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第456話・カレン・ポーツマス

この話を書くかは直前まで悩みましたが、やはり必要だと思い書きました。

 

 時刻は夜の11時。

 いい加減眠たくなってきたので、そろそろ寝ようかと思っていた俺は––––


「いつまでいるんだよ、もう寝るんだが」


 ずっと居座り続けているカレンに、重い口調で話しかけた。

 別に不機嫌というわけではない。

 単純にしんどさから、つい塩っ気のある声になってしまうのだ。


「い、言ったでしょ……! 今日わたしここで寝るから」


「意味わからん……、じゃあ寝袋出すからお前ベッドで寝ろ。今日は冷えるし」


「駄目に決まってるでしょ! 兄さんの方が体調不良なのに床で寝かせられるわけないじゃない!」


「じゃあどうすんだよ、お前が寝袋で寝るのか?」


 俺の問いに、カレンは不機嫌そうに頬を膨らませた。

 なんだ? こいつ、何が言いたいんだ……?


 沈黙が降りて10秒くらいしてから、カレンはふと頬の空気を吐き出す。


「あー……わたしったら駄目ね、兄さんが高熱で鈍感になってるのを失念してた」


「なんの失念だよ」


「ッ……!! こういう失念よ!」


 言うやいなや、カレンは無理矢理俺の寝るベッドに飛び込んで来た。

 ちょっ……! こいつ、何をいきなり!


 もがく俺を抱きしめながら、カレンは紅潮した顔で叫ぶ。


「“一緒に寝させろ”って言ってんのよ! 分かれバカ兄!」


「わかるかアホ義妹!! サッサと離れろ!」


「やだ!!」


「やだじゃねえ!!」


 死にかけの俺と、カレンの素の筋力は同程度。

 こちらの抵抗虚しく、ベッド奥深くまで侵入を許してしまった。


「……くっそ、何考えてんだよ。お前今日おかしいぞ」


「あえて言うわ、何も考えてない……」


「はぁ?」


「考えちゃったら、もうどうしようもなくなんのよ。今日はただ……兄さんと一緒にいたいだけ」


「ッ……」


 唯一ついていたベッド脇のランプを消し、部屋を真っ暗にする。

 カレンは俺の胸に顔をつけていた。


「ありがとう……」


「今夜だけだ」


「婚約?」


「どう聞き違えたらそうなる……、今夜限定! わがままな妹様に付き合ってやるってことだよ」


 本当にこいつは、反抗期が収まったと思ったら急にどうしたんだよ。

 とりあえず、もうサッサと寝て––––


「やっぱりだ、兄さん……凄くあったかい」


「あったかいって……お前、平熱いくつだっけ」


「38度」


「2度も違えば当然だろ」


「わたしにとっては、当然じゃない……」


 カレンの声色が変わった。

 どこか絞り出すような、押し出すような。


「わたしにとって人間は冷たい生き物だった、誰もわたしを真に温めてくれたことなんか無かった。たとえそれが、実の親だろうと……ッ」


 迷う。


 正直これを聞いて良いかはわからない。

 あまりにもタブーであり、俺も似たような体験をしているからだ。

 でも、


「1つ良いか?」


「うん」


「お前とマスターのご両親……、今どこで何やってる?」


 聞くべきだ。

 こいつの気持ちを、しっかり知るためにも。


「お父さんは……グラン兄が冒険者になった頃、わたしがまだ小さかった時。当時王国で最恐だった“魔獣王”ってのに殺された」


 魔獣王、過去にマスターが討伐したと言う伝説の魔獣。

 そいつが親を……。


 カレンは、絞り出すように続きを語った。


「お母さんは、ついぞお父さんを愛していた……。きっと一生添い遂げるつもりだったんだと思う。だから、殺されたと聞いた翌日––––わたし達兄妹を置いて“後を追った”」


「……そうか」


 言葉が出てこない。

 代わりに、俺はカレンへ掛かる布団を優しく整えた。

 それしかできなかった。


「グラン兄は……、それから怨嗟に囚われたように強くなった。わたしはそんな兄さんがどこか怖かった、強さだけに執着して、ドンドン冒険者ランキングを上げていったのを後ろから見てた」


「なるほど。それでマスターは遂に魔獣王を倒して、大英雄になったわけか……」


 今の温厚なあの人からは想像できないが、カレンが言うからにはよっぽどだったんだろう。


「大英雄だなんて……大袈裟な称号よ。結局、誰もわたしのことなんか見てなかった、父さんはグラン兄だけに期待して、母さんは父さんだけを見て、グラン兄は強さだけを求めていた」


 小さな腕が、俺の腰をガッシリと掴む。


「だからわたしも……いつからか自分しか信じなく、なった」


 声が途切れ途切れになり、力がより強くなる。


「それでかな、アルス兄さんがこないだ命懸けで、奪われたわたしの能力を取り返す手伝いをしてくれたの……凄く嬉しかった」


「妹なんだし当然だろ、……お前だって俺の家族だ」


 言った瞬間、真っ暗な部屋に怒鳴り声が響いた。


「当然なんかじゃない!! 普通は義妹ごときに死にかけるほど、高熱が出るほど頑張らないわよッ!! 世間の常識じゃ兄さんの方がおかしい! 実の家族よりもあったかい人なんて……普通いないのよ!」


 涙目で見上げて来たカレンは、ポツリと呟く。


「こんなにあったかい人、他に知らない……。他にいてたまるか、兄さんだけがわたしを温めてくれる唯一の––––」


 息が詰まる。

 眼前の幼い竜は、数刻押し黙った後に……とうとう本音を吐き出した。


「わたし、アルス兄さんのことが好き。兄妹じゃない……異性として、ハッキリ好きッ」


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