尽くされていたかったんだ!」


 血と苦悶を吐きだすような絶叫に、ルーキは叫び返した。


「エイチ……! だったらなぜ、委員長をコートの外に追いやった。うちのチームで一番のプレイヤーだ。いい勝負がしたいんじゃないのか!?」


 しかしダークヘッドは動揺することなく、より強い声で反応する。


「おれは全力でいたい! おれの超必殺シュートは生まれ持ったものだ。あえて封印すれば、不完全燃焼になってしまう。それではダメだ! 持てる力をすべて使って戦わなければ、あの日の感覚は帰ってこない! 今日のプレイのすべては、おれがおれであるために必要なものだった! すべてがだ!」

「エイチ、おまえは……!」


「おれは間違っているか? 間違っているのか!? 言ってみろルーキ!!」


 ダークヘッドの手からボールがこぼれ、ルーキの足元に転がった。

 それは彼からの言葉のようだった。


 ルーキはそれを両手で拾い、胸の前でしっかりと持った。


「エイチ……いや、ダークヘッド。おまえは、“悪”だ……!」


 低く重い声でルーキは答えを告げる。


「コンドジを広めるために、やりたくない人にまで、それを押し付けた。コンドジは過激だが、それでもゲームとして楽しめる人はいる。だが今、コンドジはこの町の恐怖の対象でしかない。本来の楽しみ方をおまえ自身が奪ったんだ。己が楽しむ、ただそれだけのために……! それは悪だッ! 人に対しても、コンドジに対しても悪だ、ダークヘッド!」


 ダークヘッドの唇の隙間から、食いしばった歯が見えた。

 左右から押しつぶしたボールが歪む。ルーキはあらん限りの声で叫んだ。


「だが! おまえは間違ってない!」


「……!?」


 言葉は、響いた。


「おまえは自分のできることを、できる限りの力でやった! 思い通りにいかない日々を悶々と過ごすんじゃなく、そのまま諦めて受け入れるでもなく、どうにかして過去を取り戻そうと足掻いた! それは間違ってない! おまえは悪だが、間違ってない!」

「ルーキ!」


「だからッ……もう言葉はいらない! ここで俺がおまえを倒す! おまえの夢と一緒に叩き潰すッ! それが決着だ。それだけが答えだ! いいだろエイチ!!?」


 ルーキは駆け出した。

 かつてない感情の集約がボールの中で起こっているのがわかる。


「うお、おおお! この気迫……圧力は! 来い、来い来い来いルーキィィィィ!」


 ダークヘッドがラインから初めて距離を取る。


『うおおおおおおおお!』


 絶叫を二人で唱和させ、ルーキは跳躍から渾身のシュートを放った。

 真昼の彗星のごとき凶暴な光を放ちながら、それは一直線にダークヘッドの胸へと届く。


「がああああああああああああ!」


 受け止めたダークヘッドの体が引きずられるように後退した。

 捕らえられてなお暴れ狂う怪魚のようなボールを、ダークヘッドの黒い両腕が懸命に抑え込む。

 一瞬でも気を抜けば、たとえ密着状態からであっても吹き飛ばされる。そんな異様な必殺シュート。


「吹っ飛びやがれダークヘッド!」

「なめるなあああああ!」


 全身全霊の咆哮と共に、ダークヘッドは二つの腕を体に押し込んだ。

 異様な擦過音をまき散らされ、黒いスポーツスーツから摩擦の湯気が立ち上る。


「ぐあああああああああああああ!」


 そして、彼は、その獰猛なシュートを受け切った。

 その姿は、まるで教本に描かれた手本のように正しく、美しかった。


 ウオオオオオオオオオオ!!!!


