第476話・双竜参戦
双発の大型輸送機というのは、これ以上なく乗り心地が悪かった。
シートは固く、揺れも激しい上にとてもうるさい。
ハッキリ言って、昔の馬車の方が何倍もマシだとミライは思った。
「うへ〜、酔いそう。早く降りたい……」
王立魔法学園の制服に身を包んだ彼女は、お世辞にも座り心地が良いとは言えないシートの上で、グロッキー状態になっていた。
まぁそれも当然で、ミリシア本土の飛行場から既に7時間以上ぶっ通しでフライトしていたからだ。
いかにアルスが選んだ竜たるミライといえど、精神的にキツいものがあった。
それに引き換え––––
「モグッ……、ミライさんも何か飲むなりしたら? お腹いっぱいになったら多少楽に……ゴクンッ。なるかもよ?」
向かいのシートに座ったアリサが、全周に置いた食べ物を口に含みながら喋る。
どれも軍の簡易レーションだったり缶詰だが、とても美味しそうに頬張っていた。
さっきからパイロットやクルー達が、アリサの食べっぷりに感動してドンドン渡してくるのだ。
「無理ダメダメ、絶対吐く……。むしろなんでアリサちゃんはこれから戦場だってのにそんないっぱい食べれるのよ……?」
「うーん、逆だねミライさん、戦場に行くからこそしっかり食べてるんだよ。戦い始めたら次いつ食事できるかわかんないんだよ?」
牛肉の缶詰を開け、中身をフォークで突き刺す。
大の軍人用のそれを、アリサは一口で頬張ってしまった。
歓声が上がる。
ミライは、そのタフ過ぎる精神力にひたすら感服していた。
「お嬢ちゃん、ホントよく食べるね。そんな華奢な体のどこに入ってるんだ?」
“ジャンプマスター”の軍人が、立ちながらアリサに向けて感嘆の言葉を漏らす。
彼女はキッチリ30回噛んでから飲み込むと、自慢げに話した。
「食べた分消費してるだけですよ、毎朝走り込みやってるんで」
「ほぉ、軍人みたいだな」
「まぁね、もう––––大事な人に全部任せるのは嫌なんで」
ミライが顔を上げる。
そこには、当然ながら必死にご飯をかき込むアリサの姿。
今の言葉に、思わず彼女も返事をした。
「そうよね……、わたしたち。今までアルスに頼りっぱなしだったから」
合点がいった。
今アリサが必死に食事をしているのは、これから始まる戦闘で最大限の魔力を発揮するためだ。
今この場に––––最強たる竜王級アルス・イージスフォードはいない。
つまり、敵の攻撃で死にかけても自分で何とかするしかないのだ。
アルスのいない戦い、アルスの助けが無い戦い、アルスを頼れない戦場……。
不安で押し潰されそうになったミライは、傍にあったカバンから水筒を取り出すと、
「んぐっ、ゴクッ……ンッ」
中の“軍用ドリンク”が空になるまで飲み干した。
カフェイン、グルコース、タウリン、ビタミンなどがたっぷり入った物である。
「おっ、ミライさん飲んだねぇ」
水筒を乱雑に置いたミライは、口元を袖で拭う。
「ったりまえよ、アイツに負担掛け過ぎたのはわたし達なんだから。ここで––––根性見せずにいつ見せるっての」
立ち上がったミライに、微笑むアリサ。
「そうだね、わたし達はずっと彼に支えて貰った。だから今回の戦いは––––」
アリサも食器を置いて、シートを立つ。
「自分たちの大成長を見せるチャンスだよ。いつかきっと下剋上を叩きつける竜王級へ、わたし達はこんなに強くなったんだって」
覚悟を決めた2体の竜の前で、輸送機の扉が開けられた。
ゴウッと暴風が入り込み、髪やスカートを大きく揺らす。
「酔いは治った?」
「アリサちゃんこそ、お腹いっぱいで動けないなんて言わないでよ」
扉へ近づく2人を見て、思わず叫ぶ軍人。
「おい君たち! パラシュートはどうした!?」
困惑する彼に、ミライとアリサは自信に満ちた笑顔を見せた。
「送迎ありがとう! 気をつけて帰ってね」
アリサが言葉を放つと同時に、2人の女子高生は輸送機から大きくジャンプした。
全部を込めて床を蹴り、雲の広がる蒼空へ飛び出したのだ。
眼下で煙を上げるフェイカー島へ、真っ直ぐに急降下していく。
「念の為聞いておくよ。最初だけど、スロットルは?」
「そんなの当然––––」
虚空から引っ張り出した宝具、ペン型魔法杖を掴んだミライが魔力を放出した。
「フルスロットルでしょッ!!」
大軍勢が戦うフェイカー島の上空で、2本の太い雷が落ちた。
あまりに眩しく、激しいそれは、沖合の大艦隊からもハッキリ見えるほど。
そして––––爆光の中から2体の真なる竜が現れた。
「良いねッ! 全力全開––––後悔無しで行こうッ!!」
血界魔装・『魔壊竜の鎧』、および『雷轟竜の鎧』へ変身したアリサとミライが、天界軍のど真ん中へ突っ込んだ。




