第95話・代償は払わないとな
バトルロワイヤルも終わり、優勝賞品授与式を残すのみとなった俺とアリサは、会場へ向かうため通路を歩いていたのだが。
「えーっと、……何か用?」
通路の真ん中にデンと立った冒険者レナが、額に包帯を巻いた状態で立っていた。
「フン! なんの用とは失礼ね、せっかくわたしが怪我を押して来たってのに」
「試合に勝ったのは俺らだ、逆恨みは勘弁だぞ」
「勘違いしないでもらいたいわね竜王級っ、このわたしがそんっっなつまらないことで来るわけないでしょ?」
じゃあなんだと思った矢先、レナは目を逸らしながら意を決したように口開く。
「ッ……! ゆ、優勝おめでとう……っ、っつかアンタたち強すぎだわ。次会う時はもう少し手加減してもらえると……ありがたい」
フーン、少しは素直なところがあったんだな。
てっきり煽られるかと思ったが、杞憂らしい。
さてどう返してやろうかと思ったが、肝心な言葉がないことに俺たちはすぐ気づいていた。
「それだけ?」
「へっ!?」
不機嫌そうなニコニコ顔を浮かべたアリサが、レナへ近づきアゴをクイっと持ち上げた。
「あれだけ啖呵切って、アルスくんに好き勝手言った上で負けたんだから……さすがに謝罪くらいは必要だよねぇ?」
「しゃ、謝罪ですって……!? するわけないじゃない!! わたしは誇り高き弓ギルドのリーダー、アンタらみたいなチートチームにそんな道理––––」
無言でタブレットを取り出したアリサが、ライブ配信のアーカイブを彼女へ突き付ける。
そこには、公正な試合で毒矢攻撃をしたレナが映っていた。
「チキンな遠距離攻撃に加えて、毒まで使っちゃう自称弓ガチ勢と––––攻撃魔法全般を縛って戦ったわたしたち。ネットの反応見れば一目瞭然だと思うけど?」
「ウグッ……!!」
見れば、チャット欄は毒矢を使うレナに対して辛辣な意見が多く目立つ。
このまま放置すれば、炎上してしまうだろう。
そうなれば、ギルドの信用は終わりも同然だ。
「ふざけないでっ! 寿ぐだけ感謝しなさいよ! ただでさえ無様な姿晒しちゃったのにこれ以上––––」
アリサが遮る。
「今アルスくんに謝れば、ネットの火消しくらいはしてあげれるよ? 仕事を守らなきゃギルドのメンバーさんたち食いっぱぐれちゃうんじゃないかな〜」
そこまで言われて、ようやく諸々を理解したらしい。
この人間社会––––相手を不快にさせたら、キチンと謝らねばならないのだ。
“ごめんなさい”。
そのたった一言だけで、こちらがネットの火消しまでしてやるのだからレナは否定できようはずもなかった。
彼女は涙目でグッと頭を下げる。
「ウゥ……わたしが愚かで、大バカ者でした……ズビッ。イキってごめんなさい」
アリサが笑顔で頭を撫でる。
「うん、会ったときからわかってたよ。これ今日1日着といて」
そう言ってアリサが渡したのは、文字が書かれた白い長袖。
これあれだ……よくある面白い用語を載せたネタシャツ。
ただ、その服にはスラングじゃなく『おバカちゃんです』と大きく書かれていた。
「––––ッッッッッ!!! ぜっっったい……いつか殺すッ、覚えてろおおおぉぉおおおッ!!!」
捨て台詞を叫んで突っ走っていくレナ。
律儀にも、おバカちゃんシャツはしっかり着ていった。
あれ着て外歩くのはなかなかキツイものがあるな。
……ちょっとは水に流してやるか。
「っつか、あのシャツなに?」
「あぁアレね、せっかくみんなで宿に泊まるんだし、罰ゲーム付きの遊びで負けた人に着せようと作ってきたんだ〜」
「自作かよ……、しかも俺らに着せるつもりだったのか」
「大丈夫大丈夫、スペア持って来てるから罰ゲームできるよ?」
なんつー用意周到さだ。
その入念さを、普段の誤字や凡ミス改善に役立ててもらいたい。
彼女と一緒に商品授与式へおもむくため、再び通路を歩く。
「それにしても、チートだなんだと言われるのはやっぱ嫌だな。こっちもそれなりに苦労を重ねてはいるんだが……」
「アルスくんはそうだね、まぁ……わたしに関してはあながち間違ってないけど」
「っ、どういうことだ?」
「わたしのユニークスキルは、“わたしの能力じゃない”って言えば良いかな––––そういう意味ではチート女だ」
自分自身を醜く嘲笑うかのように、頬を吊り上げるアリサ。
思わず質問しようとした俺の声は、会場の熱気と太陽の明かりに遮られる。
「優勝コンビの入場です!! さぁお2人共こちらの壇上へどうぞ!!」
司会者に促され、壇上へ登る俺とアリサ。
9割とはいえ、割引券にずいぶん豪勢な式である。
企画したヤツはさぞ変人で–––––
「それでは! 本イベントの実行委員長を務める大賢者、ルナ・フォルティシア様が直接祝辞と商品をお渡しします!!!」
は……?
真っ白になる頭、視界の先で現れたのは俺たちとそう変わらない若さ……っというか全体的に幼い女性だった。
「やぁやぁやぁ! 水も蒸発する見事な試合じゃったのぉ、こんなに熱狂したのは樹の管理人を辞めて以来じゃ!」
薄い金髪をなびかせ、デカいトンガリ帽子をかぶった魔導士風貌の大賢者––––ルナ・フォルティシアは快活に笑う。
関係者用の席で、ユリアが激しく立ち上がった。
「祭りの盛り上げ感謝するぞ、竜王級––––アルス・イージスフォード」
彼女こそ、俺たちがこの街へ来た目的そのものだった。




