第45話・この選挙––––徹底的に勝つぞッ!
初夏も過ぎ去った夏の午後、ジリジリと王都を照らす陽光の下で夏服姿の男女––––王立魔法学園全校生徒605人が、体育館に続々集結していた。
「A組はこっちの列から並んでくださーい、各自指定の席へ座るようにー」
来るべき日がきた。
夏休みも目前に迫った今日この日こそ––––
「いよいよだね、アルス」
隣に立ったミライが、強い眼差しでこちらを見上げてくる。
王立魔法学園 生徒会長選挙。今日はその投票日なのだ。
一か月に及んだ熾烈な選挙活動の結果が、ついに明らかとなる。
否応にも心臓の鼓動は早くなっていた。
「なんというか、こうしてバカみたいに広い空間を見渡してると感慨深くなるよ」
「具体的には?」
「ギルドで必要以上にこき使われながら働いて、自分は永遠に消耗品として終わるかと思ってた……。でもお前に会って、辛い経験が下積みとして活きて今この場に立っている……思うところくらいあるよ」
「さすがわたしを抜いて“学園1位”になっただけはあるよ、正直めちゃくちゃ悔しいけどね」
ユリアとの公式戦から数日後––––公式戦管理委員会はランキングを一気に変動させた。
それまで無敵と謳われていたユリアの技をすべて打ち砕き、正面から粉砕。
最終的には意識を完全に奪い、魔石まで砕いたことから彼らは俺を次の学園トップに指名した。
「正直、まだあんまり実感ないけどな……」
「そんなこったろうと思った、アンタが今の学園1位なんてわたしも信じられないわよ。でも投票日に間に合って良かったね」
ミライの言う通りだ。
開票日までに学園ランキング5位内に入れなかった候補者は、問答無用で落とされる。
今回投票欄が用意されたのは、俺とユリア、あとは1年の男子が1名。
残り2人は今日までにランキングを上げられず、立候補取り消しとなった。
『これより、第77回生徒会長選挙を行います。立候補者、および関係者以外は着席願います』
いよいよ始まる……。
思わず身構えると、袖がチョイチョイと引っ張られた。
ミライとは反対側の左腕だったので、誰かと振り向いた俺は目を丸くした。
「こんにちは……イージスフォードさん。今日でついに決着ですね」
金髪のショートヘアを下げ、半袖から伸びた手を引っ込めながら和やかに微笑む。
この一か月バリバリに戦い抜いた俺のライバル。
ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトだった。
「あぁ、お互い最後まで気を抜かずに全力で戦おう」
「もちろんです、わたしの誇りにかけて真剣勝負で挑みますよ。と言っても……応援演説がいないのでわたしにできることはもう僅かなのですが」
「そうなのか……」
「えぇ、一応親友と呼べる子はいるんですがスケジュールを取らせたくなくて。まぁ気にしないでください、元から誰かに頼る性分でもないので」
キッとユリアは、ミライを見つめた。
「応援演説、頑張ってくださいね……ブラッドフォードさん」
それだけ言い残し、ユリアは自分の待機場所へ向かった。
ちょうどタイミングよく、応援演説の時間が始まる。
「ッ……」
俺は緊張で震えるミライの背中を、バンっと少し強めに叩いた。
「んにゃ!?」
「頼んだぜミライ、一気に決めよう! この選挙––––徹底的に勝つぞ!」
一拍置いたミライは少し笑みを浮かべ、深呼吸して前へ進んだ。
「あったぼうよッ!」
それからは一瞬だった。
コミフェスで鍛えられた豪胆さゆえか、決して怯むことなく、演出を交えながらミライは応援演説を展開していく。
時にはいつの間に用意していたのだろう、魔導タブレットを使ったプレゼンで強烈に公約を印象付けていた。
そして午後も終わりが近づき、全校生徒が投票箱に票を入れていった……。
◆
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『第77回生徒会長選挙結果』。
カルロス・リード(1年・学園ランキング5位)
総投票数……36票。
ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルト(2年・学園ランキング2位)
総投票数……107票。
アルス・イージスフォード(2年・学園ランキング1位)
総投票数……462票。
上記の結果を踏まえ、アルス・イージスフォードを王立魔法学園 第77代生徒会長に任命する。
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通路に大きく出された張り紙を見ながら、俺は大きく息を吐いた。
それは安堵だったかもしれないし、込み上げる嬉しさだったかもしれない。
いずれにせよ、俺はこの選挙に勝ったという認識でいいと思う。
学園中が、お祭りのように湧いていた。
「本当に、貴方には驚かされてばかりですね……」
俺は声の主、さっきまでのライバルだったユリアと正面で向かい合った。
彼女の顔は悲壮なんかではなく、穏やかそのものだ。
「お互い……これが全てを出し切った結果だ、恨みっこはなしでいいか?」
「えぇ、もちろんです。自分の課題と超えるべき目標はまだまだあると知れました。恨みっこはなしです……、なし、で……すッ」
歯を食いしばり、ユリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ダメですね……っ、わかってはいても、悔しくて仕方ないです。これじゃ子供と全然変わんない……のに!」
「……俺たちは全力でぶつかった、だが悔しいものは悔しくて当たり前だ。俺だって逆の立場ならきっと同じに思う。それはまったくもって正常な感情だ、だから––––」
だからこそ、俺は意を決して彼女の両肩へ手を置いた。
「ユリア! お前に今日から始まる新しい生徒会––––そこの“副会長”になって欲しい!」
目尻を涙で濡らしながら、彼女は呆気に取られたような表情で俺を見る。
「どういう……ことですか?」
「この学園の副会長は、当選した生徒会長が任命することになっている! 俺はお前に副会長をやってほしい、全力でぶつかったお前だからこそ、是が非でも頼みたいっ!」
降った沈黙はほんの3秒にも満たない。
けれどそれは数時間にすら感じられた……。
やがて、ユリアは俺の手を掴み肩から離した。
「まったくしょうがない人……、こういうのは普通ブラッドフォードさんを選びませんか?」
「もちろん考えたさ、あんなに協力してくれたしお礼はたくさんするつもりだ。でも……副会長という役職はお前以外どうしても考えられない」
スッと俺から手を離したユリアは、フゥッと小さいため息をついた。
「フフッ、たしかに……普通の呼び方じゃ、なんだかもう呼びづらいですしね」
顔を上げたユリアは、夏の陽光に負けないくらいの笑顔で微笑んだ。
「お願い––––承りました、“アルス・イージスフォード生徒会長”!」




