第433話・ミニットマンの策謀
一見すれば玉座の間のような空間のここは、荘厳さとかけ離れた装飾がなされていた。
柱や天井には、お菓子を模したカラフルな風船がくっついている。
その最奥にあたる空間で、スーツを着た男は呟く。
「随分とご機嫌斜めですね、ミニットマン様」
異形の翼を生やした大天使アグニは、眼前の椅子に座る小柄な主人を見下ろした。
「結果としては残当でしょう、今更落ち込まれてもしょうがない気がしますよ」
「ちょっとは使えると思ってた手駒が、揃って返り討ちにあったんだから当然じゃない。何が勇者よ……みっともなさ過ぎるわ」
蒼色のショートヘアを下げ、全身をこれも青が基調のゴスロリドレスで彩った少女こそ、今回起こった勇者騒動の首謀者。
––––大天使ミニットマンだった。
「元より捨て駒だったでしょうに、この世界の人間に期待するだけ無駄だと思いますが?」
「わたしは希望に縋りたいのよアグニ、この土人共が住む星でもいくらかはやれるかもって」
「その土人に、我々はかなり辛酸を舐めさせられてますがね……」
勇者は倒された。
ミリシア王都を殲滅することは叶わず、魔王たる竜王級は健在。
だが、ミニットマンは椅子に座り直しながら答えた。
「まぁでも、“最低限の目的”は成せた。今はこれで十分でしょ」
「そうですね、ヴィルヘルム帝国も先日––––我々天界に対して“無条件降伏”しました。残るは愚かな連合王国同盟と、共産主義者率いるルーシー条約機構くらいですか」
「ルーシー条約機構なら問題無いわ、暴虐の具現化たる大天使にしてわたしの妹––––エリコが何かするみたいだから
「あぁ……“例の構想”ですか、甚だ信じがたいですがあの方ならやるでしょうね」
「まぁでも、そんなの待つ必要なんか無いわ。アグニ––––地上に降ろした戦力について教えなさい」
アグニが腕を振ると、2人の間に平面の地図が現れた。
全世界が映ったそこには、戦力を示すマーカーがついている。
「現在、連合王国同盟が全世界に散らばる信仰遺跡同時攻撃を画策しております。そして、特に戦力が集中しているのが––––」
虚空から小さな杖を取り出したアグニは、大陸を指し示す。
「ラロナ大陸ミリシア領、【美術都市レクイエム】郊外にある超巨大遺跡です」
「フーン、兵力は?」
「衛星軌道上から天界が確認したところ、歩兵10個師団、機甲師団3個、砲兵軍団2個ですね。おそらく––––裏切り者たる元勇者が絡んでいるかと」
「ジーク・ラインメタルだったかしら? アイツなら、確かにこの遺跡の重要性を知ってそうね」
「そういうことです、対策を練る必要があります」
棒付きキャンディーを持ったミニットマンは、飴玉部分で遺跡を指す。
まるで子供の遊びのようだが、出てくる言葉はそれとかけ離れている。
「ヴィルヘルム帝国に差し向けた『ウロボロス級航宙母艦』がいたでしょう? アレを、この遺跡の防衛に回そうかしら」
「残り3隻の虎の子ですが……、“あの方”の許可はいらないんですかね?」
「はっ、いつ目覚めるかもわからない眠り姫になんか構ってられないわよ。もしここの遺跡を殲滅されたら、向こう100年は神力の供給に困る……必ず守るわよ」
遺跡を中心に、いくつもの部隊符号が現れた。
「かしこまりました、守備の地上兵力はいかがしましょう?」
「全世界の遺跡にこちらも師団規模で配置しなさい、ここまで来たら総力戦よ。フフ……楽しくなって来たわ」
キャンディーを噛み砕くミニットマン。
甘い香りが広がり、玉座の間に満たされる。
しかし、彼女らは気づかない……。
この全世界同時攻撃ですら––––まだ“前座”に過ぎないことを。




