第99話・イージスフォード生徒会長VSエーベルハルト副会長
「か、会長……大英雄さんが言ってた宿って、ホントにここなんですか?」
ジャンケンに負けて荷物持ちだったミライからキャリーケースを受け取りつつ、ユリアは信じられないと言わんばかりに見上げた。
「いや、でもだってなぁ……一応聞いてたとおりに来たんだぞ?」
俺もさすがに困惑顔で返す。
元々この宿泊券は、マスターが冒険者時代に手に入れたもの。
渡されたとき、ほんわかした笑顔でこう言われたのだ。
『宿の場所? “街の中央”だからそこを目指せば良いよ』
超絶アバウト。
てっきり看板があるのかと思ったが違った、看板なんかよりもよほど目立っていたからだ。
「街の中央……、そんな曖昧な位置情報だったらもうここしかないよねぇ〜」
同じく見上げるアリサの前には、この巨大都市のシンボルである『ファンタジア・ツリー』がそびえていた。
高さ––––608メートルを誇る、王国最大級の超巨大タワーだ。
昔、天使に水の恵みを願う豊水祭のために造られた、空と地上を結ぶハシゴ。
この宿泊券は、タワーの中に構える五つ星ホテルのものだった……。
「ねぇアルス……、これ……宿泊費いくらよ?」
「豊水祭中の素泊まりなんてぜっっっったい無理だろうが、もしできたとして……、1泊500万はくだらないかもな」
「ごひゃくッ……!!」
普段のバイト代からは考えられない数字、立ちくらみを起こしたミライを慌てて支える。
「ゆ、ユリアは貴族出身なんだろ……? こういうところなんてしょっちゅう泊まってたんじゃないか?」
ブルブル震えながら聞くが、当のユリアは俺の10倍震えていた。
「あ、あるわけないじゃないですかっ! わたし、外泊すら初めてなのに最初から1泊500万……!? 無理無理無理無理! フロントでおしっこ漏らす自信すらありますよっ!?」
「なっ……!! 生徒会で一番金持ちなのはお前なんだぞ! てっきりスラスラ〜っと受付で手続きしてくれるものかと––––」
「幻想ですっ! 貴族にも箱入り的なヤツだっているんです! ここは男らしく、会長が受付をやってくだされば良いのでは?」
「いやいやいや……!! 俺普通の宿ならまだしも、こういうガチ上流階級が来るようなホテルわっかんないから! なんなら部屋の枕がめっちゃ多いくらいの雑知識しかねーから!」
「それだけ知ってれば十分ですよ! さぁ会長行きましょう! 先陣切って受付さんと友達になるくらいの勢いでいきましょう!」
「それできるコミュ力あるならとっくにコミフェスで売り子やっとるわ! なっ……! ちょ、おい離せ!」
本気で服を引っ張ってくるユリア、こちらも少しガチって『身体能力強化』発動。
もはや泥沼の様相を呈し始めたとき、俺たちの横を銀色の髪がなびいた。
「ほい、アルスくん券貸して?」
宿泊券をスッと受け取ったアリサが、ツカツカとタワーへ向かった。
マジかあいつ……! 俺たちは取っ組み合いをやめ、恐る恐るドアをくぐった。
クソでかいエントランスを抜け、ホテルのフロントが見えてくる……。
両隣でミライとユリアが、預けられたネコのように怯えながら密着してきた。
もう引き返せない。
俺はなんとか冷静を装いつつアリサの跡を追った。
「いらっしゃいませ、ご予約は頂いておりますでしょうか?」
遂に受付へ突入。
一歩後ろから眺める俺たちを尻目に、アリサは顔色一つ変えずに券を出した。
「これ予約券です、確認お願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
10秒経過–––––
「お待たせしました。王国特別宿泊券の確認が取れましたので、こちらに代表者様の氏名住所、連絡先などをご記入願います」
文字通りサッと書き上げてしまった。
筆に迷いなどなく、ビビるほどスムーズに部屋の鍵が渡される。
気がつけば、俺たちはあっという間に上層階行きの魔導エレベーターへ乗っていた……。
「あの……。なんかすっごい慣れてたようだけど……」
俺の問いに、アリサは階層ボタンを押しながら答える。
「あ〜……昔から親にはよく外国へ連れてかれててさ、まだミリシア語だからロビーも苦戦せずに済んだよ」
そういえばこいつマルチリンガルだった。
外国語で受付とか自分は絶対無理だわ……、ユリアに至っては緊張で魂抜けてるし。
「いや〜今日はいっぱい戦ったしいっぱい歩いて、すっごい汗かいちゃったな〜」
服をパタパタと仰ぐアリサ、なんかすっごく良い匂いがエレベーター内へ充満した。
「フーン、じゃあさ!」
エレベーターの扉が開くと同時、最初に歩き出たミライがこちらへ振り返った。
「チェックインできたし––––お風呂入っちゃおっか」




