第81話・ユリアとミライは素直じゃない
「ッ……」
慣れない白色の天井を、ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトは保健室のベッドに身体を預けながら見上げていた。
意識自体はあったものの、やっとハッキリしだしたのが10分程前。
記憶が混濁していて上手く思い出せない……。
「あれ、会長に銃を見せてもらって……そうだ、モンスターは」
シャボン玉のような記憶をたどたどしく言葉にしていると、横から声が掛けられる。
「“ドロドロ”とかいうのはアルスが塵も残さず倒したわよ、だから安心して、エーベルハルトさん」
振り向くと、背もたれのない椅子に座ってこちらをジッと見つめるミライの姿。
夕焼けが差し込んでおり、目を細めながら上体を起こす。
「ブラッドフォード書記……、どうも貴女にはわたしのベッド姿をよく見られますね。会長と戦った日を思い出します」
「アルスは事後処理で今も奔走中よ〜、アリサちゃんも手伝いに出てるからわたしが来たってわけ」
「あぁ、そういうことでしたか……」
数秒の沈黙を破って、ミライが口に出す。
「エーベルハルトさんにしては、らしくなかったわね」
ミライの視線の先では、真っ二つに折れた『インフィニティー・オーダー』が立てかけられている。
まるでユリアの心情を表しているようだった。
「貴女にそんなことを言われる日が来るとは、思ってませんでしたね……。まぁ反論の余地なんて無いのが悔しいですけど」
「かつてわたしをコテンパンに倒してくれた相手が、モンスター相手に保健室送りになったって聞いたんだから……憤慨くらいするわよ」
「ごもっともね、ブラッドフォード書記」
困ったような表情をしながら、ミライは組んでいた細い脚を解く。
「直せるの……? “宝具”」
「わたしには無理ですね……、宝具というのは古の女神アルナが遺した人外未知の兵器。使用はできても修復となると……」
「まっ、普通無理よね〜。あんなガチャガチャ杖やらハンマーやら剣やらに変形する武器、普通作れないって」
「応急修理くらいならなんとかできたんです、でも……」
2人の行き着いた結論は同じだった。
「アルスと公式戦で戦った時のダメージが、宝具自体に響いてたのかもね」
「はい、『身体・魔法能力極限化』を発動した会長の攻撃は文字通り桁違いでした。竜王の本気……応急修理では到底追いつかないダメージだったのでしょう」
乾いた笑いを浮かべたユリアは、「皮肉ですね」と呟く。
「誰よりも強いと自負していたわたしが、誰よりも宝具に依存していたなんて……喜劇もいいところですね。笑って良いですよ」
ほんっと……らしくない。
身を乗り出したミライは、陰鬱な顔をするユリアの頬を思い切り引っ張った。
「フニャッ!?」
「なに勘違いしてんのよ学園2位、アンタは幼少から宝具の使い方を常に考えてきたんでしょ!? じゃなきゃ絶対あんな器用には扱えないっ」
引っ張っていた手を、赤くなった頬から離す。
「これは……アルスがよく言ってることなんだけどさ––––」
立ち上がったミライは、優しく微笑んだ。
「生身の人間はモンスターより弱い、だから弱小生物だーなんて言説はまったくもって的外れだ」
淡々と、自分が好意も実力も器も認めた唯一の男を模倣する。
「人間はその手で武器を操り、歴史上強大な敵を打ち倒してきた……人と武器は互いに絶大な相乗効果をもたらす。道具を使うというのは己自身も強くなるということだ」
こんなことで迷わないで欲しい。
わたしを倒したアンタがこんなんじゃ、このわたしが報われないだろう!
「それを……会長が?」
「そっ、ホント笑えるよね。自分が一番凄まじい能力持ってんのに、こんな素朴な考えを根っこにしっかり持ってんだから……」
「でも、会長らしい……銃が好きというのもそれを聞けば納得です。竜王級の能力に驕らない姿勢は……敬服に値しますね」
「かく言うわたしも、アイツにこないだ魔法杖を誕プレで貰ったんだ〜。アレがなかったら……大事な妹は今頃死んでたかもしれない」
「あぁ、あのアーティファクトですか」
アルテマ・クエスト。
そこで『雷轟竜の衣』を発動できたのは、間違いなくアルスの他に杖の影響があった。
武器を使うのは恥でも弱さでもない、己の限界を理解し、超えるために必要だと本能で知っているからだ。
アイツなら必ずそう言う、それこそが人間の強さだと。
まっ、人から奪った能力でイキるクズも世にはいるのだけど。
「アンタが強いのはわたしと、アルスが誰より知っている。だから元気出して……そうしたらすぐ光明も見える」
「フフッ、笑う門には福来る……ですか。じゃあそうさせてもらいましょう、お見舞いありがとう––––ブラッドフォード」
「どういたしまして……エーベルハルト。あっ、公式戦はいつでも募集してるから♪」
「別に貴女くらい素手でも叩きのめせるわ、ランキングが落ちて良いならご自由に」
保健室を出たミライは、木製の扉をソッと閉めた。
「アイツもわたしも、ホンっトお互い素直じゃないよなぁ。……そこが良いんだけどね」