 客席からすさまじい歓声が沸き起こる。

 いつの間にか、敵も味方もなく、人々は熱狂していた。


 キャッチまでに引きずられたダークヘッドの靴底からは、コートを両断する深い溝が伸びていた。

 ルーキのシュートの異様な破壊力を誰もが悟った。そしてそれを受け切ったダークヘッドの力も。


 大歓声の波紋が吹き荒れる中、ルーキにしか聞こえない小さなつぶやきが、コートの空気を微動させた。


「腕の薄皮の上を走る甘い痛み……。胸の鼓動と重なる心地よい痺れ……。何より、キャッチできたことを誇らしく思えるこの達成感……。これだ。おれがかつて感じていた熱情は、これだ……!」


 彼はボールを、あるいは思い出を、大事そうに抱き留めたまま叫ぶ。


「今わかった……! 必殺シュートは思いを乗せるものではない。思いを繋げるものだったのだ。怒りや憎しみではない。相手を理解し、その上で勝ちたいと思う純粋な闘志の交換……それが真の必殺シュート!」


 黒い太陽がルーキを真っ向からにらみつけた。


「あの日まで確かに持っていて、なくして……今、また見つけた……気づくことができた! 今日までコンドジを続けてきて、本当によかったぞルーキ! さあ、とことんやろう。おまえとならおれは帰れるッ! あの日にッ、あの日の灼熱にッ!」


 反撃が来る。ルーキは万全の態勢で身構えた。


 と。

 そこに冷静な声が割り込んできた。


《ラインオーバー。ボールを外野に譲渡してください》


 水を差すような、粛々とした審判の指示だった。

 ルーキもダークヘッドも、そろって驚く顔を向け合った。

 今の今まで気づかなかった。ダークヘッドはルーキのシュートの威力によって、外野に押し出されていたのだ。


 彼は苦笑し、


「フ……。おれとしたことが、熱くなりすぎて周りが見えなかったか」


 ボールをそばにいたリズへと放り、コート内へと戻ろうとする。


「…………」


 それは、彼女がそれを無言で受け取った、直後。


 ドゴオッ!!!


「!!!???」


 ダークヘッドは延髄にボールを受け、うつ伏せに倒れ込んだ。


 なっ――!?

