第481話・鬼劫竜の鎧
––––ギィンッ––––!!!!
晴天が突き破られる。
極太の雷が、雲を引き裂いてフェイカー島へ落下したのだ。
それは、ミライでもアリサでもない“竜の力の転送”。
膨大な力の奔流が、爆風となって広がった。
「そんなっ……、なんでッ!」
防御の姿勢を取りながら、アリサは目を見開く。
あり得ない、あってはならない。
断じて認めたくない現実が、目の前に現れようとしていた……。
「ハァッ……、フゥッ」
雷光が途絶える。
煙が晴れていくと同時に、赤色の輝きが周囲を照らした。
それは、選ばれたごく一部の人間のみが扱う究極の変身。
力の権化にして、“竜の執行者”。
「なるほど、派手なだけあって……確かにこれは相当なものだ。いや、一見か弱い少女に見えるお前たちが俺と渡り合った時点で、察するべきだったか」
愕然と、硬直するミライ……。
目に映ったのは、少なくともさっきまで落ち着きがあった屋敷の使用人ではない。
全身の筋肉は上半身の服を破くまでに膨張し、肌は炭色に染まっている。
噴火のように纏うオーラは赤く激しく、ミライに似たスパークを含んでいた。
こちらを向いた顔は、食いしばった牙がおぞましい……白目を剥いた状態だった。
何より、放出される神力がさっきまでの比じゃない。
数倍、いや––––数十倍以上だった。
「ッ!『血界魔装』……ッ! なんで、なんでアンタが変身できんのよ!!」
「愚問だな、ここは全てのフェイカーを製造する工場。俺はミニットマン様の目的達成のため、幾千万とあるその中から最上の物を与えられたに過ぎん」
身長を3メートルにまで増やした大天使アグニは、恐ろしい顔で呟く。
「血界魔装––––『鬼劫竜の“鎧”』」
ここまで激しく恐怖を感じたのは、ミライにとって生まれて初めてのことだった。
17年の人生で死にかけた経験はあるが、いずれもアルスやユリアといった相手であり、そこに本物の殺意は無かった。
だが眼前の竜にして天使は、殺意を風で感じ取れるほど恐ろしい。
初めて……“死”というものが間近に迫っているのが、肌で吸い取るように感じる。
思わずたじろぐミライの横で、紫色の魔力が噴き出た。
「そんなの関係無いッ! わたしはお前に勝つ、舐めプした状態で戦ってたこと––––後悔させてやる!!」
「待って! アリサちゃん!」
ミライの静止を聞かず、アリサは大地を蹴った。
超高速で肉薄し、仁王立ちする大天使アグニへ全力の拳を打ちつけた。
「だああぁああッ!!!」
耳をつんざくほどの衝突音が響いた。
魔力を纏った一撃は、アグニの顔面へ完璧にヒットしたのだ。
直撃––––伝わった手応えに、アリサは笑みを見せる。
しかし、実感はすぐに別のものへと一変した。
「…………」
「えっ?」
アグニはその場から1ミリも動いていなかった。
仰反るどころか、拳の奥でアリサを睨んでいる。
結論から言って––––全く効いていなかった。
「う、そ……っ」
「なんだ魔壊竜……本気でやってもらっても良いんだぞ? 手加減に怒っていたのは他でもないお前なのだからな」
「え……、あっ」
「ムゥ……、なら。本気のパンチというのがどういうものかを、今教えてやろう」
アリサの身体がいきなりくの字に曲がった。
丸太ほどの筋肉を持つ腕が振られ、真っ黒な拳が彼女の腹部を叩き潰したのだ。
「パンチとは、こうやって打つんだ」
「ごっ、……はッッ!!?」
大量の唾液が飛び出る。
弾丸のごとく吹っ飛んだアリサは、ミライの横を一瞬で通過。
要塞の残骸をいくつも貫通すると、勢いのまま硬い岩壁へ突っ込んだ。
煙が巻き上がり、舞い上がった大量の瓦礫がアグニ達の下まで転がってくる。
「あ、アリサ……ちゃん?」
後ろを振り向いたミライの視界に、原型を失った岩山と––––激しいヒビの中心部にめり込むアリサが映った。
「アッ……、ガッハッ!! おえぇッ」
纏っていたオーラが四散し、口から血混じりの吐瀉物を吐き出すアリサ。
消化途中だった食事が、ベッタリと地面に広がる……。
「咄嗟に魔力でガードし、致命傷だけは避けたか……。だが」
跪いたアリサは口端から胃液を垂らし、涙目で咳き込み続ける。
髪が何度も銀髪に戻りかけており、彼女を襲ったダメージが半端なものでは無いことを語っていた。
激痛で呼吸もままなっておらず、可憐な顔が歪んでしまっている。
「いくらかの衝撃だけは防げなかったようだな。しぶとい女め……今楽にしてやるぞ」
「ッ!!」
ミライは魔法杖を握り、アグニの前へ立ち塞がった。
互いの身長差が2倍以上あるので、それだけで絶望感が襲う。
「アリサちゃん!! もう出し惜しみできる場面じゃない!! 辛いだろうけどなんとか立って! 今から“プランA”で行くッ!!」
真なる血界魔装を発動した大天使を相手に、絶望的とも言える戦いが始まった。




