第453話・看病
「なんだよ急に……、俺と一緒に寝るって。マスターにちゃんと話したのか?」
怠さを押し殺しながら、おぼろげな目でカレンを見つめた。
デコの上のタオルをミニタブの上へかぶせるように置き、ついでに上半身をゆっくり起こした。
「グラン兄には看病するって言ってある、現に兄さん––––まだシャワーもまともに浴びれてないでしょ」
「まぁそうだが……、って。なんだよその足元の洗面器とタオルは」
言うやいなや、カレンはそれを持って入室して来た。
どこか動きがぎこちない気がするが、真剣な表情で迫ってくる。
「さぁ兄さん、服脱いでッ」
「いきなり何でだよ……、お前の前で脱げるか」
本当に何の気を起こしたんだこの義妹は。
けれども、カレンは構わず瞳の色を強めた。
「言っとくけど拒否権なんて無いから。このわたしの兄ともあろう者が、汗だらけで寝るなんざ許せないだけよ」
「だからそれで身体を拭こうってことか……? 自分でできるよ、お前に裸なんざ見せられん」
「妹に発情する方がおかしいって、ほら早く脱いで」
語気が強く、押し切られるように俺は渋々服を脱いだ。
シャツを置くと、やはりどこかぎこちないカレンがタオルを濡らす。
「なぁ、その水冷たくないか……? いきなり背中はやめてくれよ」
「大丈夫」
見れば、カレンが両手を突っ込んだ洗面器から、湯気が立ち昇り始めた。
冷水が、あっという間にお湯へ変わった。
「わたしは全身焔みたいなもんだから、お湯加減は多分これで良いはず。い、行くわよ……」
「なに緊張してんだよ」
「ばっ! してないわよバカ兄! ほら背中! 早くこっち向けて!」
理不尽。
赤面する妹様のおっしゃる通りに、反対側を向く。
ゆっくりと、優しく……タオルが押し付けられた。
「やっぱ汗……凄いじゃん、絶対しんどかったでしょ」
「そりゃ熱が40度あれば、誰だってしんどいだろ。暑いのか寒いのかわかんねーし」
「じゃあなんでそんな平気そうに振る舞うのよ、病人らしくしろ……とは言わないけどさ。もうちょっとそれっぽくしても良いんじゃない?」
カレンの問いに、俺は即答で「ダメだ」と答える。
拭っていたタオルの動きが止まった。
「俺が弱いところを見せたら……、きっと良くない方向に伝播する。皆んな頑張ってるのに、俺だけ弱いところ見せれるかよ」
止まっていたタオルが、ゆっくりと動き出す。
身体は熱くても、お湯の温かさが伝わってくる。
「……だから嫌がったって言うの? わたしに看病されること」
「それもあるけど、お前は俺の義妹––––恋人とは違うんだ。もし何かあれば……マスターの信頼を裏切っちまう」
あの人は、俺の恩人だ。
もしカレンに何かあれば、義兄たる俺はその信頼を失うだろう。
こいつとの関係は、それほどまでにシビアなのだ。
「フーン……」
背中が拭き終わり、一度タオルをお湯に沈める。
今度は腕を拭いてくれるようだ。
「兄さん、なんだかんだ結構倫理観あるじゃん」
「今問うのは、俺じゃなくお前の倫理観の気はするがな」
「兄を看病するくらい普通でしょ、ってか兄さん筋肉結構あるわね。さっき拭いた時背中も引き締まってた」
「ギルド時代の名残だ、考えてみれば……1年前はグリードの下で奴隷してたんだよな。毎日必死で死ぬかと思った」
振り向くと、どことなく柔らかい笑顔を見せるカレンがいた。
「変わったね……、ずいぶん」
「あぁ、変わった」
一通り吹き終わると、カレンはタオルを洗面器へ入れた。
「わたしも……、兄さんに会って結構変わった。まだ家族を拒絶してた––––あの頃から」
カレンが口に出し始めたのは、おおよそ半年以上前のこと。
俺と彼女が、”初めて会った日“の話だ。




