第439話・竜王級脅威論
「…………ッ」
大使館内で映像を見ていた俺は、気付かぬ内に大量の手汗を握っていた。
これが超一流の軍隊の仕事。
奇想な電撃戦で速やかに司令部と円盤を葬り、後方へ回り込んでの包囲殲滅。
しかも、今回は“飛行機”なる秘密兵器まで登場した。
こんなの……。
「絶対勝ち確じゃん」
俺の隣で座って見ていたアリサが、ポツリと呟く。
彼女は元スパイ、軍事についても普段は話さないだけで知識は十分に持っているはずだ。
ユリアとミライも、何がどういう状況なのかは地頭が良いので理解しているようだった。
「航空機……興味深いですね、魔導士ではない人間が空から攻撃できるなんて。いつから開発してたのですか?」
ユリアの質問に、ラインメタル大佐は素早く応答した。
「開発は何年も前から行っていた、我が国に流れ着いたドイツ人とアメリカ人、日本人技術者が主導となってね」
「やはり……“亡国の民”が中心ですか」
「我々の技術力は、元を辿れば彼らのおかげだからね。実践投入はさすがに今回が初めてだよ、それでも戦果は予想以上だ」
日本人を含めて、母国が地球上に存在しない民俗を、俺たちは亡国の民と呼ぶ。
彼らは未知の知恵と能力を持っており、日本人に至ってはミリシアでも一時期脅威論が叫ばれたほどだ。
「いやーすっごいわね、こんなん見たらアルス興奮しちゃうんじゃない?」
「まぁな、ああいう戦い方は組織だからこそできる。一個人で可能な作戦じゃない」
けど、俺を喜ばせる目的で大佐がこの映像を見せているはずは当然無い。
狙いはもっと別––––
「ラインメタル大佐、わざわざ俺たち4人に戦場の映像を見せるなんて。本当はこれ……あなたの案じゃないのではないですか?」
俺の問いに、しばらく黙った大佐は。
「…………やはりお見通しだったか」
席に座りながら、大佐は大画面のモニターを眺めた。
疾走する戦車の映像が映っている。
同時に、大佐から最小限の防音魔法が展開された。
「君たち生徒会にこの映像を見せるよう提案したのは、我が国の対外情報庁と公安委員会、そして一部の反魔導士派閥の軍人らだ」
やはりという思いが湧く。
軍事機密の映像を見せるなら、そこには必ず裏があるものだ。
「イージスフォード君、いつか君には伝えたと思うが……私は君たちと良き関係でありたいと常に思っている。これは我々王国軍の半数を占める数が同じ思いであるとも言える」
大佐の声には、含みが大量に入っていた。
相変わらず姿勢の良い状態で、代わりにユリアが答える。
「っとなると、その正反対の考え……わたし達を“脅威”と捉えている派閥がいるのですね」
「さすがエーベルハルトくん、聡明だね」
「天界軍を相手に世界規模で圧倒する連合軍の姿を見せて、さながら竜王級に対して威信を発揮しよう……という魂胆でしょうか」
「だろうな、言っとくが私は反対したよ。そんなもの見せたところで、君たちが国家の下につくわけじゃないだろう?」
全部わかっているであろう大佐は、遠慮なく裏のベールを剥いだ。
「まぁ、俺たちまだ学生ですし。軍人とかじゃないですから」
「そう、そこだよ」
椅子ごと俺の方を向きながら、大佐は続ける。
「反対派は、君たち生徒会という国家に匹敵する力を持った学生集団を、なんとか自身の手で制御したいんだ。無謀かつ傲慢にもね」
「だから大佐は、俺たちがそこに気づくだろうと確信しながら、敢えて反対派の作戦に付き合ったわけですか」
「すまんがそういうことだ、新年早々に休日を使わせて申し訳ないと思うよ」
「いえ、大佐の判断は的確ですよ。確かに俺たちは本気になれば軍隊でも相手できますが……それは愚か者のすることです。そしてもし反対派の意向に背き続ければ、ある日いきなり俺たちの頭上へ“核ミサイル”が降ってくるでしょうし」
そう、今日のこれは未来に起こるかもしれない愚かな内乱を防ぐための予防措置だ。
核ミサイルが俺に通じるかはともかく、
大佐はこれを口実に竜王級脅威論を抑え付けることができ、俺たちはこれからも自由に動ける。
ある意味、とても大事なイベントだと言えよう。
全てを話した大佐は、タブレットを手に取る。
「趣旨としては以上だ、これで私が君たちの日常に支障をきたさないよう奴らを説得できる。口実作りとしてはもう十分だろう……映像を中断して家に帰っても良いが。どうする?」
そんなの、答えは決まってる。
「まさか、せっかく一流国家の軍事行動を見学できるんですから。最後まで見させてもらいます」
ユリアの方も、椅子を回転させてモニターを向いた。
「そうですね、既に降伏した情けない我が祖国といかに違うか……見極めさせてもらいます。あと、そもそも会長が見るなら無条件でわたしも見ます」
ミライが手を挙げた。
「右に同じく、アリサちゃんは?」
問われたアリサは、俺のすぐ側まで椅子を寄せながら笑顔を見せる。
「アルスくんを置いて帰れないよ、ね?」
上目遣いで見上げてくるアリサに、かなりドキッとしながらも肩を抱き寄せる。
「っというわけです大佐、今日1日くらい……人類の勝利に捧げても文句は言われないでしょう。全員で見届けます」
映像の戦車部隊が、遺跡まで20キロを切った。




