第430話・運命の刻
「いいね」2000件突破ありがとうございます。
それに伴ってではありませんが、今回は3000文字にボリュームアップしてお届けします。
作者もかなり迷いましたが、やはり書くべきだと思い執筆した回となります。
––––王立魔法学園 生徒寮。
半ば強引にアリサの部屋へ押し入ることにした俺は、特に拒否されることもなく玄関を通った。
ここでやっぱり……とか言われたらと僅かに思ったが、そんな心配は杞憂に終わる。
「一応片付けはしてあるからさ、どうぞくつろいで」
間取りは、以前ユリアの部屋に訪れたので見慣れたもの。
その代わり、家具の配置が家主の違いを表していた。
ベッドやテーブルこそ、広いリビングに鎮座する普通の光景だが、周りの棚などに大量のぬいぐるみ(クマ)が置いてある。
どれもカラーバリエーションは豊富で、大きさ等もまばら。
なるほど、アリサはこういうのが好みなのか。
「今日疲れたし、お湯溜めるのも面倒だからシャワーだけで良いよね?」
「ん? あぁ、構わんが」
一瞬だけ、ほんの少しだけ一緒に入らないのかと残念に思った自分がいたが……まぁ仕方ない。
本当に疲れているのだろうアリサは、そそくさと浴場へ向かっていった。
––––10分後、思いの外すぐに彼女はリビングへ戻ってくる。
「ふい〜、生き返ったぁ」
帰ってきたアリサは、ファンタジア旅行の時と同じく体操着を着ていた。
上は紺色の長袖と、下は同色のクォーターパンツを合わせたシンプルながらも王道のもの。
何より、なんか猛烈に良い匂いがしていた。
元々彼女は花みたいな香りがするのだが、シャワーを浴びたことでブーストされている。
「アルスくんもどうぞ」
「あっ、あぁ」
赤面する前に浴場へ向かう。
そういえば着替えを持ってきてなかったと気づいたのは、既にシャワーを浴びていた頃。
少し抵抗はあるが、さっきまで着ていたものをと思った矢先––––
「アルスくんの着替え、ここ置いとくね」
ガラス越しに聞こえたアリサの声。
全身を洗い終わって出てみると、ちゃんと男用の服が丁寧に畳んで置いてあった。
とりあえず着てみると、なぜかサイズもピッタリ。
不思議に思いながらリビングへ戻ると、布団を整えるアリサがいて、
「お、ジャストサイズだね」
普段ツーサイドアップにしている銀髪を下ろした彼女が、満足気に一言。
「なぁ、この服って……」
「安心して、君専用だから。いつアルスくんが部屋へ来ても大丈夫なようにしておくくらい、恋人なら当然じゃん」
笑ったアリサからは、一見さっきのような情緒不安定さが感じられない。
今夜は俺が一緒にいることとなって、安心してくれたのだろうか。
それとも––––
「さっ、もうすぐ12時だよ。歯磨きして寝ようか」
「……」
押し黙ったまま、俺は洗面台で口をゆすいだ。
微妙な空気の中、流れ作業が終わる。
戻ってみれば、当然と言わんばかりに彼女は枕を2つ用意していた。
一緒に寝れば、彼女の恐怖を少しでも和らげられるだろうか……。
「電気、消すぞ」
「あっ、豆明かりだけ付けて……真っ暗は怖い」
「わかった」
僅かな明かりを残して消灯。
一気に暗くなった室内で、俺はアリサが横になったベッドに潜った。
……すんげぇ良い匂いが、横から漂ってくる。
こいつ、なんでこんな香りするんだよ。同じ人間か?
当然寝付けるわけもなく、気晴らしにしばらく天井を見ていると––––
「ねぇ、アルスくん」
振り向けば、すぐ横にアリサの顔があった。
困惑したような、緊張したような、なんとも言えない……どうとでも言える表情。
とにかく可愛かった。
こんな美少女と同じベッドにいるのが、間違いと思ってしまうくらい。
俺は湧き上がる感情を必死に抑えながら、平静を装いつつ返事をする。
「なんだ?」
「今日って年末じゃん?」
「そうだな、年越しまであと10分ってところか」
「年が明けたら、人はまた前に進むんだよね」
「新年だからな、心機一転––––新しい日常が始まるよ」
布団の中のアリサが、俺の腕を掴んで引き寄せた。
心拍数が上がる。
どこか試すような青目が、こちらを睨みつけていた。
「アルスくんは……さ、その、普段わたしをどう見てる?」
「……っ」
迷ったが、俺は暗闇に赤面を隠しながら呟く。
「可愛いよ……、普通に銀髪綺麗だし。お前のすげぇ努力家なところとか好感持てる」
「それだけ……?」
「ッ!」
ここで話を止めるのは簡単だ。
けど、それは今のアリサに対して失礼に思えた。
そう––––思ってしまった。
「む、胸とか以外とあるし……めっちゃ良い匂いだし。一緒にいると安心できる」
「フーン……だったら胸、今日は触って良いよ?」
腕が押し付けられる。
柔らかい感触が伝わった瞬間、俺の身体は動いていた。
布団をひっくり返し、アリサを抱き寄せた。
「……ッ、良いかアリサ。警告だけしておく、いくら俺に理性があるったって男だし限度が存在するからな。あんまからかうな」
「……からかってないよ、言ったじゃん。今日は年の終わり、人が前に進む時––––」
自然と、俺はアリサの上にまたがっていた。
「わたし達も、そろそろ“一歩進もう”よ」
確信を得た俺は、アリサの上着を脱がし––––半ば力づくで中のシャツをめくり上げた。
思わず呟く。
「やっぱり、お前はどうしようもない嘘つきだ」
漏れ出る言葉。
夜目になった俺の下に広がるのは、今日の戦闘で付いたアリサの傷やアザの数々。
か細い脇腹、膨らんだ胸に付着した痛々しい跡。
柔らかい腹部の中央には、大きな青あざまでできていた。
一緒に風呂に入りたがらなかったのは、これが原因だろう。
全てを悟ったアリサは、闇に笑みを浮かべる。
「ちぇっ、今なら籠絡できると思ったのに……」
「彼氏を舐めんな、こんな状態のお前に……できるわけないだろ。結構痛いらしいし」
「だからだよ」
仰向けになっていたアリサが、唐突に俺の首へ腕を絡めた。
可憐な顔が、妖艶な表情がグンと迫る。
「わたしは君を忘れたくない、君以外に与えられる痛みは嫌だ。だからお願い––––」
互いに唇を合わせ、鼓動が最高潮に達する。
「君という存在を。二度と忘れないように……この体へ刻み込んで欲しい。そうすればきっと、忘れることなんてできないはずだから」
「……本当に良いのか」
「君との愛に“嘘”は無いよ、アルスくん。この全身を今も襲う痛みから––––わたしを早く解放して欲しい」
互いの同意、恋人という関係。
全てが揃ったこの場面で断るほど、俺は鈍感でも愚鈍でもない。
迷いが無かったと言えば嘘になる。
けどこれは、眼前に寝転がる“どうしようもない嘘つき”を愛してしまった俺が通過するべき地点。
時計の針が、12時を超えた––––




