第464話・ユリアの成果
「えっ、どうしたのエーベルハルトさん……。もしかして強盗でも殺してきた?」
開口一番で物騒な物言いをしたのは、アリサの背後へ素早く隠れたミライ。
昔ユリアに公式戦でボコボコにされたトラウマが、彼女の物騒な言動を引き出していた。
「失礼ですね……、貴女の発想の方が怖いですよ」
顔の右半分を血で覆った状態で言うのだから、まるで説得力が無い。
しかも、目つきがいつもより険しいのだから、恐ろしさも倍増である。
自分の服を見下ろしたユリアが、ため息をつく。
「まぁ確かに、誤解を与えかねない格好なのは認めましょう。安心してください––––これは人の血じゃありません。当然わたしも無傷です」
事の経緯を話すユリア。
どうやら彼女は、高難易度ダンジョンに数日ずっと籠りっぱなしだったようで、血まみれなのはそのせいだった。
ユリアは顔を上げると、血に濡れた袖をあえて見せつけた。
「これはただの返り血です。ダンジョンのボス、なかなか手強い相手でしたが……なんとか勝利しました」
言葉の途中でユリアは一息つくと、不敵な笑みを浮かべた。
「おかげで……、今は最高の気分です」
魔壊の力を扱うアリサは、人の纏う魔力にもかなり敏感だ。
彼女から見て、今ユリアを覆うものは以前と全くの“別次元”だった。
こないだまで刺々しい印象だった魔力が、今は水面のように凪いでいるのだ。
魔力がここまで安定しているというのは、精神が鎮まり切っていることも意味していた。
それはつまり、瞬発力も桁違いに上がっているという状態を指す。
今ユリアを突然背後から襲っても、返り討ちに遭うのが関の山だろう。
それほどまでに、彼女の能力はハッキリ上昇していた。
「あっ、確かにニュースになってる。未攻略だった森林ダンジョンから、モンスターが1匹残らず殲滅されたって……」
アリサの背後で、ミライがタブレットを見ていた。
「絶対ユリじゃん……、またずいぶん無茶したね」
「当然じゃないですか……」
拳を静かに握ったユリアが、さらに表情を険しくする。
「あのふざけた大天使を葬るのはわたしです、わたしじゃなければならないんですっ。会長をあんな目に遭わせ、このわたしをとことん愚弄した不調法者……ッ! ミニットマンだけは––––」
ユリアの身体から、莫大な魔力が溢れ出た。
「このわたしが––––必ず殺します」
それは宣言であり、宣告……。
身を覆うのは魔力であると同時に、あろうことか想い人の負担になってしまったという憤怒。
天才にして最強––––エーベルハルト家の人間として、必ず討ち果たすという誓いだった。
「気持ちは伝わったわ、エーベルハルトさん」
「なら結構です、では早速席に––––」
「ちょいちょいちょいっ」
ミライは歩を進めたユリアの前に大急ぎで立つと、華奢な体をガッと両側から掴み……、
「その前に、シャワー浴びて来て」
クルリと180度反転。
見れば……開いた扉の向こうで、困り顔の大使館職員が目で何かを訴えていた。
その手には、赤く染まったタオルが握られている。
ここでようやく自分の惨状に気づいたのか、ユリアは髪についた血を触って––––
「やってしまいましたね……」
小さく一言。
ガタイのいい大使館員に両脇を抑えられながら、シャワールームへ連行されていった。
––––オーバーロード作戦開始まで、あと10分。




