第484話・逆転の一撃
「謀ったな……!! 貴様ら!!」
天空から迫る光。
これ以上ないほどに顔を歪ませたアグニへ、傷だらけのミライが笑った。
「謀るも何も、れっきとした戦術よ……。こっちだけ痛い思いして終わるわけないじゃない」
「チッ!」
本当なら今すぐにでも眼前の2人を消し飛ばしたいが、それをすれば直上からの攻撃は防げない。
今は、そんな余裕など全く無いのだ。
「スティンガー! 格納していた最後の陽電子砲を起動しろ! BMDモードだ、俺の技と同時発射で賢竜エーベルハルトを迎撃する!!」
『了解!』
起き上がったミライが、倒れていたアリサを担いで離れていく。
残念だが、邪魔もできない。
アグニは右拳へ、血界魔装により強化された神力を集約させていった。
赤色に輝き、地面が大きく揺れだす。
『目標さらに増速! マッハ26へ!」』
見上げれば、遥か空の向こう––––ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトが、宝具を先端に抱えて急降下していた。
「ッ……!! くぅうっ!」
大気圏外ギリギリから突っ込んで来たユリアは、己を襲う断熱圧縮による超高温と戦っていた。
これほどの速度で移動すれば、当然ながら耐熱処理をしていないものは例え弾道弾といえど蒸発してしまう。
だが、ユリアは自身の魔力を前方へ集中展開することで自滅を防いでいた。
「今まで会長ありきで、わたし達はずっとずっと戦って来た……!!」
燃え尽きそうな身体を震わせ、さらに加速。
脳裏にあるのは、いつか絶対に倒す––––天才である自分に倒されるべき存在。
––––自身の失態で、命を脅かしてしまった最愛の人……。
「あの方抜きでも……絶対にやれると、わたし達は今日––––証明しなければならないんですッ!」
エメラルドグリーンの碧眼を見開き、流星のごとくユリアは地上へ真っ直ぐ落ちる。
真下では、いよいよ神力を最大まで溜め終えたアグニが右手を上へ掲げた。
大気が揺れ、周囲に風が吹き荒れる。
「天界一等技術––––『収束衝撃波圧縮砲』!!!」
青白いビームが、極太の光となって放たれた。
同時に、隠蔽されていた最後の130ミリ陽電子砲群が一斉に発射される。
それら攻撃は、超高速で落下するユリアへ寸分違わぬタイミングで直撃した。
戦艦すら容易に貫通するビームに、さしもの賢竜といえど消滅は免れないと思った矢先––––
「ッ! 何ッ……!?」
5つのビームは、ユリアを消すどころか勢いも殺せていなかった。
さらに出力を引き上げ、沖合からも光の激突が見えるほどに燦然と輝く。
だが、ユリアは決して退かない。
減速もしなければ現状維持もしない。
ただただ、“加速”し続けていた。
『目標速度……! マッハ31を突破!! ダメです、止められません!!!』
ビーム群を全て弾いたユリアは、遂にアグニを視界に捉えた。
掲げるは己のプライド、捧げるは持てる全ての力。
ぶつけるは“宿敵”、竜王級アルス・イージスフォードへの熱い想い。
彼を守り、助け、いつか必ず倒す対等な恋人として––––ユリアは全力で叫んだ。
「星凱亜––––『衛星直撃砲』ッッ!!!!」
島の中央で、目も眩む閃光と大爆発が起きた。
終末速度マッハ33で突っ込んだユリアが、大天使アグニへそのままの勢いで宝具をぶつけたのだ。
衝撃波は陽電子砲台を吹き飛ばし、島の雲を薙ぎ払う。
ミライとアリサは瓦礫の影に隠れ、上陸部隊も海岸で爆風に耐えていた。
その威力はまさしく隕石そのもので、空へ舞った大量の瓦礫が、遥か水平線上に展開していた艦隊へ降り注ぐほどだった。
「ガッ……! あぁッ!!」
濃い砂塵の奥で、大天使アグニは顔を苦痛で埋めていた。
彼の足元には、地面が存在していない。
ユリアの攻撃により、島の中央部には巨大な大穴が空いてしまったのだ。
パイプも地下施設も露出し、水が溢れ出している。
そして、最も記すべき事として––––
「バカなっ、竜の力を得た俺が……ッ!!」
大天使アグニの剛腕––––その右肩から先が、“完全に消滅”していた。
『衛星直撃砲』の直撃を右腕で受け止めたアグニは、結果として部位を丸ごと失ってしまったのだ。
「賢竜は……、どこに!」
砂塵が晴れても、ユリアの姿はどこにも見えない。
考えられる可能性は1つ。
「まさか、アイツの狙いは最初から俺じゃなく……地下にある工場施設! 今の一撃は、フェイカー工場を破壊するついでに過ぎないと……!?」
であれば、ユリアが地下に入ったまま出てこないのも頷ける。
賢竜の狙いは、残った工場の完全破壊と、保管しているアーティファクトの回収。
それをやられれば、大量の能力者を量産して次代の人類を使役するという、天界の地上戦略は完全に破綻する。
『パーティー』は文字通り潰されるも同然!
アグニが追撃を試みようとした時––––
「だあああぁぁあああ––––––––ッ!!!!」
「ッ!!?」
砲弾のように突っ込んで来たアリサが、全身を使って体当たりをぶつけた。
互いに姿勢が崩れ、2人は穴から離れた場所を激しく転がる。
「行かせないよっ、お前はここで––––わたし達が倒すんだから!」
埃まみれで立ち上がったアリサが、凛とした瞳を向けた。
その隣に、スパークを纏ったミライも降り立つ。
「クズ共が……! お前らでは俺に敵わないとさっき教えたつもりだがな」
「……そうだね、普通にやったら絶対勝てない。竜の力を得た天使には決して」
2人はスカートのポケットから、1本の折り畳み式ナイフを取り出した。
指でボタンが押され、グリップから鋭利な刃が飛び出す。
「わかっているなら、大人しく死ねば良い。そんなおもちゃでどう挽回するつもりだ?」
「フンッ……! こうするのさ!!」
刹那、アグニは自身の目を疑った。
アリサとミライの両方が、自らの脇腹をナイフで切り裂いたのだ。
真っ白な制服が、赤い“血”で一気に染め上がる。




