第437話・秘密兵器投入
中央司令部、および航空部隊を失った天界軍は一気に浮き足立った。
司令部へ通信しようにも、さっきからノイズだけが響いて全く繋がらない。
最後に連絡したのは、敵が本当に平野部へ来るか確認するための航空偵察要請だった。
結果としては、対空砲の攻撃を恐れて拒絶されたのだが……。
「くそっ、どうなってやがんだよ……」
『多脚戦車グレイプニル』のコックピット内でぼやいたのは、まだ若い天界兵。
彼の周囲には、暗く狭い空間と照準器を中心としたモニター群が広がっている。
『大隊長より各機へ、持ち場を維持しろ! 周囲警戒は怠るな』
上官の命令に、思わず舌打ちする。
上級指揮系統を失った今、戦場の霧が支配するこの場をより明瞭にすることこそ優先されるはず。
なのに、現状維持とはどういうことか。
おそらく、失った司令部同様……“極度に損害を恐れている”のだろう。
天界の資源は有限だ。
たかが地上人ごときとの戦闘で、戦術航空機や戦術戦車を失うなどあってはならない。
若き天界兵ことラスコーは、渋々言われた通りに周囲を警戒する。
「なんだ……?」
戦列の最前線にいた彼は、地平線ではなく空にポツポツと見えた黒い影を捉える。
最初こそ鳥の群れかと思ったが、すぐに違うと確信した。
「14より小隊長! 12時の上方から何かが接近中!!」
すぐに無線機へ怒鳴るが、小隊長の反応は鈍い。
そうこうしている内に、大量の黒い影はドンドン形をハッキリさせていった。
「まさか……っ」
戦慄する。
モニターへ移ったのは、先端に付いたプロペラと左右に広がった翼。
水平、垂直尾翼を備えた––––“固定翼機”だった。
思わず叫ぶ。
「敵機直上!!! 急降下!!!」
綺麗に隊列を組んだ多脚戦車隊目掛け、真上から死のサイレンを鳴らしながら突っ込むは、アルト・ストラトス王国陸軍の秘密兵器––––“Ju87スツーカ”急降下爆撃機だ。
「回避!! 回避!!」
噴射剤を使用して、ラスコーは高機動回避を行う。
15機のスツーカが空中で投下した500キロ航空爆弾は、まだ動けていなかったグレイプニルの隊列へ次々叩き込まれた。
直撃はもちろん、至近弾ですら爆風で吹っ飛ばされる。
それもそのはずで、このグレイプニルは主に対魔導士を想定して作られた兵器。
対魔法コーティングに加え、魔導士に負けない高機動。
武装としては57ミリ速射砲を2門と、6.8ミリ機関銃を1門搭載するのみ。
とてもじゃないが、航空機に対して反撃などできない。
『大隊長より各機!! 散開して回避せよ!!』
あまりにも遅い命令。
この一言の間にも、さらに17発の爆弾が投下されていた。
何もない平野部で美しい戦列を組んだ戦車など、航空機にとってはただの的だ。
「クッソ!!!」
ラスコーの目の前を、5機のスツーカが高速で通り過ぎていく。
それらは機首に付いた30ミリ機関砲を用いて、逃げ惑うグレイプニルへ襲い掛かった。
発砲される度、装甲を貫通された戦車が火柱を噴く。
この兵器は魔法にこそ強いが、物理攻撃にめっぽう弱かったのだ。
『クソが!! 来るな!! 来るな来るな来るなー!!』
狂乱状態の若い兵士が、高機動モードで逃げ惑う。
「おい待て!! そっちに行くな!!」
警告は届かない。
パニックになったいくつかのグレイプニルが、勢い余って自らがこしらえた爆裂魔法地雷を踏み抜いた。
噴き上がるような爆発が、瞬時に何機もの戦車を消し飛ばす。
敵機襲来から5分足らずで、50機以上のグレイプニルが粉々にされた。
「14より戦域リーダー! 撤退を進言します! 航空支援無しでは空爆に晒されるだけです!!」
『こちら戦域リーダー! そんなことはわかっている! 動ける者は順次後方の遺跡へ退避を––––」
ラスコーの眼前で、戦域リーダーの乗ったグレイプニルが弾け飛んだ。
爆弾でも機関砲でもない、撤退しようとした方向へ振り向いて……ラスコーは絶望した。
「ッ……!!」
退避用に準備していた道を阻むように、森を高速で抜けたアルト・ストラトスの主力戦車が走って来たからだ。
前方の地雷、上方の敵機––––そして後方に30両の戦車が立ちはだかった。




