第77話・我々の目的は、世界規模の能力売買市場だ
敵側視点
「もしもし……わたしです、えぇ、“ヘブン・マーケット計画”は順調に進んでいますよスカッド様」
温泉が人気な大観光都市、水源の豊富さを強調するかのように寒色が基調となった街並み。
そこの公衆電話ボックスで、灰髪の少女が受話器を耳に近づけていた。
ユグドラシル製機械の奥から声が響く。
『順調か……、魔人級の能力が入ったフェイカーを失って、なおそう言える君はずいぶん豪胆なのだな––––レイ』
「ッ……!」
レイと呼ばれた灰髪の少女は、声にならない感情と共に歯軋りした。
彼女は闇ギルド『ルールブレイカー』に所属する幹部であり、最近では『神の矛』と接触している。
数百億はくだらない竜王級の能力を奪う投資として、『フェイカー』をラントに渡し自信満々で差し向けたのだが……。
「必要な投資の範疇だと……考えております」
『詭弁を弄すのも大概にしたまえ、リスク管理を怠った上での損失は投資と呼ばないよ。君ならそれくらいわかると思うのだが……』
電話先の向こう––––ギルド・マスターであるスカッドに、鋭い怒りを向けられていた。
「申し訳ございません……。竜王級の動向を把握しておきながらの体たらく、返す言葉もありません」
『最初からそう言ってくれればいい、私はレイを信用しているからこそ今回の投資に踏み切ったのだよ。魔人級フェイカーの価格は知っているだろう?』
「1つ5億レルナ、神の矛に渡した分が3つだから……計15億レルナです」
魔人級魔導士は、当然ながら探して簡単に見つかる存在ではない。
まして、能力を奪うとなると相当な準備期間や資金が必要になる。
今回『神の矛』に渡した分だけでも、彼らルールブレイカーにとっては発足史上最大の投資だった。
『古代帝国跡地で完全に竜王級を仕留めると聞いていたが、敗因はわかっているのだろうね?』
「ッ……」
レイは押し黙るしかなかった。
なにせ、考案した作戦はこれ以上ないくらい円滑に進み、最高のシチュエーションで最大級の火力をぶつけていた。
なのにその一切を跳ね除けられたのだ。
『どうした? 聞こえてるかね?』
まだ生きていた古代帝国のシステムをハッキングし、エルフ王級に等しい魔導機兵の超大量投入。
それだけでも十分だと思っていた作戦に加え、魔導スーツで異次元の強さを手に入れたラント・ガスドック。
彼をトドメとしてぶつけることで、100%瀕死に追い込む算段だった……。
細かい部分ですら予防に予防を重ね、全てを徹底したのに。
「竜王級の力が……常識のそれを超えていたとしか、……正直完全に想定外でした」
これしか言えなかった。
あの場で、あれ以上の火力と戦力は望めない。
強化スーツ着用の魔人級魔導士モドキが、ただの物理攻撃で倒されるなんて考えもしなかったのだ。
あるのはただ、総額5億の能力者が手も足も出なかったという事実……。
『まぁそう悲観しなくていい、今回の件で竜王級の力はさらに希少価値を増すだろう』
「……っと言いますと?」
『金額にして5億レルナ以上の攻撃をアッサリ凌いだ、この事実だけで取引金額は1000億をゆうに超えるだろう。売る客が個人から組織––––国家へとグレードアップできる』
1000億と言うと、もはやごく一部の超富裕層や組織、国家レベルが扱う金額だ。
一個人の能力としては、既に別次元の取引価格である。
それだけの価値を、『ルールブレイカー』は改めて見出していた。
『忘れてくれるなレイ、我々が目指すのは世界規模の超巨大能力市場だ。そこで最高のスタートを切るには、最上の商品がいる……なんとしても竜王級の能力をフェイカーに納めろ』
受話器をグッと握り、レイは身を引き締めた。
「わかりました、我ら現生の古きルールを打ち砕き、新秩序を創りし者––––粉骨砕身の気持ちで臨みます」
『あぁ、期待しているよ』
電話を切る。
外へ出たレイを、眩い太陽が照らした。
何気なく空を見上げながら––––彼女は微笑んだ。
「やっぱり凄い……数億レルナの攻撃じゃ手も足も出ないなんて、見てみたい……、もっと知りたいよ」
肩に掛かる灰髪を振りながら、レイは人混みに紛れていく。
「会えるのが楽しみだね……お兄ちゃん」




