第60話・アルスの特別でありたいだけなのに
夕暮れの近づく王都。
最後の客が帰り、営業も終わろうとしている喫茶店ナイトテーブルで、ミライはドサリと椅子に腰を落とした。
真っ白いカッターシャツに黒のスカートというお決まりな制服に加え、美しくまとめられたポニーテールが明るい接客を連想させる。
だが、彼女の顔は非常〜に暗かった。
それはそれは暗雲立ち込めてると言っていいほどに
「あいつはエーベルハルトを副会長にした……、今回の戦いだって……アルスの隣にはずっと彼女がいた」
椅子の上で体育座りをして、露骨に落ち込んでいる。
こうなった理由は簡単、ここのところアルスがいまいち構ってくれないからだ。
選挙中はあんなに一緒にいた、作戦だって考えた、魔法だって教えた。
それがどうだ……。
「なんでユリアとアリサばっか構うのよアイツは〜っ! 他にヲタ話できる女ができたらすぐ浮気か! 不倫か! この尻軽ッ!」
「いや……、別にアルスくんが他の女の子と仲良くしようが浮気でも不倫でもないけどね……」
カウンターで今日の売り上げを纏めていたマスターこと、大英雄グラン・ポーツマスが苦笑いした。
「マスターにはわっかんないわよ! きっとアレだ……選挙に協力するだけさせて、用が済んだらもっといい女選んでわたしはポイ捨て……、そんなの嫌だぁ〜っ……!」
「えぇ……泣くほど? でもそうかなぁ、昨日だって彼は遅くまで君の同人誌を手伝ってたじゃない? 悲観するほどのものじゃないと思うけど」
「違うの! わたしはアイツの特別でいたいのっ! なのになんで……!! アルスはユリアを隣に立たせるのっ、生徒会だってアイツ自身で呼んで欲しかったのに!」
昼に配信された『ドラゴニア』のライブは、ミライも当然見ていた。
2人は悔しいほどのコンビネーションで、最強と名高い冒険者に勝利したのだ。
焦らないわけない、もしかしたらアイツにとって自分は親愛の対象にしか過ぎないのではないだろうか。
副会長のユリアこそ、特別扱いしているのではないかと。
「ジェラシーだね……、いや。これは“それ以前”か……」
グランはお金を置き、焙煎の終わったコーヒーをカップに注ぐ。
「––––好きなんだね、アルスくんのことが」
「すっ……好きってわけじゃ、ないです……。ただ友達としてっていうか、幼馴染としてっていうか、なんというかもっと贔屓目に見てほしいというか……」
結構な早口だ、間違いなく図星の時の反応。
膝を抱え、背中を丸め込みながらミライは頬を紅潮させている。
さっきまで泣き喚いていたのが、嘘のように静かになった。
彼女は情緒不安定のとき、緩急が激しいのだなとグランは知る。
「ホント……、わたしってアイツにどう接すればいいんですかね。独占欲強過ぎて我ながらマジキモい……」
「誰もそう思ってないよ、選挙が終わって、距離感を掴み損ねてるだけじゃないかな」
グランはコーヒー入りのカップをソーサーに乗せ、ミライのいる机へ置いた。
立ち昇る湯気を見つつ、彼は立ったまま呟く。
「カフェドマンシーって知ってるかい?」
「……カフェドマンシー?」
「コーヒーを用いた占いだ、ラインメタル大佐に教えてもらったんだが、僕のは結構当たると評判でね。飲み終わったコーヒーの模様で運勢を占うんだよ」
一瞬懐疑的な目を向けたミライだが、この気持ちへ整理がつくなら別にやってみてもいい。
所詮は受け手が勝手に理解納得するだけのバーナム効果だろうが、藁にもすがる思いでコーヒーに手をつけた。
熱々のそれを、喉に流す。
「ぷー……これをどうすれば?」
「空のカップをソーサーにかぶせてくれ」
「はーい」
カップを逆さに置いて10秒––––再びひっくり返すと、当たり前だがコーヒーの残りがソーサー上で模様を浮かべている。
こんなので何がわかるというのか、ただのシミじゃないのとツッコミたくなった。
「フーム、なるほど……」
「なにか見えました〜?」
「見えるというより出たって感じかな、君は来週特別なお出かけをすると出ている」
「来週……? 別に出かける予定なんかないですけど」
早速怪しい。
こんなもので人生わかれば、誰も苦労しないでしょ。
「そのお出かけでは、歯の浮くくらい楽しいことと息の詰まるほど辛いこと、そしてこれまでで一番大きな喜びが得られる……と思う」
「ちょっとアバウト過ぎないです?」
所詮は占いだ。
きっとマスターが気を遣ってくれて、なんか喜びそうなことを言ってくれてるだけ。
こんな当てにもならないスキル磨くより、皿をすぐ割る癖やめて残念属性を解消してほしい。
ミライが席を立とうとした時だった––––
「それともう一つ、“待ち人来たる”……だって」
マスターが微笑んだ瞬間、喫茶店のドアが開かれる。
「ただいまー」
書類荷物片手に帰宅したアルスが、ミライへ【アルテマ・クエスト】の誘いを行ったのは、数秒後のお話……。




