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第98話・わたしは弱いからさ、毒塗ってるくらいがちょうど良いのよ

 

「クッソー! あんの竜王級めぇっ!! わたしにあんな屈辱を与えるなんて絶対絶対ぜーったい許さないんだから!!」


 噴水広場のベンチに座りながら、アーチャー職の冒険者––––レナは1人憤慨していた。

 彼女は大規模バトルロワイヤルに参加して知名度稼ぎを試みたのだが、アルスに敗れたことで夢潰えたところである。


 もっとも、それは彼女自身が招いた結果であるのだが……。

 レナは会場で放った言葉を思い出しながら、タブレットを見つめる。


『無様に地面に這いつくばらせてあげる♪』


 そう宣言した10分後に、画面の中で彼女は完全敗北していた。


「あああぁぁああああああ––––––––!! もう! こんな醜態晒すくらいならいっそ殺してよおぉおッ!!!」


 羞恥と恥辱で死にたくなる。

 何が這いつくばらせるだ。


 自分が地面にめり込まされた挙句、気絶して抱きかかえられてるではないか。

 無様すぎる姿に怒りすら湧く、こんな噛ませ犬となるために生まれたわけじゃないんだぞ!


 と、歯軋りしながらベンチに寝っ転がった。


「あぁ〜……、もうマジ病んだ、煽った敵に無防備なところ抱きかかえられるとか超死にたい……」


 夏風が露出した腕や足を撫でる。

 結局……あの竜王級はとても器用だったのだ。


 範囲攻撃さえ縛らせれば勝てると思ったのに、全く意味がなかった。


「はぁ〜……、わたしにもっと力があればなぁ」


 そうポツリとつぶやいた瞬間、自分の顔を影が覆った。


「誰よ……アンタ」


 端正な顔で見下ろしていたのは、自分とほぼ同じ13歳くらいの少女だった。

 無機質……と言うには、今のレナより血色が良さそうだ。


 さらにはアルスと同じ灰髪だったので、ことさらムカついてくる。


「悪いけどどっか行ってくれる? わたし今ふて寝タイムだから」


「それは構わないけど、あんな負け方しちゃったら……やっぱ悔しくない? アーチャー職のレナさん」


 こいつ……さっきの試合を見ていたのか。


「っ……悔しいに決まってるじゃない、でも敵わなかったからここで寝てんの。そんくらいわかるでしょ?」


「うん……とってもとってもわかるわ、だからこそ貴女にオススメな魔導具があるの」


「魔導具?」


 身を起こしたレナが見たのは、灰髪少女の手のひらに収まる黒い石だった。

 なにこれ……、こんなのが魔導具?


「怪しい宗教じゃないでしょうね?」


「違う違う、これはまさしく神の恩寵……首から下げるだけで一流魔導士になれちゃう優れものなの」


 笑顔でニッコリと、雑なプレゼンを披露する灰髪少女。

 だが人間メンタルが追い詰められていると、普段と違う判断を下すものだ。


「つけるだけで……?」


「そ、つけるだけ。簡単に誰でも、手軽に無敵になれちゃう最強のツールよ」


「そいつは……凄いわね」


「でしょう? これで竜王級を追い詰められるわ! もう泥臭く“弓なんか”使わなくっていいのよっ」


「…………」


 一瞬手に取ったレナは僅かに思考……。

 そして彼女にとっては名称不明の魔導具、『フェイカー』を灰髪少女へソッと返した。


「ごめん、やっぱいらない。自分ってこんな弱っちい人間だからさ……弓に毒塗ってるくらいがちょうど良いんだわ」


「………………」


 今度は灰髪少女が沈黙する。


「あ、そう」


 なんだこのピリピリした空気は……、いや、これは空気なんかじゃない––––肌へ痛みが走るほどにドス黒い魔力だッ。


「やはり根っからの雑魚じゃ救いようもないか、せっかく“アルスお兄ちゃん”を貶める手札にしてあげようと思ったのに」


 眼前から灰髪の少女がフッと消え去った。

 困惑と冷や汗が止まらない……、なんだったのよ……今の。

 しかもアイツ、いま竜王級のこと––––


「ほらミライ頑張れ、目的地まであと少しだぞ〜」


「ま、待ってよアルスー! いくらなんでも4人分の荷物はヤバいって!」


「お前が荷物持ちジャンケンなんて古風なことしようって言い出したんだぞ、負けたんだから諦めろ」


「そんな〜っ! 鬼! 悪魔! 悪の生徒会長〜ッ!」


 聞き覚えのある声に振り向く。

 まさか。


「むっ……! アレは!?」


 間違いない。

 あの4人––––竜王級に、王立魔法学園の生徒会一同だ。

 たしかファンタジアには旅行で来たのよね……? そうだっ!


 ベンチを立ったレナは、桃色の髪を揺らしながら人混みに紛れ込んだ。


「見てなさいよ竜王級、アンタの弱点––––なんとしても見つけてやるわ!」


 追跡を開始。


 今度こそわたしが生徒会諸々ぶっ倒して、ドヤ顔決めてやる!

 そんな下心と、やはり三流っぽいことを思いながらレナはアルスたちの跡をつけ始めた。


 ……まさか、彼らの目的地がファンタジアの中でも“あそこ”とは知らずに。


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