第445話・訪問者
––––1月5日 王都。
「ごめん……ミライ姉、何日も泊まらせてもらっちゃって」
大きなバックを背負ったカレンが、隣を歩くミライへ申し訳なさそうに頭を下げた。
バックの中には数日分の衣類や生活用品がギッチリ詰まっているが、カレンにとっては空袋を背負うも同然。
けれども腰が下がっているのは、重さではなく気持ちのせいだろう。
雑踏の中で、私服姿のミライが微笑む。
「良いってことよ、カレンちゃんみたいな可愛い妹は何日だって歓迎だから」
「ありがとう、でも……」
幼い焔の冒険者は、まだ成長途上の胸に手を当てた。
「何日もミライ姉と話し合ってわかったのに、まだ認めたくない自分がいるんだ。まさかわたしがアルス兄さんを意識してるなんて……」
そう、カレンが数日家に戻らなかったのはちゃんと理由があった。
つまるところ、非常に簡単に言えば––––とても“恥ずかしかった”のだ。
「今まで同性の友達に近い感覚だったから、兄さんとどう顔を合わせれば良いかわかんない……」
「想いが爆発してるわね〜、マジ萌えるわ。ってか今までと同じじゃダメなの?」
「無理無理無理っ、だって兄さんのベッドに夜パンツ1枚で寝っ転がってたんだよ!? 今そんな距離間でやらかしたら絶対正気じゃなくなる!」
首を振るカレンに、思わず「良い義妹ムーヴしてる」と呟きそうになったが、理性がかろうじて止めた。
とにかく、問題は山積みなのだ。
「まぁ、確かにこうして家に帰る道中だけどさ……カレンちゃん。もう顔赤いよ?」
「そっ、そそそそんなわけ! まだ兄さんに会ってもないのに!?」
「会う前でこれか〜、このまま帰すのはちょっと危険ね……」
既にカレンの身体からは、真冬に似つかわしくない熱気が溢れていた。
まるで隣に焚き火を置いてあるようだ。
こんな状態でアルスと会えば、真っ先に体調不良を疑われて面倒になる。
頭の良いミライは、頼れる姉として直帰を潔く諦めることとした。
「この近くにアリサちゃんが働いてるメイド喫茶があってね、あっ、生徒会の会計でアルスの彼女。一応面識あるでしょ?」
「う、うん……ルールブレイカーと戦った時に少し」
「ちょっと飲み物でも飲んでから帰りましょう、ついでにアリサちゃんからアドバイスもらえるかもだし」
「むっ、うぅ……わかった」
こうなれば話は早いもので、徒歩5分ちょっともすれば目的地が見える。
「あそこよ、メイド喫茶ドキドキ♡ドリームワールド。凄い名前だけど普通に美味しいから」
「ミライ姉が言うなら……。うん?」
近づけば、店の前で立っているメイドがいた。
ツーサイドアップにした銀髪が輝き、特徴的な青目が美しい華奢な美少女……。
「アリサちゃん? どしたのこんなところで。その格好で外は寒いでしょ」
「わっ、ミライさん!?」
振り返ったのは、確認するまでもなくアリサ本人だった。
こないだの勇者戦で手ひどくやられたと聞いたが、魔導士なだけあってもう傷は治っているようだ。
「ミライさんに……、カレンさん? どうしたの?」
「アリサちゃんのメイド姿目当てでちょっと寄ろうと思ったの、そっちは何してんの?」
アリサは薄い生地のメイド服を着て、チラシが大量に入ったカゴを持っていた。
「これ? あぁ……近々ウチでメイド全員参加のライブやるからその宣伝。お店の指定メニュー頼んだらチケットが貰えるんだって」
「マジ!? 今日頼むわそのメニュー! 当然アリサちゃん出るのよね!?」
「全員参加だしね……、正直乗り気じゃないけど」
本来人前は苦手なアリサだが、店長たる大天使東風が意気込むイベントなら拒否はできない。
「見逃せない神イベだわ〜、せっかくだしアルスも誘いましょう」
タブレットをカバンから取り出すミライ。
数日前まではミニタブ限定だった通話機能だが、最近アップデートでマイク付きの物ならどれでもできるようになった。
チャット・通話アプリの『ロイン』を選択し、慣れた手付きでアルスのアイコンをタップ。
この時間なら、絶対に出てくれるのは知っている。
ワンチャン、直接会う前にすぐ照れるカレンのため予行演習でもと思ったが……。
「…………」
「…………」
「…………」
コール音が何度響いても、アルスが出ることは無かった。
疑問符を浮かべながら再度タップした向こう––––
喫茶店ナイトテーブルの2階、アルスの寝室で呼び出し音が鳴り響いていた。
勉強のための本や筆記用具が並んだ机の上で、ミニタブが振動している。
「あら? 彼女からの電話だけど––––出ないで良いの?」
椅子に座ったままのアルスへ軽く言い放ったのは、蒼髪蒼目でゴスロリドレスを着た少女。
頭上には上位種族を示す輪っかが浮かんでおり、背中からは純白の羽根が生えた––––
「なんなら、代わりにわたしが出てあげても良いけど? 竜王級アルス・イージスフォード?」
“大天使ミニットマン”は、アルスのベッドに腰掛けながら––––彼の顔へ魔法の迸る指先を向けつつ笑った。




