第485話・全部ぶっ飛ばせば良い!
「フンッ、––––こうするのさ!!」
アグニの眼前で行われたのは、どこからどう見てもバカな自傷行為だった。
彼女たち自身の手で、服の上から脇腹がザックリと切り付けられる。
溢れ出した鮮血が、白い布地を赤く染めた。
「いっっっづッ……!!」
「くふッ…………ッ!!
あまりにも常軌を逸した行動に、「血迷ったか」と言おうとし––––
「なっ!?」
思わず後ずさる。
バカな、あり得ない……。何故ッ。
「魔力が……、跳ね上がっているだと!?」
血だらけのナイフを放り捨てた2人の魔力が、先程までと比較にならないレベルで上昇していく。
どういう事かわからず、その場でたじろくアグニにミライは笑った。
「やっぱアンタは素人ね、フェイカーなんかで変身するから血界魔装について何も知らない」
肌に現れた紋様が、血を吸って光り輝く。
ここまで来て、ようやくアグニは状況を理解した。
「まさかっ、貴様らは……出血すればするほど強くなるというのか!?」
「正解、そんでもってアンタの右腕があった場所に注目しなさい」
思わず見て、歯軋りする。
アグニの腕の断面は、ユリアの攻撃による超高熱で瞬時に“止血”されていたのだ。
「覚悟してよ大天使さん、さっきまでのわたし達とは––––」
砂塵が舞った。
目の前から、アリサがいきなり消えたのだ。
目を横にやろうとして、首に激痛が走る。
「ガッ!?」
吹っ飛んだ先で、アグニは急いで体勢を立て直す。
左手で地面を削り、歪んだ顔を上げた。
「全然違うからさ」
すぐに察する。
今自分は、肉薄してきたアリサによって首元を思い切り蹴られたのだ。
パワーもスピードも、本当に見違えるほど上がっていた。
「ぬッ」
状況把握も束の間、アグニの周囲を大量の魔法陣が覆った。
ドーム状に囲まれており、逃げ場などない。
「滅軍戦技––––『天界雷轟』ッ!!!」
多方向からの電撃が、アグニを貫いた。
静電気呼ばわりしていたさっきと違い、明確に“命の危険”を感じる威力。
痺れて動きが鈍くなった瞬間を、アリサは決して見過ごさない。
ダメージと等価交換して得たパワーを、全力でぶつけた。
「滅軍戦技––––『暴虐の拳』ッ!!!」
「ッ!!!」
胸に入った一撃は、とてもこの細い腕から放たれたとは思えない。
まして……、
「瀕死の竜が……、これほどの力をッ」
弾き飛ばされたアグニは、地面を抉りながら転がった。
起き上がり、白目で睨んだ先で––––
「チッ!!」
甘えも慈悲も容赦もなく、吹っ飛んだアグニに対しアリサは追撃を掛けていた。
拳と拳が衝突し、空間がたゆたう。
「驚いたぞ……! 貴様らにこれほどのポテンシャルがあったとは。ミニットマン様、いや……“あの方”だったらさぞ喜ぶだろう」
大天使もまた、神力を全開にして応戦。
激しい打撃の応酬に、辺りを衝撃波が走り回った。
数十度目となる競り合いに、両者は歯を食い縛る。
「あの方ってのが、アンタらの信仰するボス?」
「教える義理は無いな魔壊竜……! 貴様らでは到底至れぬ世界だ!」
「口が固いのは美徳だねぇ、でも––––」
激しい動きで出血の広がったアリサは、さらにスピードを増していた。
反応できない速度で背後に回り込み、合流したミライと拳同士を合わせた。
腕の魔力が合わさり、倍以上に膨れ上がる。
「ッ!?」
「今のわたし達を前にして、そう余裕が続くかな?」
––––炸裂。
2人が完璧に波長を合わせた魔力を、拳へ込めて同時に叩き込む。
あまりに規格外の威力に、顔をぶん殴られたアグニは地面へ激突。
周辺の地盤が砕き割れた。
「パーティーだか、あの方だとか……正直複雑極まるし何言ってんのって気分だけど」
鬼の形相で顔を上げるアグニへ、竜王に認められし2体の竜は魔力を溢れさせる。
「要は––––全部まとめてぶっ飛ばせば良い話でしょ!」