 会場中がどよめく。


「なに……? ごふっ!?」


 起き上がろうとしたダークヘッドの、今度は顔面側からボールが炸裂し、彼を再びダウンさせた。


「待っていましたよ。この時を」


 冷たく言って、その場で跳ね返ったボールを拾うのは、白い稲妻の化身、リズ。

 今や彼女は、完全にダークヘッドの前に立ちふさがっている。


「い、委員長?」


 ルーキが戸惑う声をあげると、背後からサクラのつぶやきが聞こえた。


「始まったっす……」


 ドゴォ! とゼロ距離でボールを叩きつけられ、ダークヘッドが三度地面を転がる。


「き、貴様!」

「何ですか? 外野が攻撃してはいけないルールでもあるんですか?」


 そう言いつつ、リズがボールを振りかぶる。


「くっ!」


 ダークヘッドはキャッチの構えを見せようとする。リズの攻撃は助走のない通常シュート。たとえ至近距離であっても彼の能力をもってすればたやすく受け止められる。


 しかしリズはクスッと笑い、


「いけないんだ。コートの外に出たら、速やかに内野に戻らないと。まさかボールをキャッチするなんて悠長なこと、しませんよね?」

「な……まさかッ……貴様、まさかあああ――ぐはあ!!」


 顔面を狙い撃ちにするリズのシュートに、ダークヘッドの台詞が途切れる。

 それを内野から見ていたルーキは、さっきまで燃え猛っていた胸の内を瞬時に氷結させられた気分でサクラに問いかけていた。


「委員長は、最初からこれを狙って……?」

「チャート……通りっす……」


 こくりとうなずく忍者の声にも怯えがある。

 ルーキは声を失った。


 どこからそうだったのか。

 これも……三号の時と同じく最初からなのか。


 そもそも、ダークヘッドが超必殺シュートを撃つことでこの布陣は完成した。

 では、攻めあぐねて無駄なシュートを撃ち続けていたことも、布石にすぎなかったのか。


 すべては、この形を作り出すため。

 外野で相手をハメ殺すために。


 外野に出てしまった選手は速やかに戻らなければならない。他の一切の行為は許されていない。

 リズはダークヘッドのコンドジ力を超えていくのではなく、ゼロにしてしまったのだ。


「く……だが、そうそううまく当て続けられるか――うぼぁ!」

「言ってる暇があるなら、早く内野に戻ってくれますか?」


 リズはまたほとんど動かずに跳ね返ったボールをキャッチした。

 軌道は、完璧に制御されていた。


 それからしばらく、静まり返った闘技場に、ボールに叩かれる音とダークヘッドの苦鳴のみが不気味に響き渡ることになった。


 通常シュートの威力は決して大きくはない。

 しかし塵も積もれば山となる。ガバも積もれば再走だ。山羊に足の裏をなめさせ、やがては血を流させる拷問だって世の中にはある。


 当初はどうにかボールを見切ろうとしていた彼も、次第に動きが鈍くなってきた。そして、


「おいルーキ……ぐわあ! この女おかしいぞ――ぐほお! 眉一つ動かさずマシーンのように……がはあ! 人を一方的に……うごお!」


 ダークヘッドがボコボコにされながら、とうとう内野のルーキに訴えてくる。


「あ、あの、いいんちょ……」


 言いかけた台詞は、腕を強く掴んできたサクラによって中断させられた。彼女は青い顔で首を何度も横に振りながら「兄さん、こんなとこでいっちゃダメっす」と訴えた。


 観客席でも青白い顔が並んでいる。


「なんだよあの悪魔……」

「誰か助けて!」

「魔王壊れちゃー↑う」


 敵味方問わずに恐怖するつぶやきが、客席から滴り落ちて、フィールドに流れ込んでいた。


 いよいよ、ダークヘッドの動きがナメクジレベルまで落ち込んできた、その時。

 異変が起きた。


「ま、待て……お、おまえは、それで満足なのか? こんなやり方でおまえは楽しいのか?」

「は?」


 淡々とボールを叩きつけられる合間を縫って、ダークヘッドがどうにか絞り出した声に、リズは初めて怪訝そうに動きを止めた。

 最後のチャンスと思ったのか、ダークヘッドはさらに説得を重ねる。


「おまえも走者なら、ただ奉仕の心で走るわけではあるまい。欲するものがあるはずだ。それを追求しなくていいのか?」

「…………」


 しかし。

 応じるリズの声に、彼が期待した戸惑いも狼狽もありはしなかった。


「わたしは楽しく走るのが好きなんじゃないです……」

「えっ……」


 静かに告げながらゆっくりとボールを振りかぶり、そして、


「速く走るのが好きなんですよおおおおオオオオッ!」


 グッシャアアアアア!


 横をすり抜けざまに放ったシュートはまるで居合抜き。ボールを顔面に突き刺したダークヘッドは、衝撃で仰向いたまま少しの間立っていたが、強張るように持ち上がっていた腕をだらりと垂らすと、やがて声もなく背後に倒れた。


 それからもう、ピクリとも動かない。


 審判が素早く駆け寄ってカウントを三つかぞえた。

 それがダークヘッドの最後だった。


 静まり返る会場に、ぽつりぽつりと、小さな声が沸き上がっていくのをルーキは聞いた。


「ダークヘッドがやられた……」

「何だあのバケモノ、ここにいたら殺される」

「逃げるんだ。今すぐ……!」


 客席の約半分、開拓地を襲撃した者たちが悲鳴を上げながら、こけつまろびつコロシアムから逃げていく。


 担架で運ばれるダークヘッドは病院ではなく、彼らの土地まで直送だろう。

 それは同時に、ルート48・07の完全な解放を意味していた。


 ……ボ。……ト……ボ……! ……トゥマンボ! トゥマンボ!!


 怪人たちが逃げおおせるさなか、その声は産声を上げていた。

 リズの勝利を称える開拓民たちの声。

 一位となった走者だけが浴する栄光。


 ただ客席の全員が、青ざめた顔でそれを連呼していることだけが本来と違う。


 トゥマンボ! トゥマンボ! トゥマンボ! お姉さん許して!


 誰も彼もが、白い稲妻が自分に落ちてくることのないよう、許しを請いながら、その名を叫んでいる。元来、稲妻とは、雷神とは、人の味方であるはずのないものだった。


 こうして酷薄な力が頂点に立ち、ルーキのRTAは終わりを告げた……。


悪とは、もう一つの正義のことである。

従って、善と悪の戦いに妥協などない。

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