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第91話・闇ギルド・ルールブレイカーの最重要中核人物

 

 ––––王都 在王国アルト・ストラトス大使館。

 別大陸の超国家にして、ミリシアへあらゆる兵器を供給する友好国の窓口。


 その堅実かつ豪奢な造りの大使館を、大英雄グラン・ポーツマスは来るたびに新鮮な気分で見渡していた。


「なんだいグランくん、そんなにキョロキョロして?」


 隣を一緒に歩いていた、黒い軍服姿の男。

 金髪碧眼で端正な顔立ちをした彼は、この大使館のボス。

 ジーク・ラインメタル大佐だ。


「いえ、綺麗に直したものだなと思いまして」


 グランは、過去の苦い思い出をふと掘り起こしながら一言。


「ハッハッハ! 当然だろう? 君が数年前やった我が“大使館襲撃”は伝説だからね、本国の連中も驚いて予算を多めにくれたんだよ」


「いやはや……その節は本当に申し訳ないです、あの頃はなんかこう、色々はっちゃけてたんですよ……自分」


 大英雄グラン・ポーツマスは、自らの胸中に封印する黒歴史に時々苦しんでいた。

 それは、今の大人しい彼からは想像もできないような過去。


 英雄ともてはやされ、調子に乗っていた時期が少しだけ……グランにもあったのだ。

 一口にどれくらいかと言うと、大佐の言う通り大使館を襲撃するレベルのものだった。


「まぁ気にするな、君はいまや我々になくてはならない存在だ。現に––––2年前襲ったこの大使館で僕と蜜月の関係を築けているじゃないか」


 執務室の扉を開けるラインメタル大佐へ、グランは軽く頭を下げながら続いた。


「いやはや、大人というのは大変なんですね……。正直舐めてましたよ」


「あぁ大変だとも、なればこそ……息抜きはとても重要だ」


 天井から下がってきた巨大魔導モニターに、ラインメタル大佐は私物タブレットを繋いだ。

 画面には、3人の人間をコッソリカメラに収めた盗撮写真が映っていた。


「この写真は?」


「君が望んでた情報の断片、闇ギルド・ルールブレイカー……その中心人物たちだ」


 内1人の写真がズームされる、白衣を纏った高身長の男だった。


「このいかにもMADチックな研究者が、“ドクトリオン”。元国防省 技術研究本部 先進魔導技術研究の主任だった男だ」


「彼は数年前行方不明になったと、国防省の友人から聞きました……。まさか三大闇ギルドに与していたとは」


「あぁ、彼の技術力は世界でも随一と聞く。そんな男がルールブレイカーで何を目論んでいるのか……正直わからんね」


 画面は街中を歩く別の男を映した。

 こちらも高身長、年齢は20代後半と思われる長髪の男性だった。


「こいつが“スカッド”、闇ギルド・ルールブレイカーの現マスターだ。実力は魔人級の中でも限りなく上……おそらくランキング1位である君の妹ですら敵わないだろう」


 グランは思わず歯軋りした。

 こいつが神の矛を取り込み、魔導士モドキを生み出し続けている……すぐにでも殺したい衝動に駆られた。


「やはりこいつが、人工宝具(フェイカー)をばら撒く主犯なのですね」


「スカッドの目的は、彼が主体となる超巨大能力売買市場––––『ヘブン・マーケット』の創設だ。フェイカーばら撒きはその布石だろう」


 彼こそ最重要危険人物と念押しながら、大佐は最後の写真をズームする。


「これは……っ」


 映っていたのは少女だった。

 年はカレンと同じ14歳くらいか……、アルスと同じ灰髪をなびかせた女の子。


「先に言っておこう、この少女に関しては情報がほとんどない。国家公安本部と国家安全保障局、我が国の対外諜報部をもってしても名前くらいしかわからなかった」


 それだけの国家機関をもってしても、特定できない……。

 ある意味で、前者2人よりも不気味さを感じた。


「大佐、彼女の名前は?」


「……」


「大佐?」


 ため息をついたラインメタル大佐は、部屋の防諜魔法を確認した後、グランを見つめた。

 そして、「落ち着いて聞くように」と前置きする。


「判明した彼女の名前はレイ……、“レイ・イージスフォード”だ。現在はルールブレイカーの大幹部であるとされている」


 イージスフォード……。

 つまり、ヤツは……この少女はッ。


「一旦休憩にしようグランくん、これ以上熱が入ると良くない」


 画面が閉じられる。

 グランは未だ、全身の力が抜けたような感覚になっていた。

 諸々察したらしい大佐が、紅茶を用意してくれる。


「せっかくだ、【温泉大都市ファンタジア】で豊水祭というのをやっているんだろう? ライブ配信でも見てみようじゃないか」


 ユグドラシルで誰かが生配信しているのを、モニターに映し出す。


「はっちゃけろ、水滴弾けるファンタジア大乱闘……? ずいぶん個性溢れる名前ですね」


「フム、どうやら大規模バトルロワイヤルらしい……」


 まだ大佐が言っている途中、5つある予選会場の内1つで人間が500人くらい同時に吹っ飛んだ。

 一瞬爆弾でも落ちたのかと思ったが、違う……中心に人がいた。


 司会とおぼしき声が、大音量で流れる。


『な、なんということでしょう……!! こちら予選Cスタジアム、たった1組のペアが600人近くいる他参加者全てを場外に落としてしまいましたっ!!!」


 手練れ600人を叩き落としたその人物は、非常に見覚えがあった。


『りっ、リスト上がりました! Cブロック予選通過者はたった1組––––アルス・イージスフォード&アリサ・イリインスキーのペアです!!」


 まさかここで見ると思っていなかった大佐はその場で大笑いし、グランも目を見開く。

 だが同時に、なぜか気持ち悪い脱力感からも解放されていた。


「……大佐」


「あぁ、何かね?」


 画面を見ながら、グランは穏やかな表情で呟く。


「彼がいるなら––––つまらん心配なぞ、どうにでもなるでしょうね」


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