第461話・上司との付き合い
「っというわけなので東風店長、すみませんが喫茶店のイベントは参加できそうにありません」
––––メイド喫茶、ドキドキ♡ドリームワールド店内。
休憩室で申し訳なさそうに銀髪を下げていたのは、メイド服に身を包んだアリサだった。
猫耳カチューシャがピコリと立っており、今や常連からはダントツ人気のメイドだった。
「ふーむ」
前に立つ高身長の男はウェーブにしたピンク色の髪を持つ、本来––––交わってはいけない“敵”。
大天使東風だった。
彼は顎に当てていた手を、腰に落ち着けた。
「フェイカー島の攻略かぁ、まぁ彼氏さんの敵討ちってんなら止める理由も無いかな。僕としてはアリサちゃんの熱唱が聞けないのが非常〜に残念だけど」
本当に残念がっている東風に、アリサは顔を上げた。
「ほんっとすみません! シフトの穴埋めはちゃんとしますので!」
「アリサちゃんは気にしなくて良いよ、遠慮なく島に籠る天使共をぶん殴って来るといい」
軽い口調で放たれた言葉に、アリサはかねてよりの疑問を振ってみた。
「……東風店長って、結局どっち側の味方なんですか?」
それは抱いて当然の疑問。
本当なら、アリサが倒しに行く敵は東風の同胞であり仲間。
何気なく部下として働いているが……、東風は天界の大天使であり、敵側の存在だった。
「実際わたしを雇うどころか、血界魔装の修行に付き合うなんて多分……禁忌にも等しい行為じゃないですか。それどころか天使を殴ってこいって……」
「アリサちゃん、善悪で物事は測れないのと同時に––––二極で世界は語れないんだよん」
「変に抽象化するあたり尚怪しいですって……、まぁ深入りするつもりはありませんけど」
アリサとしては、勇者との戦闘で助けてくれた時点で十分ありがたかった。
“いずれ戦うことになる”としても、今はこの尋常じゃなく強い上司の逆鱗には触れぬが吉。
会話を終わらそうとして––––
「……アリサちゃんは、腐った故郷にしがみつく人間をどう思う?」
「っ」
唐突な質問。
はぐらかすのは簡単だったが、それはとても失礼なことだと感じた。
なにせ、アリサ自身もキール共和国という腐った国を捨てて、ミリシアへやって来ているのだから。
「えと……共感はできますが、理解はできないと思います。価値観の相違というやつですかね」
「それと同じだよ、新しい環境に適応できない者は滅びるべきだ。まして––––自分たちの都合を押し付ける真似は許されない」
東風の言葉には、珍しく若干の怒気が混じっていた。
空気がヒリつき、アリサの頬に汗が流れる。
「まっ、真相は実に単純で……君にとってはどうでも良いことだよ。シフトの件は承った、ちゃんと生きて帰って来るんだよ」
「はいっ」
笑顔を見せる東風。
アリサもお辞儀をして、休憩室のドアノブを握り––––
「そういえばアリサちゃん、年始から雰囲気というか匂いがちょっと違うんだけど……シャンプー変えた?」
「? 別に変えてませんけど」
「そうか、あと体内魔力だが……なんで“竜王級の残滓”が君の身体に残ってるのかな?」
「ッ!!!?」
赤面しながら振り向くと、大天使は椅子に座ったままニマニマと笑っていた。
「別にプライベートを侵害するつもりは無いけど、程々にヤリなよ〜。未来ある若人たち♪」
「セクハラで訴えますよッ!!!」
アリサの放った本気の怒鳴り声に、これまた本気でビビった東風が転移魔法でどこかへ逃げた。
荒れてしまった呼吸を、ホールへ出る前に整える。
「……戦場から生きて帰れるかは全然わからない、もう一度。アルスくんに会ったら落ち着くかな」
扉が閉まり、休憩室から誰もいなくなる。
1人のメイドは、戦争を前に今日も働く。
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