第76話・もう引き伸ばさない、俺は鈍感系を名乗れるほど鈍くない
「んっ……、あれ……? ここは––––」
古代遺跡からそう遠くない草原、木陰の下で目を覚ましたカレンが不思議そうに顔をキョロキョロ動かす。
車から持ってきた医療キット、その回復ポーションが効いたらしい。
「迷宮傍の草原、昨晩夜を明かした場所の近くだよ。頑張ったなカレン」
「っ……アルス兄!」
目尻に涙を浮かべたカレンは、起き上がった瞬間俺の胸へ体を押しつけてきた。
倒れそうになるのを堪え、頭をゆっくり撫でてあげる。
「ホント……おっそいよ! わたしたちもう少しで死ぬところだったじゃん……っっ!」
「ミライにも言われた、遅れてごめんな」
「ぅぅ……謝んないでっ、元はと言えばわたしの油断も一因だったんだし……。そうだ! ミライ姉たちは?」
俺は車の方を指さしてやる。
同じく一命を取り留めた女性魔導士、そしてこちらへ走ってくるミライ。
「カレンちゃああん!!!」
「わぶっ!」
彼女へ抱きついたミライは、頬をスリスリしながらギュッと寄せる。
めちゃくちゃに号泣していた。
「良がっだぁあ! 生きてる! わたしの妹生きてるよおぉっ!」
「ミライ姉っ、ちょ……! リアクションがオーバー過ぎて恥ずかしいっ、アルス兄が見てるのに!」
「やだっ! 離さない! お姉ちゃんなら妹を心配するのが普通なんだよ、それがなに!? わたしだけ逃げろなんて……そんなのできるわけないじゃん!」
ミライから聞いた。
彼女たちをラントから逃すため、カレンは自分を置いて逃げろと指示したらしい。
もっとも、こいつがそんな指示聞くわけもないが。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「もう二度とそんなの言わないって、誓ってくれなきゃ許さない」
「ち、誓いますっ! 誓うからそろそろ離して!」
ようやく解放されるカレン。
バツの悪そうな顔で立ち上がり、彼女はこちらへ背を向けた。
「……借りはまた必ず返す、……ありがとう––––“兄さん”」
ケッテンクラートの方へ、カレンは急ぎ足で歩いていく。
相変わらずの反抗期っ娘だが、さりげなく呼び方が変わっているあたり根は素直なのだと思う。
向こうへ行ったのも、こちらへ気を遣ってくれたのかね……。
さっ、じゃあ俺も一歩前進するか。
「ミライ」
「は、はい」
膝を起こした俺は、ミライとその場で向き合った。
ハッキリさせる……もうこれ以上は引き伸ばさない、鈍感系を名乗れるほど鈍くはないのだ。
「帝国跡地で俺に言ってたよな……、ユリアやカレンみたいに強くなくちゃ、求められなきゃ対等になれないって」
「……うん」
顔を赤らめ、手をモジモジするミライ。
緊張する、相手の好意に気づくというのはこうも気まずいものなのか。
だが、もう引くことはできない。
俺には彼女の真意を聞く義務がある。
「アレの意味って……、親愛の方じゃないんだよな」
「そう……なります、言葉の綾とかじゃなくて、ホントにそのままの意味」
スゥッと息を吸い込んだ彼女は、意を決したように口開いた。
「アルス……! 聞いて欲しい、わたし……あんたに求められなくちゃ、対等の存在になれないんじゃないかってずっと思ってた」
吐き出す、想いの全てを出し切るように。
必死で、思わず舌を噛みそうになりながら、けれど視線は決して逸らさず。
「でもそれは違う。それじゃ致命的な間違い……、正解は求められるんじゃない! 逆だったんだと今ならわかる」
緊張と汗でいっぱい、みっともなさなんて微塵も隠そうとしない。
本当の想いしかぶつけてこない彼女は––––目を奪われるくらいに美しかった。
「いつか––––自信をもって、アルスに正面から言える、アンタを求められる人間になる! だからさ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ待ってて欲しい」
「それが……、今のお前の本心なんだな?」
「うん、今はこれが精一杯……。でも! “未来”は現在を必ず超えられる––––わたしはいつだってそう思うの」
120点満点の言葉。
ニヤつきそうになるのを必死で堪えながら、俺はケッテンクラートに向かい歩き出す。
「じゃあもう少し待つよ、準備できて告りたい気分になったらいつでも来い」
「告っ!? ちょっアルス! せっかく人が表現選んでたのにっ!」
「言葉の意味はハッキリさせるべきってだけだ、ほら行くぞミライ」
「もおぉおッッ!」
色々と常識はずれなアルテマ・クエストをクリアした俺たちは、未知の戦利品を持って街へ帰還した。
同時に、『神の矛』や背後に潜む巨大闇ギルドを相手とした戦争。
その幕が切って落とされた。
喧嘩上等、来れるものならこい。
俺は行使できる全ての手段を用いて––––迎え撃つ。




