第44話・なんで、そんなに優しいんですか……っ!
時刻は午後6時、ユリアとの公式戦に勝利した俺は他の生徒たちと一緒に帰りの船へ乗り込んでいた。
汽笛が鳴り響くデッキを抜けて、船内へ––––
「あぁ〜、体が怠い……」
あまりにも魔力を使いすぎてクラクラするが、歩く分には問題ないだろう。
それよりも行くべき場所が俺にはあるのだ。
「ここでいいんだよな?」
俺は2回ノックすると、医務室のドアを開けた。
中には4つベッドがあり、保険医は席を外していると既に聞いている。
窓際のベッドで、上体だけ起こして海原を見つめる少女へ声をかけた。
「よう、具合は大丈夫か? エーベルハルト」
夕日に輝く金髪と一緒に、ユリアがハッとした表情でこちらへ振り向く。
「イージスフォードさんですか……。おかげさまで、おでこの包帯が似合う女になりましたよ」
「ユーモアを交えれるくらいには元気そうで良かったよ、座っていいか?」
「どうぞ」
意外にも、彼女はアッサリ俺を隣のベッドへ落ち着かせてくれる。
しばらく視線を泳がしたユリアが、フゥっと息を吐きながら俺を見つめた。
「完敗です、わたしは全身全霊全てを賭けて挑んだのに……。まさか同世代の人に負けるなんて思ってませんでした」
「殺すつもりで挑んだからな、正直慣れない戦い方で俺もギリギリだったよ。でもユリ……、エーベルハルトの体が大丈夫そうで安心した」
クスッと、彼女は少し笑いながら患者着に覆われた足を床に下ろす。
「“ユリア”で良いですよ、貴方はこのわたしに勝ったんですから……気遣いは無用です」
「それは、少なからず認めてくれたっていう認識でいいかな?」
「そうですね、このわたしを呼び捨てにできる人間なんてそういませんよ。噛み締めて喜んでください」
「自分で言うか」
ちょっとドヤ顔をするユリアへ、俺はカゴから持ってきた食事を台に置いた。
「飯、食えるなら少しでいいから食べるようにしろよ。ユリアも今日かなり魔力使ってるんだし」
「え、わざわざ持ってきくれたんですか?」
「そりゃあまぁ……、大事な同級生だしな」
「ッ……!」
少し目を逸らしたユリアは、なぜか頬を紅潮させながら目線でパンを示した。
「食べさせてください、腕が痛くて動きませんので」
「えっ? でもそんなところ怪我してたっけ––––」
「いいから! もうペッコペコにお腹空いたんです! パンをちぎる力もないんです!」
「おっ、おう!」
急いで手近なパンを掴むと、水筒から小皿にスープを注いだ。
そこにちぎって浸し、噛みやすくしてユリアの小さな口へ運ぶ。
「んむっ」
「ちゃんと噛めよ、水飲むか?」
「ん……」
ユリアがパンを呑み込むのを待って、別の水筒から飲ませてあげる。
なんか、さっきまで死闘を演じていたライバルにこうしてご飯食べさせるのって温度差ヤバイな……。
いやまぁ、腕が痛いと言うなら俺にはこうする義務があるだろうし良いんだが。
パンを1つ食べさせ終わると、ユリアは少し困惑したような表情を見せた。
「なんで、イージスフォードさんはそんなに優しくできるんですか……。わたし、学校で結構嫌な態度取ってたと思うんですけど」
「なんでって言われてもな……。そりゃ確かに選挙の相手だから多少はギスることもあるだろうけど、お前は卑怯な手を使わず正攻法で戦ってくれた。そういう人間味が見えたからかな」
「人間味、ですか……。凄いですね、わたしはそういうの全然意識してませんでした」
「それに、俺よりもっと心配性なヤツがそこに隠れてる」
「えっ?」
俺がちょいちょいと促すと、ドアがゆっくり開かれる。
茶色のポニーテールを下げ、白が基調の制服に身を包んだミライが気まずそうに入ってきた。
「ブラッドフォードさん……?」
「こ、こんにちは。ご飯、ちゃんと食べれてる……?」
「えぇ、特に問題は……」
変にモジモジするミライを、焦ったいので俺の横に座らせる。
「言っとくと、お前に食事を持って行こうって最初に提案したのはミライだ」
「ちょっ! それは言わない約束じゃん!」
「はいはい静かに、ここ医務室だぞ〜」
信じられないと言った様子で、ユリアはミライを見た。
「ホント……ですか?」
「あぁ〜うん、まぁ……ね。なんとなくお腹空いてないかな〜と思って」
「だったらなおさらわかりませんよ……! ブラッドフォードさんはわたしが負けて嬉しいんじゃないですか? わたし、貴女との公式戦ではそんなこと全然してなかったのに」
「そりゃアルスが勝ってくれて嬉しかったよ、エーベルハルトさんとも仲は良くないと思う。けどあなたが嫌いってわけじゃないし……。あんな凄い戦いに魅せられたら、誰だって惚れるでしょ」
意を決したように前へ出たミライは、ユリアの手を優しく握った。
「すっごく良い戦いだった! さすがこのわたしを負かしただけあるよ!!」
ユリアが耐えられたのはそこまでだった。
まるでダムが決壊したように、彼女の頬を大粒の涙が伝っていく。
「ウッ、エグ……ッ。ほんと……敵いませんね、貴方たち2人には……」
ユリアはその後、ひとしきり子供のように泣きじゃくった。
溜めていた学園1位の重圧と想いを吐き出すように、ただひたすら……。




