第443話・世界最強のアルバイト
空気が凍りついた。
店内の客も、ユリアも、配膳していた俺も動いていた手がピタリと止まる。
「聞こえなかったか? 俺たちは魔導士だ、てめえら一般人のガキじゃ殺されるのがオチになる」
首を傾げ、こちらを見るユリア。
「会長、これっていわゆる強盗というやつでしょうか?」
「ん、まぁ……そうだな。強盗だよ、多分」
未だキョトンとした様子のユリアへ、男は小銭受けを乱暴に弾き飛ばしながら続けた。
「良いからサッサと金出せや、怪我したくないだろ? ここで魔法使えば……他の客だって一瞬で死んじまうぜ」
それまで対応するマニュアルを探していたユリアの目が、一瞬で変わった。
エメラルドグリーンの目を見開き、放出された圧倒的な魔力が窓を震わせる。
「取り消してください、お客様への乱暴を……当店は一切許しておりませんので」
「なっ、なんだよ……! 威嚇か? 今さらガキなんかにビビるかよ」
通常であれば店内はパニックになるが、あいにくとこの店は事情が違う。
大英雄グラン・ポーツマスその人が、ああいう強盗から客を守るべく選び抜いた、世界最強の店員が集う場所。
それがここ––––喫茶店ナイトテーブルだ。
「お引き取りください、これ以上騒ぐなら警務隊を呼びますよ?」
ユリアの眼が細まり、覇気が強まっていく。
連中はあまりにも不幸だった。
まさか、たまたま襲った喫茶店が……。
「呼べるならな、その前に死者が出るだろうけどよ」
竜王級と、魔人級最強格の魔導士がバイトしてるなんてな。
「会長」
「おうよ」
王立魔法学園の生徒会長と、副会長が同時に戦闘体勢に入った。
ユリアはカウンターから身を乗り出すと、台を軸に強盗の1人へ強烈なハイキックをお見舞いする。
のけぞった仲間が、炎属性魔法を発動しようと杖を構えた。
「さっき魔導士って言ったな?」
客の盾となるように、机の間を縫って俺は接近。
『身体能力強化』を発動し、金色のオーラを纏う。
「なら多少手荒になりますよ、お客様」
「なっ、こいつ……!」
俺は炎の具現化された杖を、右手で思いきり握り締めた。
業火を力づくで抑え込み、杖ごと引き寄せる。
「俺の炎が……! 握り潰されただと!?」
「店内は火器厳禁ですので、炎の類はご遠慮ください」
ニッコリと笑い、眼前の自称魔導士を背負い投げで床へ叩きつけた。
一撃で白目を剥きながら倒れた仲間を見て、さっきユリアにハイキックされたヤツを含める3人が、襲いかかってきた。
「ごはっ!?」
俺は天使でもなければ見えない速度で、連中の背後へ回り込んだ。
相手からすれば、突然消えたように見えただろう。
勢い余った強盗たちは、空ぶって互いに衝突した。
俺はサッと横へ逸れる。
「ユリア、丁重に外へお連れしろ」
「了解です」
客の前に出たユリアが、右手を突き出した。
大気が圧縮されて行き、極小にまで縮んだ。
「上級風属性魔法––––『ウインド・インパクト』」
押し出された空気の大砲が、強盗グループを扉ごと吹っ飛ばした。
さすがユリアなだけあって、指向性と範囲を極限まで絞って攻撃していた。
バラバラになったドアはまぁ、いざという時壊しても良いと言われている。
俺は再び、路上で倒れる強盗の前へ高速移動した。
見下ろす形で忠告する。
「魔導士による犯罪は罪が重いぞ、特に––––」
俺は必死に逃げようとした男の服を掴むと、強引に首から下げたヒモを引き裂いた。
「『魔導士モドキ』なら尚更だ」
連中が持っていたのは、案の定……エルフ王級の“フェイカー”だった。
俺は左手のそれを、遠慮なく握り潰す。
強盗の戦意も、同時に砕け散った。
「威力業務妨害だ。自称魔導士。正当防衛……させてもらうぞ」
胸ぐらを掴まれた青年は、相対した人間が何かにやっと気づいたようで。
「おっ、お前……まさか。竜王級––––!!」
衝撃波を伴った異次元のデコピンが、強盗から意識を消し去る。
倒れた仲間を尻目に、必死で逃げようと立ち上がった強盗たちも、
「よっ」
俺は虚空で2度パンチ。
圧縮された拳圧が、弾丸となって残った2人の背中へ直撃する。
悲鳴を出す間も無く、その場で強盗は倒れた。
「ユリア、とりあえず警務隊に通報してくれ。俺はマスターに事情話しとくから」
「はい、他のお客様はどうしますか?」
「マニュアルでは強盗発生時、警務隊が来るまで店内で待ってもらうことになっているから。コーヒーを出して席にいるよう言ってくれ」
「わかりました」
喫茶店ナイトテーブルは、本日も絶賛営業中です。




