第496話・最後の希望へ
「急げぇ!! 全ての部隊は海岸線まで撤退せよ!! 逃げ遅れた奴は全員死ぬぞ!!」
上陸していた連合軍が、一斉に海へ目掛けて突っ走る。
彼らの背後には、真っ黒な姿で膨張し続ける––––“神モドキ”が出現していた。
全身を黒い瘴気で覆ったそれは、元々大天使アグニの死体であった。
だが、今は完全に別の存在が介入していた。
「想定はしていたが……、恐れていた事態になってしまったな」
ケースを持ったラインメタル大佐が、暴風の吹き荒れる中––––神モドキを見上げる。
その全長は既に300メートルを突破しており、さらに膨らみ続けていた。
「これ……、どういうことなのよ。アイツは倒したんじゃなかったの?」
傍に立つカレンが、納得できないといった表情で呟く。
「確かに大天使アグニは倒した、我々は勝ったはずだった。だが……既に盤面はひっくり返されたのだよ」
「じゃああの化け物は、大天使よりもヤバいっていうの?」
「アレは……、一言で言うなら本物の神の力の一端だ。天界を統べる全能の存在が介入した結果がこれと言える」
近くの岩にもたれたミライが、なんとか口だけを動かして質問する。
同じく魔力を使い切ったアリサも、横で同じ表情をしていた。
「これから……どうなるの?」
「偽りとはいえ神が顕現したんだ、あの瘴気はいずれ全世界を飲み込み……この星を日が差さない暗黒へ誘うだろう」
「ッ……! それって!」
「あぁ、世界終焉の黙示録……ミニットマンが目指した『パーティー』だ。我々はこのままだと全滅する。惑星どころか……太陽系全域に逃げ場は無い」
「じゃあ……! どうするの?」
振り返ったラインメタル大佐が、今までで一番の深刻な顔をした。
「こうなることも想定はしていた、私の案で––––今から30分後に“戦略核攻撃”がこの島へ開始される手筈だ。一か八かだが……、2メガトンの核ならあの存在を消し去れるかもしれない」
「えっ、じゃあ……」
その言葉には、ある種の諦観が含まれていた。
「お察しの通りだ、我々はもちろん––––島の周囲にいる連合軍も全て全滅する。世界終焉を止めるための、致し方ない最終プランだ」
それまで黙っていたカレンが、小さい身長も気にせずラインメタル大佐の胸ぐらを激しく掴んだ。
「ふざけんじゃないわよッ!! わたし達もろとも核で消し去るですって!? なんで超大国様はそう短期なのよッ!!」
「この作戦を行うにあたり、我が王政府を納得させるのにどうしても必要だった。神による世界終焉だけは……必ず防がなければならない」
「そんな……っ、だからって、だからって…………!!」
その場で崩れ落ちるカレン。
核ミサイルの飽和攻撃を耐えれる生物はいない、最初から……こうなることは決まっていたのだ。
既に打つ手の無いこの状況では、確かにそれしかない。
ミライとアリサも、己の無力感で半泣きになっていたところ––––
「ずいぶんと焦らしますね大佐、ストーリーが大事とはいえ、連中の劇場に付き合うのはそろそろ飽きましたよ」
ミライ達が見た先には、全身ボロボロなれど……いつも通りの覇気を纏ったユリアの姿があった。
彼女は、大佐が今まで大事に持っていたケースへ視線を映す。
「核攻撃を提案したのは確かに大佐でしょう、しかし同時に––––そんな愚かな手を使わせないよう、貴方なら必ず保険を持っているはず」
全てを見透かされた大佐は、観念して手を上げる。
「やれやれ……、せっかく憎まれ役を買おうと思ったのに」
「大佐のポーカーフェイスは一流ですが、死ぬ気がさらさら無いのが丸わかりです。……中を見せてもらって良いでしょうか?」
「あぁ、そのために持ってきたからね」
全員の前で、大佐は地面に置いたケースを開けた。
「ッ……!! これって」
アリサが声を上げる。
入っていたのは、3本の小さい瓶。
中には黄金色の液体が入っており、割れないようガッチリ保護されていた。
瓶を手に取ったユリアが、すぐに正体を見破る。
「魔力を根底から回復させる超アイテム、『マジタミンΩ』ですか……。師匠はこれをまだ量産していなかったはずですが?」
「これは我が国の技術機関が試験的に作ったものだ、性能はフォルティシアくんの物に及ばないが……それでもかなりの魔力が回復するだろう」
「なるほど。ではアリサっち、ブラッドフォード書記」
残りの瓶を、ユリアは2人に投げ渡す。
「大佐の作戦はこうです。『核攻撃が始まる前にわたし達生徒会であの神モドキを倒す』、数十万の命が掛かった……最後の一撃をお見舞いしますよ」
蓋を開け、中身を一気に飲み干すユリア。
「プハッ……ここで死ぬようなら、わたし達は一生––––竜王級アルス・イージスフォードに勝てません。みんなで帰って、ちゃんと会長にただいまと言いましょう」




