第482話・無能な大人たち
幼い魔導士が魔法で無双し、活躍する世界で……大人達は自身をどう捉えるか。
無能な大人は、今日も今日とて責務を果たします。
––––フェイカー島より250キロメートル沖合の海域。
7隻の航空母艦を中核とした連合艦隊は、15ノットの速力で航行していた。
随伴の艦船があまりに多すぎるため、空が排煙で黒模様に染まってしまっている。
そんな中で、空母『レッド・フォートレス』は次々と降りてくる艦載機を飛行甲板に着艦させていた。
島のバリアを粉砕した、第一次攻撃隊が帰投したのである。
「コースよし、速度よし、高度よし」
最後に着艦して来たのは、主翼に逆十字のマークを付けた専用試作艦載機。
空になったロケット発射機を下げた機体から、1人の軍人が降りる。
「やれやれ、行きは一瞬だったのに帰りは長くてウンザリするな」
掛けていたゴーグルを上にあげた元勇者、ジーク・ラインメタル大佐は飛行甲板に靴裏を付けた。
そこへ、艦橋から降りて来た連合軍の司令官––––ルクレール上級大将が迎える。
右手には、頑丈そうなケースが握られていた。
「よくやってくれましたな大佐、おかげで上陸作戦を実行に移すことができた」
「そうか、では進捗はどうだね?」
大佐の問いに、ルクレール将軍は腕を組みながら答えた。
「こちらの想定よりも遥かに早く、大天使アグニが戦場に出て来た。生半可な艦砲射撃は通用せず、戦艦を含めて12隻がヤツ1人に撃沈された」
「敵は褒めたくないものだが、やはり通常兵器では厳しいね。まぁ当然、将軍閣下はこれも予定に入れていたんだろう?」
「そうだな……現在、生徒会の“双竜”がヤツの相手をしてくれている」
「彼女たちは血界魔装を極めた竜です、イージスフォード君が認めただけあって、あくまで”通常状態“なら大天使相手でも勝てましょうが……」
大佐の碧眼は、ルクレールの後ろにある真実を既に見据えていた。
隠し事はできないと悟った将軍は、素直に現状を吐き出す。
「……アグニもまた、真の血界魔装へ変身したらしい。幾千万とあるフェイカーから最上位の上澄みを使って」
「はっ! 面白い、天使が竜に化けましたか。いかに偽りといえど力は力––––イリインスキー君が下手に突っ込んで、ゲロでも吐かされていなければ良いが」
「大佐、事態は急を用する。もし上陸部隊が押し返されれば……我々はあの島へ”戦略核“による攻撃を行うこととなっている。––––味方ごとな」
「投射予定トン数は?」
「150キロトンを5発、1メガトン級を1発だ……。水平線の向こうに逃げても被害は免れられない」
「必要が必要であるためならば、参謀本部の命令に異議は唱えられないね。しかし……」
海を眺めた大佐は、ポツリと呟く。
「私はこれまで、多くの戦場で天才と言える子供の部下を伴って仕事をして来た。そして、常に先頭に立って来たつもりだが……」
「言いたいことはわかります大佐、どんなに頑張っても……我々大人は結局、有能な魔導士の前では無能なんじゃないか。ですね?」
「それ以外になんと言うのかね? 現に、我々は今この瞬間も17歳の少女2人に、戦艦でも勝てない化け物を相手させている……。これを無能と言わずしてどう贖う」
「どんなに頑張っても……、都合のいい戦記小説のようにはいきませんな」
「そうだ、我々は主人公ではないからな……下手をすれば天の光に焦がされる”噛ませ犬“だ。少なくとも私がオススメされて読んだライトノベルでは、軍など皆やられ役だったぞ」
「ライトノベル……、亡国の民––––日本人ですか?」
「あぁ、以前私がまだ少佐だった頃……縁あって日本人の少女を部下にしていた。今はもう”いるべき世界”へ帰ったが、その子の影響と言って良い」
背後では、練度の高い整備兵によって給油とランチャーの装填が行われていた。
ルクレール将軍は、右手に持った銀色のケースを前に差し出す。
「なればこそ、無能である––––我々大人にしかできない仕事をしましょう。それが責務というものです」
ケースを受け取ったラインメタル大佐は、額のゴーグルを下ろしながら笑みを見せる。
「同感だな、銃後の連中はキチンと抑えていてくれよ? 頭上で味方の核が炸裂するのだけはごめん被る。私はなんとしても彼女たちを王都に––––学園へ帰さねばならないからな、王立魔法学園の特別顧問として」
握ったケースをコックピットに押し込むと、ラインメタル大佐は休みすらせず戦闘機を発進させた。
後続で発艦した護衛の機が、編隊を組んで遠ざかっていく。
「さて、ここまでは予定通りだな」
それだけ言い残し、ルクレール将軍は空母の艦橋へ戻った。




