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第489話・オーバーロード・ユリア

 

限界超越(オーバーロード)』状態となったユリアは、まさしく己に眠っていた全ての潜在能力を解放した真の姿だった。


 金髪はより美しく輝き、エメラルドグリーンの碧眼にも強い光が宿っている。


「お嬢さ……いや、人間。どのようなペテンを使った?」


「ペテンとは人聞きが悪い、あえて言うなら“博打”ですよ。世界一高価な賭けでしたが」


「つまりベットしたのは自分の命というわけか、そして––––お前はその賭けに見事勝ったということだな」


 ユリアが行った行為は、言ってしまえば“自殺未遂”のようなもの。

 敵が放つ攻撃を、魔力防御無しで限界まで受け続けるという熾烈極まる手段だった。


 常人の精神ならあり得ない選択だが、アルスに追いつくと決めたユリアに迷いは無かった。

 思い起こすように、濡れた髪を触る。


「えぇ、本当に痛かったですよ……しかし賭けには勝てました。結果オーライというやつです」


 実際に、彼女は身体のあらゆる機能を損傷している。

 あまりの激しい攻めに、一時は本当に気すら失っていた。


 全身が海水に浸かった辺りで、奇跡的に意識を取り戻したにすぎない。

 つまり、一歩間違えば本当に死んでいたのだ。


 そんな久遠の果てにある奇跡を掴み取ったユリアは、初めて死を間近に感じたことで覚醒。


 脳内に大量の麻薬物質が分泌されたことで、己に眠っていた––––修行では決して引き出せなかった“潜在能力”を表に出せたのだ。


「さて、貴方もわたしも奇遇ながら……命をベットして賭けに挑みました。もちろん……結果はわたしの勝ちのようですが」


「笑わせるなよ人間、命を燃やしたのはワシも同じだ。両腕を獲った程度で図に乗るな」


 言うやいなや、スティンガーの肩から光が伸びた。

 金色のそれは、逞しい腕の形を取って具現化される。


「へぇ、面白いですね」


「この工場は絶対に渡さん、その笑み––––消してくれる!!」


 神速で踏み出したスティンガーは、直後に両腕を襲った衝撃により押し返される。


「なっ!?」


 見れば、人為的に錬成した神力の義手が両腕共に弾け飛んでいた。

 攻撃をされたのは間違いない、確信を持ってそう言えるはずなのに––––


「見えなかった……だと?」


「だから言ったじゃないですか、この賭けは––––」


 宝具『インフィニティー・オーダー』を2刀にしたユリアは、敗者を見下すように目を向けた。


「わたしの勝ちだと」


「おのれっ!」


 再び腕を錬成し直したスティンガーは、右手に最大限のエネルギーを集約させていく。

 先ほどユリアに叩きつけた攻撃を、何十倍にもした神力を握り締める。


「勝つのはワシだ、お前のようなガキに負けては––––天界参謀としてミニットマン様に示しがつかぬ! 我々が滅ぼした古代帝国の末裔たる貴様だけには、負けるわけにいかぬのだ!!」


 吹き荒れるエネルギーの嵐の中で、ユリアはゆっくり剣を構えた。

 誇り高い矜持を垂れるスティンガーへ、一言呟く。


「下着……」


「ぬっ?」


「貴方はさっき、わたしがダウンした時にさりげなく下着を見ましたよね?」


「っ? それがどうした」


「愚かな天使……まだわからないのですか?」


 放出されたのは、場にある全ての光が霞むほどに禍々しい“殺意”。

 ドス黒い波が、広大な部屋を覆い尽くした。


「わたしの下着を見て良い異性は、この世でただ1人だけです。貴方のような下賎が目に入れることは許されません」


「ふざけたことを、賢竜だかお嬢様だか知らぬが––––死体に口は無いからな。今黙らせてやる!!」


 スティンガーの言葉は、それが最期だった……。

 特大の必殺技ごと、ユリアが放った一振りの剣撃で首を切断されたのだ。


 否、スティンガーだけではない。

 斬撃は、“フェイカー製造機”たる繭を含めた部屋ごと完全に斬り裂いていた。


 島が巨大な地震に襲われたように揺らされた。


 宝具を元の杖に戻したユリアは、壁にパックリと開いた切り口から溢れ出る海水と、動かなくなったスティンガーを前に、改めて宣言する。


「わたしは––––王立魔法学園のトップに君臨する最強の竜王。アルス・イージスフォード生徒会長以外に、決して負けられないんです」


 ユリアが言い放ってすぐに、爆薬をたんまり抱えた連合軍兵士が部屋へ辿り着いた。






 ––––フェイカー工場内の戦い。勝者、ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルト。


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