第450話・初めての即死魔法
本作でこういう回は初めて書く気がします。
「やっほー」
「ッ!!!」
大天使との邂逅。
ユリアの反応はまさに神速だった。
尋常ではない速度で宝具『インフィニティー・オーダー』を具現化すると、2刀短剣モードで首元に斬撃を叩き込んだ。
衝撃波が発生し、建物全体が地震のように揺れる。
火薬で吹っ飛ばした刃物より強烈なそれは、防げる者などこの世に殆どいない……はずだった。
「こっ…………、のっ!!」
歯軋りするユリア。
俺からしても信じがたい光景だった。
「元気が良いわね、賢竜族の末裔……エーベルハルト家のご令嬢さん?」
ユリアの放った攻撃を、ミニットマンはありえないことに”指1本“で止めていた。
白い皮膚は出血すらしていない。
「天使めっ……お前! 会長の部屋で何をしていた!」
「何もしてないわよ。あと怒りっぽいと嫌われるわよー、それっ」
指だけでユリアの剣を弾くと、組み伏せながら彼女の腕を掴んだ。
ガッツリと関節を抑えられており、抵抗が無力化される。
「ぐああぁッ!!?」
ミニットマンの小さな手が、ユリアの骨を握り潰そうと面積を狭めた。
魔力でガードしているはずなのに、全く意味がないのか……ユリアは悲鳴をあげる。
脱力した手から、宝具が音を立てて落ちた。
「『身体能力強化』!!」
傍観などもはやできない。
彼女を助けようと、駆け出した瞬間––––
「ほいっ」
直後、ミニットマンはユリアを俺目掛けて放り投げた。
避ければ彼女は壁に激突する、俺は攻撃を中断して、ユリアを受け止めた。
「パーティーに招待はしたけど、1人減っても別に問題無いわよね」
こちらを見下ろすミニットマンが、指先から紫色に輝く魔法を放った。
俺の直感が、”即死級魔法“であると告げた。
世界がスローモーションで動く……。
魔法が、死が––––ゆっくりと迫って来た。
竜王級としての驚異的な視力が、選択の時間を与えてくれたのだ。
今俺に取れる選択肢は2つ、片方は今抱いているユリアを盾にして魔法を防ぐ。
そうすれば、ミニットマンへ容易に反撃できるだろう。
もちろんだが––––
「会長!?」
そんな選択肢はあり得ない、家族を失うくらいなら!
俺はユリアを抱きながらその場で反転、ミニットマンの魔法を思い切り背中で食らった。
「ぐぅあッ……!!」
さすがに声が出る。
幸いにも、身体を盾にしただけあってユリアは無事なようだが……。
「会長!! 会長!!!」
ユリアの悲痛な叫び声と共に、俺はその場で倒れ込んだ。
床を這いつくばりながら、ミニットマンの方を向く。
「きゃっはっはっは! そうよねぇ、そうするわよねぇ! だってアンタには正攻法じゃ魔法なんて通じないもん。でもこうすれば簡単に当てられる」
蒼色の髪を揺らしながら、ケタケタと笑っていた。
まぁ予想通りの状態となったわけだが、動かなくなった俺を見たユリアから尋常ではない量の魔力が溢れ出る。
「ッ……!!! お前えぇええッ!!!」
普段の丁寧語などかなぐり捨てて、激昂したユリアが勢いよく立ち上がる。
表情は見えないが……、多分めっちゃ恐ろしい形相だろう。
落ちていた宝具を呼び戻すと、ほとんど瞬間移動に近い速度でミニットマンへ斬りかかった。
「よっと」
剣撃は空を切る。
天井を突き破った大天使は、蒼空を背に純白の翼を大きく広げた。
「そんな怖い顔しないでよ〜、せっかくの美人が台無しになるわ」
「ッ!! 舐めた口を!!」
「舐めても美味しくないわよ、戦果も得たし。今日のところは帰るから––––」
直後、ミニットマンの真上から焔が叩き落とされた。
巨大な豪炎のアックスにも似た一撃は、この店の主が放ったもの。
「ミニットマン……! 噂には聞いていたが、本当にふざけた天使だ」
元冒険者ランキング1位。
大英雄グラン・ポーツマスが、渾身の炎撃を打ったのだ。
けれども、やはりこれすら指1本で防がれている。
少し想定はしていたが、まぁこのくらい強いよな……。
「ちょっと空気読んでよ大英雄、せっかく良い気分で帰ろうとしてたのに」
「不法侵入者がずいぶんと図々しい、舐めたクソガキめ……!」
屋根上に降りたマスターが、剣を振りかぶる。
同時に、ユリアも宝具を魔法杖モードへ移行。
2人の武器へ、超高密度のエネルギーが生まれた。
「星凱亜––––!!」
「イグニス––––!!」
大陸最強クラスの魔導士2人が、1人の大天使目掛けて全力の魔法を放った。
「『火星獣砲』!!」
「オーバードライブ!!」
撃ち放たれた大魔法は、上空のミニットマンへ直撃した。
爆炎が彼女を包み込み、強大な魔力干渉でスパークが発生する。
これが以前戦った大天使スカッド相手なら、致命的ダメージは確実のはず。
しかし––––
「良いことを教えてあげる、愚かな人間さんたち」
黒煙が吹き飛ばされた。
腰に手を当てた状態のミニットマンが、全くの無傷で現れる。
まるでそよ風を受けたような表情だ。
「今の段階じゃ––––このわたしは絶対倒せない、アルス・イージスフォードも、王都と彼女を人質にすればこんなもんよ」
ミニットマンの背後の空間が歪んでいく。
「また会いましょう、皆様」
その言葉を最後に、大天使ミニットマンは跡形もなく消えた。
しばらく硬直していたユリアだったが、我に帰ったのか大慌てでこちらへ走って来る。
「会長!! 会長!!! 大丈夫ですか!!?」
半泣きで狼狽えるユリア。
ちょっと申し訳ない気持ちになりつつも、”大方予定通り“なのでとりあえずヨシとしよう。
ひとまず、『家族』と『王都』は無傷だ。
これが達成された時点で、戦術的には俺の勝ちと言って良い。
もちろん、戦略的にも”ある用件“が達成された。
通路の天井には穴が空いたけど……。
「いっつつ……、まずはお前が落ち着けユリア」
「で、ですが……会長! 身体に即死級魔法を!」
「おいおいユリア、俺が誰か忘れちゃいないか?」
ムックリと、俺は汗をかきながら上半身を起こした。
「お前の彼氏は、世界で一番タフな男なんだぞ」
背中に局所展開していた『ブルー・ペルセウス』の魔力が、ボロボロと剥がれ落ちる。
計算通り、ギリギリで直撃だけは免れた。




