第79話・俺が他人にエンチャントしない訳
付き合う。
それが意味するところはたった1つ、けれど本当にあり得ていいのか?
いや……この国で同性同士が付き合うなど、いまさら珍しくも驚きでもない。
だがアリサとユリアが、まさか……。
俺は震える。
それを見たユリアは凄く重そうな顔をして––––
「フゥッ……アリサっち。いくらクエスト置いてけぼりでつまらなかったからって、会長が本気で驚くような嘘はダメですよ」
ニコニコ顔だったアリサが、不機嫌そうにむぅ〜っとほっぺを膨らませた。
「えぇ〜別にいいじゃん! これくらい言わなきゃ会長またミライさんだけ連れてどっか行っちゃうよ? そんなの寂しいじゃん!」
「妬くのは良いですけど、嫌われたら寂しいもなにも無いですよ」
「あぅっ! ご、ごめん……」
……はっ? なんつった、寂しかっただけ……?
構ってほしくてこんな大仰な嘘を……?
ってことは––––
息を吸い込み、俺は大きく吐き出した。
「あぁ〜ビックリしたああぁああ!! 俺らがクエスト行ってる間に色々ライン飛び超えたかと思ったわ……!」
「アリサっちは親友ですけど、それ以上の目では見てないから大丈夫ですよ。まぁ……彼女の方はあながち全部嘘ってわけじゃないのが怖いんですが」
そうかそうか、なるほど理解した。
つまり俺たちがアルテマ・クエストへ行ってる間、留守番に回されたアリサが激しく嫉妬したようだ。
でもまぁ……。
「あぎゃうッ!?」
俺は超高速でアリサの背後へ回り込むと、100分の1くらいの力で手刀を後頭部へお見舞いする。
ぎゃーッと絶叫しゴロゴロのたうち回る彼女は、入学試験で戦ったあの日と変わらない。
「生徒会長を騙くらかすとは……、ずいぶん偉くなったんだなぁ会計?」
「ごめんごめんごめんッ!! タンマ! もう既にめっちゃ痛いからっ! ユリ助けてぇっ!!!」
頭を押さえ、半泣きで助けを求める。
「自業自得、もう2、3発痛い目に遭ってください」
紅茶を啜りながら見下ろすユリア。
「そういうことだイリインスキー会計、嘘をつく相手と日は選ぶこと……高い授業料だったな」
「ち、違うの会長……っ! わたしはただちょっと羨ましかっただけで、決して悪意は––––」
制裁。
悪意しかなかった目の前の銀髪っ娘を黙らし、俺は部屋の隅へ向かって歩く。
「そういえば会長、木箱の中身ってなんなんですか? ずいぶん重かったですけど」
床に伸びて目を回すアリサの頭へ、濡れタオルを乗せたユリアが呟く。
「おう、知りたいか?」
「ぜひ、会長のお荷物がどんなのか知りたいです」
「そうかそうか! じゃあ見せるよ」
木箱から、お菓子でも文房具でもなくKar98k (スナイパーライフル)が出てくる。
「なんというか……とても会長らしいです、予想通りすぎて面白味はないですが」
「そうか? でも今回の目玉はこれじゃないんだぜ」
別の箱には、梱包された”弾薬“群。
パッケージごとに色分けされており、種類が違うのがよくわかる。
「これは、フラグメンテーション弾」
「フラグ……? 聞かない名前ですね」
「警務隊で使われてる弾薬だ、普通の弾だと貫通して周囲に余計な被害が及ぶ。でもこれは貫通能力がないから被害を最小限に抑えられるんだ」
「へぇ……勉強になります、こっちは?」
緑色のパッケージを指すユリア。
中には先端の凹んだ弾が入っていた。
「それはホローポイント弾、一般的には対モンスター用として使われてる」
「普通の弾より強いんですか?」
「肉体組織の破壊能力ならトップクラスだ、詳しく話すとグロいから控えるけど、今回多く取り寄せたのは基本的にそれ」
弾薬を指でコロコロ遊んだ彼女は、箱に戻しながら言う。
「しかし……、銃じゃなくて戦闘時に会長が他の人へエンチャントを掛けるのじゃダメなんですか? そうすればピンチも減ると思うのですが」
「まぁー……考えはしたよ、けどそれは却下だ」
俺は窓の外を見ながら、ため息をつく。
「嫌なんだよ。ギルド時代……3年間前線で働き、エンチャントをかけ続けた俺に与えられたのは罵倒と無能の烙印。それだけだった」
「ッ……酷すぎます、いくらなんでもそんな仕打ち……!」
「基本的人権なにそれ状態だったからな、それでギルドを追放されたとき決めたんだ……もう他人には二度とエンチャントを掛けないって」
だってそうだろう。
自分の全てを渡した結果、見返りが自分を全否定する言葉と行動。
そんなことされれば誰だって嫌にくらいなる。
「それに……俺のエンチャントはいかんせん強力過ぎるんだ、『神の矛』を見てわかったのは、俺が誰かへ力を与えると––––その人の成長機会を根こそぎ奪ってしまうということ」
だからミライやユリア、アリサには今度こそ俺へ依存しない、自分だけの強さをちゃんと持っていて欲しい。
古代帝国跡地の脱出時、怖気付くミライを叱咤激励したのも彼女の成長を望んだからだ。
忘れちゃいけないのは、彼女たちが大陸でも選りすぐりの天才だということ……。
『神の矛』と違い、“自分”をしっかり持った人間なのだ。
「なるほど……非常に合点がいきました、すみません。無粋なことを聞いてしまって」
「気にすんな、いつか説明しなきゃとは思ってたし。それよりもう午後の授業が––––」
言いかけた瞬間、生徒会室が縦に大きく揺れた。
ズンッという地響きと、窓ガラスを揺らす爆音。
地震ではない、爆発によるものだ。
「……ヤバそうですね」
ユリアが宝具を具現化しながら、呟いた。
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