第86話・もっと旅らしい話題しましょうよぉ!!
女子3人と乗る機関車は、王都を抜けて湖の傍を走っていた。
移り変わる景色、これからの予定などを車中で話し合う––––
「……わたしさ、最近百合モノも良いなって段々思うようになってきたの」
なんてことは全くなかった。
ガタゴトと揺られる列車の座席で、隣に座るミライが唐突に口走る。
車窓から広がる景色など、全然見ていない。
「旅の始まりにブッ込むセリフじゃねぇな……しかもお前BLサイドの人間だろ? とうとうジャンル替えか?」
「違うちがう、たしかにアルスみたいな男で言葉にできないこと妄想するのは大好きよ。でも女の子同士のフルーティーな恋愛だって悪くないなーと、ヲタ的に思うようになったわけよ」
今なんつったこいつ。
でもまぁわからなくもない、俺だって百合モノの漫画は読んだりするし。
最近で言えば、アリサが放ったユリアと付き合ってる発言……冗談だったけど少しドキッとした覚えがある。
「アリサちゃん的にはどう?」
正面の2人用席に座るアリサは、品定めするようにジックリ見つめて––––
「うーん……ミライさんもすっごく美味しそうだけど、食べちゃうならユリかなぁ」
まんざらでもないのかよ。
「ちょっと……そういう物騒な話題をわたしでするの、やめてもらえませんか……?」
アリサの隣に座るユリアが、サーっと顔を青ざめた。
実際、アリサに関しては男との恋愛に興味が無さげ。
むしろこいつ、女子しかそそらないくさいんだよな。
「そもそも、なんで旅行の道中でBLや百合の話題になるんですか!? もっと旅らしいこと話しましょうよ!」
「っと言うと?」
「ほらっ! 眼下に広がる雄大な景色が––––」
ユリアのプレゼン中にも関わらず、列車は無慈悲にトンネルへ突入した。
しかも微妙に長いようで、10秒そこらじゃ出る気配すらない。
「ムゥ〜ッ……!! タイミング悪いですっ!」
顔を真っ赤にする彼女へ、アリサがバッグを漁りながら言う。
「じゃあじゃあ、そんな難攻不落のユリはまずお腹から攻めないとだね」
普段の言動から一瞬腹パンでもするのかと身構えたが、そもそもこいつは殴られるのを喜ぶ側。それはありえない。
俺が疑問を抱くのを見計らうように、ピクニック・バスケット(弁当箱)が彼女の膝に置かれる。
「ジャーン!! これが春夏秋冬、一世一代! アリサ特製弁当だー!!」
あぁ、お腹から攻めるってそういう……。
春夏秋冬とかいう言葉の必要性はよくわからないが、フタを開けると中から大量の色とりどりなおかずが出てくる。
俺たちは思わず声を上げた。
「すっげ……! これ全部手作りか?」
「うん……! 今日のためにめっちゃ頑張ったよっ」
「やばっすごーいッ!! 実は朝ごはん食べ損ねちゃってたんだ〜。アリサちゃん貰ってもいい?」
「もっちろん! アルスくんとユリも食べて食べて!」
促されるように、卵焼きをいただく。
あっ……これ美味いやつだ、砂糖いっぱい使ってるタイプのしっかりした味付け。
「アリサ……」
「うん? なにアルスくん」
「今まで元気だけが取り柄のポンコツと思ってて悪かった」
「そんなこと思ってたの!? こう見えてわたし、マルチリンガルだし調理関係の資格も持ってるんだよ!?」
なるほど……、だからこいつ語学や家庭科の授業だけいつもトップだったのか。
やはり大陸一の天才が集まる王立魔法学園の生徒、腐っても実力は備えている。
「アリサちゃん、間違いなく良い嫁になれるわぁ……」
「えっへへ〜、ありがとミライさん」
ハンバーグを幸せそうに頬張るミライが、換気のために窓を少しだけ開ける。
もうトンネルは抜けたので、再び景色が見えていた。
それにしても料理か……今どき台所に立つ男というのは好かれるらしいし、今度教えてもらうのも良いかもな。
「––––そういえば皆さん、聞きましたか?」
サラダロールを飲み込んだユリアが、タブレットを見せてくる。
「最近、“魔導士モドキ”に続いて未知の能力者群による襲撃が相次いでいるんだとか。これは王国警務庁と公安、国通省から出された警告です」
拝見。
たしかに、行商人––––それも『アルナクリスタル』を運んだ車列を襲っているようだ。
アルナクリスタルとは、魔法杖やあらゆる魔導具のコアとなる鉱石だ。
「物騒ね〜、でもエーベルハルトさん……この記事とわたし達にどういう関係があるの?」
「いえほら、コミフェスの件もあったじゃないですか。いつまたテロに遭うかわからない以上、旅行中も注意すべきだと思って」
「それに」とユリアは付け加えた。
「この列車……、客車と別で後方3両にアルナクリスタルがギッシリ積んであるらしいんですよね……」
あ〜たしかに、乗るとき後方車両には機関砲らしきものが上部へ据え付けられているのを見た。
たぶん軍の装甲列車を一部使ってるんだろうが、さすがにこんな初っ端でエンカウントする可能性なんて–––
––––ドドドドドンッ!! ズドドドドドドドォオッ––––!!!
けたたましい機関砲の発射音で、俺たちは食事を中断させられた。
どうやら、そのまさかのようだ。




