第494話・降臨
「や、やっ……った!」
持てる魔力の全てを使い尽くしたアリサとミライは、同時に地面へ倒れ込んだ。
変化していた髪色がそれぞれ元に戻り、莫大だった魔力の縮小と共に目の色も戻る。
血界魔装が解除されたのだ。
使い切った体力が、2人の呼吸を荒くさせる。
「ゼェッ、ゲホッ。わたし達……、アイツに勝ったのよね?」
「うん、でも……もう魔力が残って無いから動けないや。まだトドメがあるのに……」
だが、無理に起きる必要はなさそうだった。
決着がついたことを確認すると、ラインメタル大佐は先ほど放っていた鉄製ケースを拾い直し、瓦礫の側に立て掛けたのだ。
数秒ほど見つめた後、ケースからゆっくり離れる。
「カレンくん、倒れた2人の面倒を見てやってくれるかい?」
「良いけど、アンタはどうすんの?」
「勝負は終わったからね、私は私の仕事をさせてもらうだけだ」
大佐が指を鳴らすと、しばらくして遠巻きに見ていた兵士が駆け寄ってくる。
「大佐殿、ご無事で何よりです。生徒会のおかげで作戦は見事成功しました」
「そうか、では悪いが少しだけ君の銃を貸してくれ。まだ仕事が残っているんだ」
「了解であります」
渡されたのは、アルト・ストラトス王国の海兵隊が採用しているアサルトライフルだ。
ラインメタル大佐は受け取った銃から弾倉を外し、重いコッキングレバーを引いて残弾を排出。
「さて、動けない彼女達のため––––代理をするとしよう」
代わりに、同じ兵士から受け取った“徹甲焼夷炸裂弾”の入ったマガジンを差し込んだ。
歩きながらレバーを引き、装填。
大佐は銃口を下に向けた。
「この結果は必然だったな、大天使アグニ……。偽りの力に頼った時点で––––お前は最初から彼女たちに負けていたのだよ」
銃口を突き付けられたアグニは、仰向けに倒れながら血を吐く。
「ガフッ……! どうやら、そうらしい。これでは恥ずかしくて天界に帰れんな……」
「あぁ、存分に恥じると良い。帰ったところで君は同胞に殺されるだけだ…………最後に聞く」
トリガーに指を掛け、悪役も真っ青のおぞましい顔で見下ろす。
「【天界】の場所を教えろ、それが君にできる最後の平和への貢献だ」
「………………」
沈黙が降り立つ。
こいつらの本拠地は、大天使級の存在でなければ知らない。
今この瞬間こそ、天界の位置を知る唯一にして最後のチャンスであった。
なんとしても、知る必要がある。
しかし、銃口を向けられたまま––––アグニは不気味に笑った。
「私はミニットマン様と……。“テオドール様”の害になることはしない、遥か昔に……固く約束したんでな……」
「そうか、では––––」
トリガーを引き絞る。
「遠慮なくと死ぬといい」
発砲炎が激しく瞬いた。
フルオートで放たれた弾丸は、至近距離から全弾がアグニの顔面へ撃ち込まれる。
轟音と煙が晴れた先で、首から上がグチャグチャになったアグニが横たわっていた……。
足元に血が広がる。
「あわよくば情報をと思ったが……、変に猶予を与えて妙な手を使わせたくもない。これが正しかったと信じよう」
アグニが息絶えたことを確認すると、ラインメタル大佐は踵を返して歩を進めた。
倒れる双竜の近くまで寄った時、ふと……違和感が襲う。
「ヤツは……、何故最後に笑った?」
徹底した合理主義者である大佐は、下手な劇のように小細工を仕掛ける暇なんざ与えさせない。
あの僅かな問答の間に、何かを行うのは時間的に不可能。
それでも、振り返らずには––––いられなかった。
「っ……」
視界にゆっくり入って来たのは、地面から僅かに浮き……原型を留めない状態の顔で笑う。
“大天使アグニ”だった。
「ッ!!!」
すぐさま銃へマガジンを叩き込み、フルオートで30発全弾を発射した。
弾丸は肉体を抉り、血飛沫を撒き散らす。
攻撃は当たった。
この手で確かに手応えは感じたが、アグニは空中で両手を広げたまま微動だにしない。
いや、そもそもさっきの時点で大天使アグニは死んでいた。
呼吸が無くなり、心臓の停止も確認している。
では、今目の前にいるのは––––
「貴様……、誰か?」
銃を構える大佐の問いに、アグニ“だった”身体は口だけを再生して答えた。
「––––余の前で随分と不敬ですね……、ラインメタル。お前を最初の勇者に選んだのは、やはり世界線上の選択ミスでしたか」
舌打ちと同時に、マガジンをリロード。
今度はさっきと違い、トドメを刺した時と同じ“徹甲焼夷炸裂弾”を装填。
眼前の化け物へ、躊躇なくお見舞いした。
しばらくしてサイトから目を離すと、煙の奥でそれは笑っていた。
「痒いなぁ……無駄よ。圧倒的な力と、異常な体質をもってすれば、他人の原子なんて簡単に弄れるんですから。端的に言えば––––もう君たちにチャンスは無いの」
アグニの形をした身体から、気持ちの悪い黒色の瘴気が大量に溢れ出した。
闇色のそれは、凄まじい勢いで膨張していく。
「これは余にとって朧げな夢みたいなものだけど、世界を滅ぼすには十分よね……」
ここに来て、大佐はようやく答えを得た。
アグニが死に至った段階で、既に“タネ付”は終わっていたのだ。
否、もっと言うならこの戦いが始まる遥か前––––“ヤツ”とアグニが会った時点で既に完了していた。
自分が問答を惜しんで即座に撃ったことすら、全て無意味だったのだ。
「カレンくん!! 2人を担いで今すぐ海岸線まで走れッ! 1秒でも遅れれば殺されるぞ!!!」
全力で怒鳴る。
無線機をオープンチャンネルに変更し、大佐は一言だけ呟いた。
「展開中の連合軍全軍へ––––【神】が降臨した」
離れ際、ラインメタル大佐は置いていたケースを、強奪でもするように持ち去った。




